第31話「商会の設立」


祭りから三日が経った朝、リナがファルマから戻ってきた。


彼女は大きな馬車に乗って、町の門をくぐった。その後ろには、さらに三台の馬車が続いている。すべて、商品を満載している。町の人々は、その光景に驚いて目を見開いた。


「リナさんが戻ってきた!」

「すごい荷物だ」


人々が、馬車の周りに集まってくる。リナは馬車から降りると、レオンの元へ向かった。彼女の表情は、疲れているが、達成感に満ちている。


「ただいま戻りました、坊ちゃん」


リナは、深く礼をした。


「おかえり。大変だったな」


レオンは、リナを労った。彼女は、ファルマで二週間も交渉を続けていたのだ。


「いえ、成功しました」


リナは、書類の束を取り出した。


「グランデ商会との正式契約。ファルマの複数の店との取引契約。そして、新しい商人たちとの提携」

「本当か?」

「はい。これで、リコンストラクト領の経済基盤は、大きく安定します」


リナの声には、自信が満ちている。彼女は、この二週間で大きな成果を上げたのだ。


「詳しい話を聞かせてくれ。執務室で」

「はい」


二人は、城へと向かった。




執務室で、リナは詳しい報告を始めた。


「まず、グランデ商会との契約ですが」


リナは、契約書を広げた。


「耐性植物の大口取引が成立しました。月に一度、赤根草と苦麦を大量に納品します。金額は、月に三千ゴルド」

「三千ゴルド……」


レオンは、驚いた。それは、町の一ヶ月の運営費に相当する額だ。


「はい。さらに、ルークさんが作った武器も、彼らが買い取ってくれることになりました」

「武器も?」

「はい。再構築武器は、ファルマでも評判になっています。他では手に入らない、特別な武器だと」


リナは、嬉しそうに続けた。


「一つ百ゴルドで、月に二十本は売れるでしょう」

「それは、すごいな」


レオンは、計算した。月に三千ゴルドの植物取引と、二千ゴルドの武器取引。合わせて五千ゴルド。それだけあれば、町の運営は十分に賄える。それどころか、余剰が出る。


「それだけではありません」


リナは、別の書類を取り出した。


「ファルマの薬屋、食料品店、農業資材店とも、個別に契約を結びました。彼らも、耐性植物を欲しがっています」

「みんな、土壌汚染に悩んでいるのか」

「はい。王国全体で、農地が使えなくなっています。だから、耐性植物は貴重なんです」


リナは、真剣な表情で続けた。


「坊ちゃん、この機会を逃してはいけません。リコンストラクト領は、耐性植物の独占供給者になれます」

「独占供給者……」


レオンは、その言葉の意味を考えた。確かに、耐性植物は他では手に入らない。この町だけが、栽培に成功している。それは、大きな利益をもたらすだろう。だが、同時に危険もある。


