第6話 戦場にて ~セレナの言葉、クレアの力~
反乱を起こしたホーウッド男爵領は、王都から北へ五日の位置にあった。
「私は……、戦場になど出たことはありません……」
道中、再三王女はそう口にした。俺だって戦場に立ったことなどない。いや、俺になる前のウィリアムには、その経験はあったのかもしれないが。王宮を出て近衛から五十人ばかりを引き連れそのまま男爵の元へ。
クレアに俺自身の過去を確認する時間などなかった。王女が傍にいる時に口にできる話でもない。
それにしても……、俺といるときは、王女の表情をころころと変える。王宮を出る時の嬉しそうな顔は、これから向かう先が反乱した貴族であるという事実を思い出しては暗くなる。そして今度は自分が何もできない可能性を気に病んで、また何かを縋るような目で俺を見る。
「戦場で必要なのは、何も武器を手に刃を交えることばかりではありませんよ。王女殿下」
王女は張り切って出てきたものの、事の大きさに思い至って重圧を感じてもいるのだろう。
クレアにもっといろいろと尋ねておくべきだった。いきなり戦場に出る羽目になるなど、さすがの俺も想像してもいなかった。
(正面からぶつかる必要はない。兵士たちさえどうにかできれば……)
相手は反乱を起こしたとはいえ、この国の貴族。いきなり王命で王女が乗り出してくるとは考えていないだろう。しかし、こうも早く反乱が起きるなど、あり得るのだろうか?
「市場での演説を、少しだけアレンジします。王女殿下。演じて、頂けますな?」
「あれは民に向けたそれで、ホーウッド男爵には響かないのではないでしょうか?」
「私めの言う通りに演じて頂ければ、きっとわかりますよ」
俺と王女のやりとりを、執事兼メイドのクレアは笑みを浮かべて眺めていた。たまに目を向けると、ニコリとほほ笑む。これから向かうのは戦場だというのに。
昼は行軍、夜は野営。その繰り返し。そしてついに、小高い丘の上に小さいながらも意匠を凝らしたホーウッド男爵の居館へと至る。
「なかなか立派なお屋敷ですね、ご主人様」
呑気なクレア。その立派なお屋敷の前には、既に陣を構えた百人どころではない兵士たちが待ち構えていた。そして、男爵という身分にしては立派に過ぎるそれは、この地の過酷な収税の有り様を示す象徴でもあった。
それを裏付けるように、兵士たちは粗末な服にやつれた埃塗れの顔。可哀想にも無理やり徴募された兵士たちなのだろう。食い詰めた者や男爵の命に従わざるを得ない貧農あたりをかき集めたのだろう。
戦場において、兵士の数は大事だ。指揮官が有能なら、兵士一人一人はそこまで資質を求められない。――あくまで有能なら、だ。
◇◆◇
「勅命で参りました。ホーウッド男爵、すぐに兵を退き、皆を家に帰してください」
兵士たちの中でひと際目立つ、純白のマントによく磨かれた鋼の甲冑を着込んだ男が、王女の宣告に反応する。
「なんと、王女殿下が直々にいらっしゃるとは、いささか意外ですな」
声のトーンは重く、太い。政治の場から遠ざけられていた王女が目の前にいる。普通はそれだけでも怯んでもおかしくないだろうに、まったくそういった素振りを見せない。
「これは故あってのこと。王女殿下。まさしく殿下こそ、私が立ち上がった原因なのですよ」
王女自身が何かをしたとすれば、市場での民に向けた演説。最初の舞台。そうか、この反乱は俺の生み出した舞台が引き起こした結果。しかし早すぎる。
王弟が裏で糸を引いているに違いない。しかも王女のことはただの口実で、ずっと前からこの反乱は計画されていたはずだ。
「何故です。私は……、私は王女として正しいことをしているだけです」
馬上で王女が声を張る。そう、民に向かい合う王女は正しい。しかしその正しさは俺がこの世界に来る前での正しさに過ぎない。
「民を扇動し、王や貴族を貶める。そこにどんな正しさがあるのです、王女殿下?」
そう言うや、兵士の中でひときわ巨躯の男に、ホーウッド男爵は声をかけた。
「ゲイル。一当てして来い。血まみれのゲイル。その名に恥じぬ力を、存分に示してやるが良い」
いかにも鍛え上げているといった筋肉。それを誇らし気に見せつけるための敢えての軽装。その手にはフレイルが握られていた。棍棒の先に相手を叩きつけるための金属の打撃部が鎖でつながれた武器。
王女の顔から血の気が引き、青ざめた顔で俺のフロックコートの裾を掴んでいた。剥き出しの暴力に怯えた、ただの年頃の少女。
