第23話 告白 ~王女とメイド~

 ギャラント伯やオーウェンがどうにか戦線の立て直しを図り奮戦している間、クレアは俺たちを見つめて話し始めた。


「幼い少女は神に祈りました。父のように立派な人物になりたいと」


 目を瞑り、思い出すようにゆっくりと、手を合わせて、言葉を継いだ。


「少しだけ物事が見えるようになった時、その手には何もありませんでした」


 今度は天を見上げ、 自身も祈るかのように両の手を掲げる。


「背が伸びて分別がつく年頃になったある日、その少女は強く願いました。自分はなんて無力なのか。せめて父の役に立つだけの力があれば……」


 その言葉に、王女の顔がハッと息を呑む。


「私は……、そんな王女の願いから生まれたのです」


 クレアはセレナ王女を見つめ、慈しみの笑みを浮かべる。その様子を見て、俺はますます混乱する。王女の願いから彼女が生まれた?


「そして私もまた願いました。少女の願いを叶えようと」


 今度は俺を見る。その蒼い瞳の奥でいくつもの小さな光が明滅していた。一体何を言おうとしている? この話はなんだ?


「だから私は……、ご主人様をこの世界へ、お招きしました」


 待て。彼女は何を言っている? 俺を、この世界に招いた? ということは、宮前久幸が舞台上で事故にあったことは……。


「ご主人様。強引なやり方だったことはお詫びします。それでも……、それでも私は間違っていなかったと、いまでも思っています」


 理解が追い付かない。王女もまた、クレアの話が呑み込めず、目を丸くしながら俺を見る。


「ウィリアム様はウィリアム様ではない。そしてやはりウィリアム様なのです」


 再び王女に目をやり、これまでに見せたことがないほどの優しい笑みを浮かべる。


「私の願いは、セレナ様の願いを叶えること。そしてそのためにウィリアム様がいるのです。どうかそのことは理解してあげてください」


 そう言って、クレアは大きく深呼吸する。王女は胸に手を当ててその言葉を聞いていた。


「しかし、私にも少しだけ欲というものが生まれました。この仮初の姿でお二人に付き添う間に、欲しいものができたのです」


 クレアは両の手を広げ、何もない空を掴むような姿勢を取る。そして何も持たない手から、何かが左右に具象化していく。みるみる形を成したそれは、漆黒の大鎌。彼女の背丈の倍はありそうな、巨大な武器。


「ここは私にお任せください。お二人はどうぞ安全なところへ」


 地を踏みしめたクレアの背に、大きく真っ白な翼が現れる。


「クレア、お前は……」


 思わず声を発した俺に、彼女はニコリと笑った。


「ご安心ください。私は、願われて生まれた存在としてではなく、人として叶えたいことができました。だから……、しばしのお別れです」


 その瞳の光はさらに強さを増し、光陰を引きながら前線へと向き直る。


「ギャラント様、お待たせしました。王女殿下、ご主人様をどうかお守りください」


 その声に振り返ったギャラント伯は、一瞬だけ信じられない物を見る顔をしたものの、すぐに俺たちを連れて戦場を離脱する準備を始める。オーウェンが支えていた右翼もほぼ崩れていた。


「ブラックランド公ウィリアム様の執事兼メイド、この身に余る願いを叶えるために――、参ります!」


 漆黒の大鎌を振りかぶり、飛翔したかと思うと、陽光を背にして戦場を睥睨する。まさに顕現した天使か神か。それとも死神か。


 俺をギャラント伯が、王女をオーウェンが引き摺る。クレアへと届かぬ手を伸ばしていた俺たちをその場から引き剥がした。王女は彼女の無事を天に祈り続け、俺はクレアが羽ばたく光景を目に焼き付けるように、いつまでも彼女の姿を目で追い続けた。


     ◇◆◇


 ギャラント伯の手勢はおよそ半分になっていた。加勢として参加していた他の貴族たちの兵も似たり寄ったりだ。


 二日かけて進軍したファニエス辺境伯の領地を一日半で駆け抜け、ようやく落ち着ける場所まで引き返した頃、別行動を取っていたフィリスたちも合流した。追撃の手は伸びてこなかった。


「ブラックランド公……、いえ、ウィリアム様。クレアさんは……」


 王女の言いたいことはわかる。身を挺して俺たちを逃すべく、持てる力を出した。その秘められた力は、人ならざる存在だからこそ発揮できるものだった。


「彼女は王女殿下の願いによって生まれたと。それならば、願いを叶えるまでは、いなくなることなど……」


 これは俺の願望だ。ただただそうであって欲しいと願う。そんな俺たちを、ギャラント伯やオーウェンたちは黙って見つめていた。


「強い願いは形を生む。そんな言葉を聞いたことがあります」


 事の仔細を知るはずもないフィリスが口を開く。俺はまだクレアの話したすべてを受け入れられたわけではない。願いが現実を動かす。偶然の作用をそう見てしまうことは珍しくはない。


(それでも、別の世界にまで影響を及ぼし、魂を移すなど……)


 宮前久幸は、演劇監督としてあの世界で行き詰まりを覚えていた。天才と賞賛され、誰もが期待する完璧な舞台を創造することを求められ、それに応え続けた。そしてどこかでそこから逃れたいと考えていた。