「リナ、それは王国を刺激しないか?」

「可能性はあります」


リナは、正直に答えた。


「ですが、既に王国は私たちを警戒しています。だったら、経済力を持って、対抗するしかありません」

「……そうだな」


レオンは、頷いた。リナの言う通りだ。王国との対立は、避けられない。だったら、力をつけるしかない。


「わかった。その計画を進めてくれ」

「ありがとうございます」


リナは、安堵の表情を見せた。




「それで、もう一つ提案があります」


リナは、別の書類を取り出した。


「商会を設立したいんです」

「商会?」

「はい。リコンストラクト商会。この町を拠点とした、独自の商会です」


リナの目が、輝いている。これは、彼女がずっと考えていたことなのだろう。


「商会を作れば、取引がもっとスムーズになります。他の町との交易も、拡大できます」

「具体的には?」

「まず、ファルマに支店を作ります。そこを拠点にして、周辺の町とも取引を始めます」


リナは、地図を広げた。ファルマの周辺には、いくつかの町がある。


「これらの町とも、耐性植物を取引します。そして、彼らから別の商品を仕入れて、リコンストラクト領に持ち帰ります」

「循環させるのか」

「はい。商品の流れを作れば、この町はもっと豊かになります」


リナの計画は、緻密だった。彼女は、この二週間で多くのことを学んだのだろう。商人としての才能が、開花している。


「いいだろう。商会を設立しよう」


レオンは、決断した。


「本当ですか!」


リナの顔が、パッと明るくなった。


「ありがとうございます。必ず、成功させます」

「期待してるよ」


レオンは、リナの肩を叩いた。彼女の成長が、嬉しかった。




その日の午後、レオンは幹部会議を開いた。


集まったのは、リナ、ミーナ、ルーク、セリア、カイル、ルリア、そして村長だ。リナが、商会設立の計画を説明する。


「リコンストラクト商会を設立し、ファルマに支店を置きます」


リナの説明を聞いて、みんなは驚いた表情を見せた。


「商会か……大きく出たな」


ルークが言った。


「でも、いいんじゃねえか。俺の武器も、もっと売れるようになる」

「経済的に独立できるのは、良いことですね」


セリアが言った。


「王国に依存しない体制を作れます」

「食料の安定供給にも繋がります」


ミーナが付け加えた。


「商会があれば、必要なものを素早く調達できます」


みんなが、賛成している。村長も、頷いた。


「良い計画だと思います。リナさんに任せましょう」

「ありがとうございます」


リナは、深く礼をした。


「では、すぐに準備を始めます。まず、ファルマの支店ですが、場所は既に確保しています」

「早いな」


カイルが、感心したように言った。


「準備がいい」

「交渉の間に、色々と手配しました」


リナは、少し照れくさそうに笑った。


「それから、商会の人員ですが、町から何人か派遣したいです。ファルマで働いてもらいます」

「誰を派遣する?」


レオンが聞いた。


「商売に興味がある若者を、五人ほど。彼らを教育して、将来の商人に育てます」

「わかった。募集をかけよう」


レオンは、村長に指示した。村長が頷く。


「明日、告知します」




翌日、町の掲示板に告知が貼り出された。


「リコンストラクト商会、設立。商人見習いを募集」


その告知を見て、多くの若者が興味を示した。商人になれるチャンスだ。しかも、この町の商会で働ける。それは、誇りでもある。


応募者は、三日で二十人を超えた。リナは、その中から五人を選んだ。面接を行い、適性を見極める。選ばれたのは、十代後半から二十代前半の若者たちだ。


「あなたたちを、ファルマの支店に派遣します」


リナは、選ばれた五人に言った。


「そこで、商売の基礎を学んでもらいます。厳しい仕事ですが、やりがいはあります」


五人は、真剣な表情で頷いた。緊張しているが、目には期待の光がある。


「明日、出発します。準備をしてください」

「はい!」


五人は、声を揃えて答えた。


リナは、その姿を見て、微笑んだ。彼らが、将来の商会を支えてくれる。そう信じている。




翌朝、リナと五人の若者は、ファルマへ向けて出発した。


馬車には、商品も積まれている。耐性植物の加工品、ルークの武器、町の工芸品。すべて、ファルマで売るためのものだ。


「行ってきます、坊ちゃん」


