第19話 魔法協会 ~賢者と王女~

 俺たちの巡回劇団に新たに加わった者がいた。ギャラント伯爵に仕えていた騎士。いや、正確には元騎士。その名はオーウェン。元というのには訳があり、伯爵が公然と俺たちに与したと思われないために、ギャラント伯の元を追い出されたという体裁を取ってセレナ王女の護衛の任を与えたからだ。


 護衛といっても、おそらくは俺たちの動向監視も兼ねているのだろう。俺も王女もクレアも、それを承知の上で、彼を歓迎した。


 オーウェンが加わり、アランの稽古にも一段と熱が入る。クレアのいささか人離れした技ではなく、騎士としての訓練を積んだオーウェンが騎士としての剣技はもちろん、礼儀作法から爵位の序列といったものまで、その指導を買って出た。


「ほら、また。踏み込みが甘い。それでは相手に剣が届きませんよ、騎士見習いアラン殿」


 オーウェンの加入は巡回劇団の雰囲気をまた一つ変えた。


「もう一度。さあ構えて」


 幼いアランは呑み込みは早いようではあり、オーウェンの評価も「なかなか筋は良いですね」というものだった。


 野営の夕餉の定番の娯楽となっていたアランの一日の成果を示す武芸披露の場は、今日もそれを囲む者たちを盛り上げ、旅の欠かせないスパイスとなっていた。この日はついに手加減しているとはいえオーウェンからアランがついに一本取ったとあって、アランを囲んで兵士たちも大いに沸いた。


 旅を始めて三十余日。予定よりも四日ほど遅れて、俺たちは明日魔法協会へとたどり着く。


 丸い月が夜空を彩り、流れ星が一つ、それを掠めるように流れていった。


     ◇◆◇


 翌朝、最後の野営を畳み、俺たちは魔法協会への最後の道程を進んだ。


 伯爵領を出てからいくつもの舞台をこなし、各地で王女は人気を博した。教会の妨害は続いたものの、暗殺といった強硬手段に及ぶことはなく、結果としてそれなりに順調に旅を進めたといって良いだろう。


 俺の知っているファンタジーな世界では、およそ魔法はなんでもできた。どれもこれも創作上のそれではあるが。この世界の魔法の理がどうなっているのか。クレアに聞いてもいつもはぐらかされてきた。


「王女殿下、見えてきました」


 俺が指さす先に、複雑に組み合わさった黒一色の塔がいくつもそびえる、館とも城とも言い難い建物が屹立していた。いかにも魔法使いたちの住処に相応しい、面妖な気配を漂わせていた。


「行きましょう、私たちの未来のために」


 王女は馬を進めた。俺たちも後に続く。ここまで危ないこともあったがクレアのおかげで凌ぐことができたし、少しずつだが味方も増えた。


「行きましょう、王国のために」


 その俺の言葉に振り返った王女は、再び前を向く。ここから先、いよいよ王女自身の力が試される。


     ◇◆◇


 魔法協会の入り口、その黒い門にはいくつかの文字が組み合わされた紋様。それはゆっくりと明滅し、門の上を這うように動いていた。


「いま門の封印を解きます。お入りください」


 どこからか女の声が響く。そして明滅していた紋様が消え、黒い門は開かれた。


 俺たちは門を潜り中へと進む。先頭にオーウェン、次いで俺、王女、クレアの順。中庭は広く、葉先の尖った木々の間に薬草などが育てられているようだった


 生い茂る木々を従えるように、中庭の先にひときわ大きな館があった。黒曜石か何かで飾り付けられ、採光用の大きな窓にはステンドグラスが嵌め込まれている。その意匠はブラックランド公爵家の俺のベッドの天蓋、この世界に来て俺が初めて目にした異形の神を思い出させた。


「ようこそ。ここに客人を迎えるのはいったいいつ以来でしょう?」


 エントランスの吹き抜けの奥、らせん階段と大階段を組み合わせた階段から声の主がゆっくりと降りてくる。紫と赤を組み合わせたドレス姿の女。黒い髪は長く腰まで伸びていた。


 まるで舞台奥から現れる女優顔負けの登場。厳かな空間に絵になる麗人と言うべき姿が現れて、思わず嘆息する。


「魔法協会の筆頭魔術師レイヴンです。お初にお目にかかります、王女殿下」


 その名を聞いた王女がピクリと反応する。


「レイヴン……、先王の御代に賢者として知られた、あのレイヴン殿でしょうか?」


 王女の言葉に、レイヴンは顔色一つ変えることなく首を横に振る。クレアはレイヴンの様子を慎重に窺っていた。


「この名前は筆頭魔術師が代々受け継ぐ名です。おそらくそれは私の師匠のことでしょう。生憎と、いまの魔法協会は王宮と離れて久しい」


 レイヴンの言葉は優しく、同時に冷たかった。聞き飽きた問いに倦んだ声。俺が、宮前久幸がインタビューに答える時も、こんな印象だったのだろうか?


