屋上の彼

kei

屋上の彼

まだ学生だった頃、屋上でしか会わない友達がいた。


彼の名前は翔といった。呼びかけると、

「友樹、また会ったね。」

とほほ笑んでくれた。


いつもくだらない話ばかりした。

「そんとき山センがさあ、『ンエー、きぃみたちにはまだ早いかもしれませんが』なんて。」

俺は、山崎先生のものまねをしてひとりで笑う。話すのは、いつも俺ばかりだった。

「ごめん!俺ばっかり話して。」

「別にいいよ。見ていて楽しいし。」

「そうだ!いつも翔はここで何しているんだ?」

翔は、少し考えた。

「待ってる。」

「俺を?照れるなあ。」

「友樹はポジティブだなあ。それもそうだけど、メインは別。」

「何を待ってるんだよ。」

「あと三日で来る、全部の終わり。」

翔は、笑顔を崩さない。

「なん、だよそれ。冗談だよな?」

「残念ながら冗談じゃない。君だから言ったんだ。みんなに話してもいいけれど、誰も信じないまま全部終わるよ。」


正直引いてしまい、そのあと屋上に寄り付かないまま三日過ぎて、あっという間に翔が言っていた日になった。

その日はインフルエンザが流行って学級閉鎖だった。


とつぜんできた休みに、家の床で横になって、天井を眺める。

全部の終わりって、なんだ。

なんか、重い病気で手術の日を待っているとか、まさか飛び降りたりとか、するんじゃないだろうな。

嫌な予感は膨らむばかりで、俺は自転車を走らせた。


学校に忍び込んで、屋上に駆け上がる。

「翔!」

扉を開けると、2メートルはあろうかという、巨大なぶよぶよとした鼠色の塊が振り返った。

「来ちゃったか。僕だよ。翔だ。もう来ないまま、お別れになると思っていたのに。」

声には、ごぶごぶという音が混じっていたが、確かに聞き取れた。

「翔?なんの冗談だ。誰だ!」

「残念ながら冗談じゃない。まあ、本物だっていう証拠ならあるよ。」

そうして、その塊は、『ンエー、きぃみたちにはまだ早いかもしれませんが』と山崎先生のものまねをした。そのものまねは翔にしか見せていなかった。

「じゃあ、そんな姿になってこんなとこで何してんだ。」

「待ってた。」

「俺を?」

「ヒトの精神でいられる、終わりのときを。」

その塊と並んで、一緒に夕日を眺める。何度も、一緒に見た夕日。

「うん、でも、やっぱり友樹を待ってたよ。君と笑いながら見ていた景色を、最期まで見ていたかった。」

夕日は、ゆっくり沈んでいく。

「そろそろだ。何が聞こえても、振り向かずに走れ。友達としての最後の頼みだ。」

走り出す俺の背中を、ゆっくりと押す。

「いつまでも、元気で。」


あれから、何年経っただろう。

いまも、学生時代の親友を聞かれたら、こう答えることにしている。

「あいつは、化物みたいなやつだったよ。」

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屋上の彼 kei @keikei_wm

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