リナは、レオンに別れを告げた。


「気をつけて。何かあったら、すぐに知らせてくれ」

「はい。必ず、成功させます」


リナの目は、決意に満ちている。彼女は、もう迷っていない。自分の役割を、理解している。


馬車が動き出した。リナは、窓から手を振る。レオンも、手を振り返した。


「頑張れよ、リナ」


レオンは、呟いた。彼女なら、きっと成功する。




リナたちがファルマに到着したのは、三日後だった。


支店の場所は、商業地区の一角にある。二階建ての建物で、一階が店舗、二階が事務所と住居になっている。リナが事前に手配していたものだ。


「ここが、私たちの支店です」


リナは、五人に建物を見せた。


「まだ何もありませんが、これから整えていきます」


若者たちは、建物を見上げて、興奮した表情を見せた。ここが、自分たちの職場になる。その実感が、湧いてくる。


「では、荷物を降ろして、準備を始めましょう」


リナの指示で、みんなが動き出す。商品を店内に運び、陳列する。看板を掲げ、店の外観を整える。一日がかりの作業だった。


夕方には、店の形が整っていた。看板には「リコンストラクト商会」と書かれている。その文字を見て、リナは胸が熱くなった。これが、自分の商会なんだ。


「明日から、営業を始めます」


リナは、五人に言った。


「最初は大変かもしれませんが、頑張りましょう」

「「「はい!」」」


五人は、元気よく答えた。




翌日、リコンストラクト商会は開店した。


最初は、客の入りは少なかった。新しい店だから、まだ知られていない。だが、午後になると、徐々に人が集まり始めた。


「これが、耐性植物?」


一人の農夫が、赤根草の種を手に取った。


「はい。汚染された土壌でも育ちます」


リナは、丁寧に説明した。


「本当に効果があるのか?」

「はい。リコンストラクト領では、実際に栽培して、収穫しています」


リナは、栽培記録を見せた。詳細なデータが、記録されている。


「これは……すごい」


農夫は、感心した様子で記録を見た。


「これなら、俺の畑も救えるかもしれない」

「ぜひ、試してみてください」


農夫は、種を買った。その後も、次々と客が訪れた。武器を見る冒険者、工芸品を見る商人、食料品を買う主婦。様々な人が、店に入ってくる。


一日の終わりには、かなりの売り上げがあった。リナは、帳簿に記録しながら、満足そうに微笑んだ。


「良いスタートが切れました」


若者たちも、嬉しそうだ。初日の成功が、自信に繋がる。


「でも、まだ始まったばかりです」


リナは、みんなを見た。


「これから、もっと頑張りましょう」

「はい!」




一週間後、リコンストラクト商会の評判は、ファルマ中に広がっていた。


「あの店の耐性植物、本当に効果があるらしい」

「武器も、質が良いと評判だ」

「店員も、親切だし」


口コミで、客がどんどん増えていく。リナは、毎日忙しく働いた。接客、在庫管理、帳簿の記録。やることは山ほどある。だが、充実している。


ある日、グランデ商会の副会長、ギルバートが店を訪れた。


「繁盛しているようですね」


ギルバートは、店内を見回した。


「ありがとうございます。皆さんのおかげです」


リナは、丁寧に礼をした。


「耐性植物の試験栽培、成功しました」


ギルバートは、嬉しそうに言った。


「本当に、汚染された土壌で育ちました。これは、革命的です」

「それは、良かったです」

「それで、提案があるのですが」


ギルバートは、真剣な表情になった。


「当商会と、正式な提携を結びたい」

「提携?」

「はい。グランデ商会の販路を使って、耐性植物を広く流通させます。その代わり、独占販売権をいただきたい」


リナは、考えた。独占販売権を与えれば、大きな利益が見込める。だが、同時に依存度も高まる。


「少し、考えさせてください」

「もちろん。返事は、急ぎません」


ギルバートは、理解を示した。


「ただ、この機会を逃すのは、もったいないと思います」

「わかりました。近いうちに、お返事します」


ギルバートが帰った後、リナは深く考え込んだ。この提案は、大きなチャンスだ。だが、慎重に判断しなければならない。




その夜、リナはレオンに手紙を書いた。


グランデ商会からの提案について、詳しく説明する。そして、自分の意見も添えた。