対する俺の腕前は、クレア曰く「昔のウィリアム様でも、せいぜい並みといったところ」という評価。ゲイルの相手は荷が重い。それでも王女を少しでも安心させようと庇う姿勢を取る。この場に彼女を連れてきたのは、俺なのだ。
ゲイルは前へと進み出て俺たちへゆっくりと、フレイルを振り回しながら向かってくる。
「ご主人様。お命じ頂ければ、私があの男の相手をしてご覧にいれましょう」
クレア。剣から魔法までなんなりと披露すると、この世界に来て初めて顔を合わせた時にそう言っていたことを思い出す。
「勝てるんだろうな?」
「もちろんですとも。ご主人様、セレナ王女殿下、その身に傷一つ付けさせはしませんよ。ぜひ高みの見物をどうぞ」
そう告げると、クレアは颯爽と走り出す。黒のメイド服に佩刀姿。どこか滑稽さすらある姿は、ぐんぐんゲイルに迫っていく。
彼女が突出したのを見たゲイルも、最初の獲物が出てきたとばかりに口角を歪めて、さらにフレイルを大きく振り始めた。
「参ります!」
クレアは叫ぶや否や抜刀。ゲイルが最初の一撃を送り込む。金属同士がぶつかりあう、耳障りで不快な音が戦場に響く。
見た目だけでも腕力には自信があるだろうゲイルの攻撃を、クレアは真正面から受け、弾いて受け流す。
相手が大振りな攻撃にならざるを得ないのを逆手に、軽やかにその体を躍らせ、クレアはゲイルを翻弄していく。攻撃を避け、できた隙を見つけては斬りつける。とてもただの執事やメイドのそれではない。
「ブラックランド公、あの方は、本当にただの執事なのですか?」
圧倒的な体格差を物ともせず、対等に渡り合って一歩も退かないクレアを見て、セレナ王女はもっともな疑問を零す。
「王女殿下、その質問は、いまは止めておきましょう」
体よく遮ったものの、俺自身もクレアが何者なのかを知らないのだ。執事兼メイドと自称してはいるものの、時折見せる心を読んだような言葉、いつ見ても心の奥で何を考えているのかわからない透き通った瞳。それにいま目の前で繰り広げられている武芸……。
剣だけでは埒が明かないと考えたのか、クレアはゲイルの周囲を駆けながらも剣の柄から左手を離し、相手に掌を向ける。
「炎の精霊よ、我が求めに応じ、業火の戒めを与えよ……。フレイム・バースト!」
血まみれゲイルはたちまち炎に焼かれ、断末魔を上げて頽れていく。人の焼け焦げる嫌な臭いが風に運ばれて戦場を覆っていく。
これが魔法の力……。俺はまじまじとそれを見つめていた。剣から魔法まで。そのクレアの言葉に偽りはなかった。想像の何倍も上回る力。
一騎打ちを制したクレアは、優雅な仕草で剣を収めると、悠然と闊歩して俺たちの元へ戻ってきた。男爵の兵士たちは、自信満々に送り出されたゲイルが打ち取られたことに、動揺し始めていた。
「ご主人様。このクレア、見事その命を果たして参りました」
ニコリと笑う。しかし、王女の前とあってユーモアを交えず、形式ばった言葉。しかし、クレアは消耗しているようだ。肩で息をし、血色が悪いようにも見える。
体調不良の役者が、問題ないと言い張る時のそれを、俺は感じ取った。あの力は、無制限というわけにはいかないらしい。笑顔で取り繕っても誰が見ても明らか。魔法はそれほど便利なものではない。これもクレアの言葉だったと思い出す。
「た……、大変立派でございました。剣技も魔法も一流なのですね」
俺が口を開くよりも先に、王女が労いの声をかける。その光景に、ただ漫然とついてきただけといった近衛の兵士たちが、歓声を上げる。
相手の出鼻を挫いた今、舞台は整いつつあった。
「王女殿下。次は殿下の出番です。相手の兵士たちに向けて、演説を始めましょう」
ゲイルが現れた時にすっかり気圧されていた彼女の心は、クレアの活躍で生気を取り戻したようだ。俺の言葉に、王女は小さく頷き顔を引き締める。
「ホーウッド男爵に付き従う兵士たち。私は皆さんに問います。――あなたたちはいったい、誰のために武器を取り、何のために戦うのですか?」
市場での初演とは格段に違う、凛として堂々たるその声は、もう既に大女優の片鱗を見せ始めていた。
即興劇の第二幕。反乱の鎮圧劇は、さらなる急変の序章に過ぎなかった。
――次幕、成功と代償。
仕組まれた舞台が、俺と王女を翻弄する。
―――――――――――
【ウィリアムの幕間メモ】
早すぎる反乱の舞台はクレアの炎とセレナの光で彩られた。
舞台は揺れていく。演劇は、常に人が作り出すものだ。
続きを見届けたいなら、ぜひこの舞台を批評(=レビュー)して欲しい。
毎夜20:05、舞台の幕が上がる。
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