 それすらクレアの願いがもたらした結果なのだとしたら? あの日、ウィリアムとして目を覚ました最初の朝。その時からすべてを知っていながら、俺がこの世界で王女を、セレナをどう助け、導くのかを見つめていたのか……。


 俺は、俺の願いの結果、誰も俺を知る者のいない世界を舞台として与えられたと、そう考えていた。因果は、そうではなかったのだ。


     ◇◆◇


 その夜、並んだ野営の天幕から少し離れた場所で、円卓を囲んだメンバーはそれぞれに今日起きたことを考えていた。


 俺はすっかり混乱していた。クレアこそが宮前久幸をブラックランド公ウィリアムとしてこの世界に繋いだ存在なのだということを、どうにか受け入れようと必死だった。


 王女もまたクレアの告白の言葉をどう受け取るべきかわからずにいる様子で、目の前で起きた出来事を一つ一つフィリスに話しては、魔術師としての、あるいは相談相手にならない俺の代わりとしての意見を聞いていた。


「ブラックランド公。話がある」


 王女とフィリスのやりとりを横目に見ていた俺に、ギャラント伯が声をかける。その手には二つの杯があり、エールが注がれていた。焚火の音がパチパチと乾いた音を立てていた。


 話、話。クレアの話だけでも頭がどうにかなりそうなのに、今度はギャラント伯。これ以上、俺に何の話があるというのだ。


「公の執事が何者かは知らん。知る必要も、ない。公が何者であろうと、ブラックランド公であることに変わりはない」


 そう言ってエールを煽る。


「公と王女殿下、それに兵士たちも、奇跡を目にした」


 無骨な男は、話し方も無骨だ。戦場で見せる豪放な言動は、戦場を離れればいつものそれに戻る。


「大事なのは、今日という日を、その奇跡で生き延びたという、事実ではないか」


 見方を変えれば、そうも見えるか。俺はまだどこか頭がぼんやりとしていた。ギャラント伯は、ぼさぼさと頭を掻いて、こう付け加えた。


「公も私も生きている。もちろん王女殿下もだ。巡回劇団はスコイアブルクで帰りを待っている。公が始めた劇なんだろう? ここで終わらせるのか?」


 その言葉が、俺のモヤモヤした胸の内に雷を落とした。そうだ。これは俺が始めた舞台だ。そして、俺たちの舞台だ。俺とクレア、そしてセレナの、三人の舞台。最初の願いが誰から始まったのか、因果などどうでもいい。


「確かに伯の言う通りだな。脚本も演出も、いくらでもやり直せば良い。役者が望んでそこに立ち続ける限り――、俺は最高の舞台を何度でも惜しみなく作り出す」


 俺の言い方が引っ掛かったのか、ギャラント伯は怪訝な顔をして俺を見る。


「公は時々妙な物言いをするのだな。まあいい。その顔を見て安心した。最初に会った時の、不敵でいけ好かないブラックランド公爵の顔が戻ってきたらしい」


 さすがに俺もそんな態度ではなかっただろう……。しかしギャラント伯らしい物言いでもあった。彼なりの励ましなのだろう。これだから腕一本で生きている人間というのは扱いづらい。そして同時に心の重苦しいわだかまりが、消えた。


 ギャラント伯にそんなことを言えるはずもなく、俺は俺のすべきことを思い定めた。クレアが戻ってくる場所、その可能性が一番高いのは、他ならない俺の城館だ。運命が回り始めた最初の地。おそらく王弟の兵に占拠されているだろうと、放棄した場所。


 俺は立ち上がり、兵士たちを眺める。誰もがくたびれ果て、打ちひしがれていた。ここは、演じてみせねばなるまい。


「みんな聞いてくれ!」


 セレナ、ギャラント伯、オーウェン、フィリス、それに敗残の兵士たち。その心を一つに束ね直す必要がある。クレアが戻ってくる場所を取り戻すためにも。


「俺たちは、今日奇跡を見た。みんなも見たはずだ。……それは……、俺たちが今日死ぬ運命になかったからだ」


 セレナに目を遣る。彼女の目もまた決して死んではいなかった。俺は頷いて応える。


「奇跡が始まった場所へ、みんなを連れていく。神の加護は、再び俺たちに力を与えてくれるだろう!」


 さすがにクレアのために自分の領土を奪還するのだなどとは口が裂けても言えない。しかし、必ずしも嘘ばかりというわけでもない。


「そうです皆さん! これからも神の加護があらんことを!」


 王女も俺に合わせて立ち上がり、兵士たちを鼓舞する。ギャラント伯が、オーウェンが、フィリスが立ち上がり、拳を突き上げてそれに続いた。


 ――ブラックランド公爵領の城館。クレアの帰る場所を取り戻すために、運命を再び回すために、俺たちは始まりの地へ向かう。



 ==セレナの日記==

 クレアさんは私の願いから生まれた。

 そして人として叶えたいことがあるとも言っていました。

 神様、どうか私たちの願いを、お聞き届けください。



 ――次幕、原点。

 俺がこの世界で目を覚ました場所へ、再び戻る。待ち人を迎えるために。



―――――――――――

 【ウィリアムの幕間メモ】


 クレア。それは願いが顕現した存在。

 仮初の人の姿で彼女が叶えたいものとは?

 彼女の姿に胸を打たれたなら、ぜひ寸評(=レビュー)を寄せてほしい。


 毎夜20:05、舞台の幕は上がる。

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