「提携は、良い機会だと思います。ですが、独占販売権を与えることは、リスクもあります。坊ちゃんの判断を、お聞かせください」


手紙を書き終えて、リナは窓の外を見た。ファルマの夜景が、広がっている。灯りが、無数に点っている。


「この街で、商会を成功させる」


リナは、決意を新たにした。坊ちゃんのために。町のみんなのために。そして、自分自身のために。




三日後、レオンからの返事が届いた。


「提携は良いが、独占販売権は保留にしてほしい。複数の販路を確保することが、リスク分散になる」


レオンの判断は、慎重だった。リナは、その判断に納得した。確かに、一つの商会に依存するのは危険だ。


リナは、ギルバートに返事をした。


「提携はお受けしますが、独占販売権については、もう少し検討させてください」


ギルバートは、その返事を受けて、少し残念そうだったが、納得した。


「わかりました。では、まずは通常の取引から始めましょう」

「ありがとうございます」


こうして、リコンストラクト商会とグランデ商会の提携が始まった。耐性植物は、グランデ商会の販路を通じて、王国の各地に流通していく。それは、リコンストラクト領の名を、広く知らしめることにもなった。




一ヶ月後、リナはリコンストラクト領に一時帰還した。


報告するためだ。馬車には、大量の金貨が積まれている。商会の売り上げだ。


「坊ちゃん、ただいま戻りました」


リナは、執務室でレオンに報告した。


「おかえり。順調だったようだな」

「はい。最初の一ヶ月の売り上げは、八千ゴルドです」

「八千ゴルド!」


レオンは、驚いた。予想以上の成果だ。


「経費を差し引いても、六千ゴルドの純利益です」

「すごいな……」

「これが、毎月続きます」


リナは、自信に満ちた表情で言った。


「リコンストラクト商会は、成功しました」


レオンは、リナの肩を叩いた。


「よくやった。お前のおかげだ」

「いえ、坊ちゃんが信じてくださったからです」


リナは、少し照れくさそうに笑った。


「それに、みんなの協力があったからです」

「それでも、お前の功績は大きい」


レオンは、真剣な目でリナを見た。


「お前は、この町の経済を支えている。誇りに思っていい」

「ありがとうございます」


リナの目に、涙が浮かんだ。嬉しさと、達成感で胸がいっぱいになる。




その夜、町では小さな祝宴が開かれた。


商会の成功を祝うためだ。幹部たちが集まって、食事を楽しんでいる。


「リナ、お疲れ様」


ルークが、酒を注いだ。


「ありがとうございます」

「俺の武器も、よく売れてるらしいな」

「はい。評判がいいです」

「そうか。なら、もっと作らねえとな」


ルークは、満足そうに笑った。


「リナさん、すごいですね」


ミーナが言った。


「商会を、あんなに早く軌道に乗せるなんて」

「いえ、まだまだです」


リナは、謙遜した。


「これから、もっと大きくしていきます」

「頼もしいな」


カイルが言った。


「この町の経済が安定すれば、防衛にも予算を回せる」

「はい。そのために、頑張ります」


セリアも、リナに声をかけた。


「研究費も、増やせそうですね」

「もちろんです」


リナは、笑顔で答えた。


「みんなのために、商会を成功させます」


レオンは、その光景を見ながら、満足していた。リナの成長が、嬉しい。そして、町がさらに強くなっていく。経済的に自立できれば、王国にも対抗できる。


「リナ」


レオンが声をかけた。


「これからも、頼むぞ」

「はい。任せてください」


リナは、力強く頷いた。その目には、揺るぎない決意がある。




翌日、リナはファルマへ戻っていった。


商会を、さらに発展させるために。レオンは、その背中を見送りながら、思った。


この町には、素晴らしい仲間がいる。ミーナ、ルーク、セリア、カイル、ルリア、リナ、村長。みんなが、それぞれの役割を果たしている。


「みんなで、この町を守っていく」


レオンは、呟いた。そして、執務室へ戻った。やるべきことは、まだまだある。


だが、不安はない。仲間がいるから。この町があるから。


リコンストラクト領は、今日も動き続ける。人々が働き、笑い、生きている。その全てを、レオンたちは守り続ける。


それが、彼らの使命であり、誇りなのだから。

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