「いささか変わった造りの階段ですが、どうぞお上がりください。上に来賓用の部屋がございますから」


 そう言ってレイヴンは再び降りてきた階段を上っていく。俺たちもオーウェンを先頭に後に続いた。


「さあこちらへ」


 部屋の扉を開き手招きする彼女に従い、俺たちはその部屋へと足を踏み入れる。四人全員が部屋に入ると、扉は勝手に閉まった。


 レイヴンがパチンと指を鳴らす。


「ここなら、誰にも話を聞かれる心配はありません」


 そう言ってレイヴンはワインボトルを手に取り、グラスへと注いでいく。五つのカップに注がれたワインは、酸味の強い香りを漂わせていた。部屋の壁には複雑な魔術の文様のようなものが浮かび上がった。


「ここにいる誰もが王弟殿下と距離があるわけでは、ないのです」


 涼しい顔をしてレイヴンは語る。魔法協会も決して一枚岩というわけではなさそうだ。その力がどの程度であるにしても、敵に回すのは避けたい。そしてレイヴンの声に宿る棘を嗅ぎ取る。


「残念ながら、ここにも王弟殿下への協力者はいます」


 大いに残念そうな素振りで続ける。必ずしも王女の見込み通りというわけでもなくここまで王弟の手の者がいることになる。全面的に協力を得るのは難しそうだ。


「ご安心ください。この部屋は沈黙の部屋。何人も部屋の外から中の様子を見聞きすることはできません。結界が張られています」


 なるほど。これもまた一つの魔法の力というわけだ。やはり便利な代物だ。もちろんクレアのように使うたびに激しい消耗を重ねるようであれば、その使いどころも思案しなければならないが。盗み聞きを心配する必要がなくなったのか、さっそく牽制の言葉が飛んだ。


「王女殿下、賢者とは自称するものではなく、そう呼ばれる者を指します。その呼称は殿下のお考えよりはるかに重いのですよ」


 先ほどの王女の問いを改めて淡々と訂正しつつ、やんわりと釘を刺す。いささか棘のある口調で。その言葉で室内は一気に緊張の色を帯びた。王女は唇を噛み、自身の失言を悔いていた。


 これは刃こそ交えないが言葉の戦いだ。相手はかなりやり手。王女の言葉が通じると良いのだが、こればかりは俺がしゃしゃり出るわけにもいかなかった。王女が望んでここに来た。俺の一言でご破算にするわけにはいかない。


 ひりついた空気の中、仕切り直して王女とレイヴンの話し合いが始まった。ここに至るまでのことを、王女は隠し立てせず、率直に語った。


 時折やや大げさに挟まれるジェスチャーは、おそらく舞台に立ち続ける中で身に着けたものだろう。


 王女の話術も成長はしている。これが若さの特権か。問題は、王弟の目がある協会がどういうスタンスを取るか、だ。


 終始感情を殺した顔でそれを聞いていた筆頭魔術師レイヴンは、王女にこんな提案を持ちかけた。


「魔法協会としても、王弟殿下と正面からぶつかるつもりはありません。それはあまりに危険が大きい。私はこの協会を守らねばなりません。しかし、王女殿下が望むなら……」


 レイヴンは一度言葉を切り、思案顔で俺たちを、クレアには特別の関心を払ったような視線で見回した。その理由は俺には見当もつかない。


「そうですね……、私どもの中でもっとも微力な者を一名、同行させることとしましょう。これは協会としてではなく、私的な贈り物です」


 クレアの力を目にしてきた俺たちだ。魔法は使い方次第で局面を打開する力があることを知っている。しかし、もっとも微力な者とは……。


「ご不満がおありなら、この話はここで終わりです」


 その言葉に、王女も俺も否はなかった。その者の力がどのようなものであれ、ここで手ぶらというわけにはいかない。


「私はフロリア王国第一王女です。責任を以てその方をお預かりします」


 迎えるわけでも仲間に入れるわけでもなく、預かる。相手にも思惑あってのこと。贈り物という言葉に誘導されない、余計な貸し借りを無しのうまい切り返し。


「結構。その者の力、存分にご活用ください。あの者なら、ここにいる王弟の目もさほど警戒しないでしょう」


 レイヴンは王弟の目という言葉を強調して告げる。密偵に気を付けろということか。


「魔法協会のご助力に感謝します、レイヴン殿。いつかその名が王宮に戻らんことを」


 王女は深い礼を返す。そんな王女から目を離し、レイヴンが思わせぶりな視線を俺に向ける。


「そう、ブラックランド公でしたか。付き人はなんとも……奇妙な存在ですね。いったいどこであなた方に巡りあったのか……、とても興味深いオーラを感じます」


 この話し合いの間、クレアは黙して一言も発することがなく、終始レイヴンを警戒し続けていたが、この言葉に一瞬殺気を帯びたものの、俺が腰の剣を抜かせまいと柄を押さえていることに気づいて一歩引いた。レイヴンの詮索に付き合う必要はない……、はずだ。


 ――俺たちの前に、もっとも微力な者が現れ、鮮烈な力を見せつける。



 ==セレナの日記==

 レイヴン殿は、残念ながら先王時代の賢者ではありませんでした。

 しかし、私は信じています。その名を持つ賢者が再び王宮に戻ることを。

 父上にそのことを告げる日が来ることを、神に祈ります。



 ――次幕、微力な者。

 魔法協会の微力な者は、俺たちの頼もしい味方となる。



―――――――――――

 【ウィリアムの幕間メモ】


 魔法協会。そこにも王弟の手は伸びていた。

 そこで出会ったレイヴンという名の魔術師。それは未来の賢者か、それとも……。

 舞台は回り続ける。ぜひ寸評(=レビュー)で次の観客にそれを伝えてほしい。


 毎夜20:05、舞台の幕は上がる。

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