獅子心中のミス
秋乃光
特別な少年とよくある悲劇
「やれ」
何を、と聞き返せない雰囲気だった。
あるいは、野暮か。
ここには今、五人の人間がいる。まず、ボク。大柄の男が三人。出入り口の前の門番役、ボクをここまで連れてきた案内役、そして、監視役。監視対象の、借金のカタとしてここに連れてこられた可哀想な女の子。
「んまァ、よくある話や。マンガに『血は金より重い』っつーセリフがあったんよ。せやね。死んで逃げようたって、そうは問屋が卸さへん」
額から頬にかけての刀傷の目立つ案内役の男は、後部座席にボクを座らせて、マセラティを運転しつつ、女の子がここに連れてこられるまでの経緯を語り、こう締めくくっている。メビウスの煙が車内に満ちて、ボクは窓を少しだけ開けた。夜風が吹き込んで、ボクの頬を撫でる。
女の子には何の非もなくて、父親が多額の借金をしていることすら知らされていなかった。首が回らなくなり、一家で首をくくろうと、愛する家族から言われて、どう思っただろう。取り立て役の提案した〝交換条件〟を、また、その条件に頷いた家族を見て、どう感じただろう。ボクには関係のない話だ。
女の子は『それなりの暮らしを送っている、ごく普通の一般家庭』と、思い込んでいただろう。今日という日でひっくり返ってしまい、混乱しているに違いない。よくある話だ。
「
監視役が女の子の背中を小突いて、門番役と案内役が低く笑った。二つ結びの女の子は、泣き腫らして赤くなっている顔を上げて、ボクに救いを求めている。制服のボタンをつまむ指が震えていた。
この子の望みは、ボクが華麗にコイツらを倒すか騙くらかすかして、女の子の手を取って、ここから逃げ出すこと、なのだろう。きっと、そうだ。そのような
しかし、ボクには、初対面の、好みでもない女の子のために、勝ち目のない戦いを挑むような勇気はない。うまく助け出せたとして、ボクの立場はどうなる?
「
案内役はボクの両肩を揉んだ。ボクは
何故か。
ボクが霊能力を持っているからだ。
脳みそがヤニに冒されているからか、まだボクの力を認めていない構成員もいるっちゃいるのだが、事実として、ボクには霊が見えて、会話ができる。だから、他の組織との抗争の末に斃されてしまった先代からの『言葉』を得られた。
圧倒的なカリスマで組織を率いていた先代と、先代を慕う息子夫婦のおかげで、ボクには現在の立場がある。できることなら普通の中学生として生きて、六年間をやり過ごし、実家に帰りたかったのだが、入学式の日に先輩方に絡まれたボクを助けてくれたのがこの先代だった。
恩義はある。忠義もある。将来への不安が、常につきまとっている。
「何をしたらええんか、わからんとちゃう?」
門番役はしびれを切らして、ボクをおちょくった。さっさとおっぱじめろと言いたいのはわかっている。
「んなことないやろ。理緒、なんぼやっけ? こないだ、マンガ読ませたろ?」
隙を突く手立てを考えているのではない。まったくない。あり得ない話だ。
女の子に同情しているわけでもなく、かといって欲情しているわけでもなくて、……この三人は嫌いではないので、ボクを信じて、いったん出て行ってほしい。
見られている、と思うと、こう、うまくいかなくて。
「どや、ワシが手本を見せたろうか」
門番役はズボンを下ろす。この状況下で、この人のソレはビンビンに反り返っていた。
「ひっ」
女の子が身体を強ばらせるのを見て「なんや嬢ちゃん。見るの初めてか?」とニヤけながら、門番役が近付いていく。わざわざこの場をセッティングしてくれた発案者には悪いが、ボクはこの女の子が今後どうなったってかまわないので、この辺でおいとまさせていただけないだろうか。
「その小せえもんをしまえ」
待ったをかけたのは監視役だ。女の子を守るように肩を抱くと、片方の手にナイフを握った。日常的に血を吸って、研がれながら使われているナイフだ。
刃物が出てきて、女の子は驚きで目を丸くしている。今は正面に向けられているが、もしこちらに向けられたらと思うと、逃げる気も失せるだろう。男三人から逃れられるはずがないのだ。
「小さか、ないやろ」
「ほら縮んだ」
「ナイフを出すからや」
「しまえしまえ。そっちがしまったら、こっちもしまう」
「あい」
なんとかなった。門番役はズボンを穿いて、ボクに向き合う。
「理緒はどうしたらやれそうなん? この後、理緒の童貞卒業記念パーティーをするんやけど、いつから始められそう?」
「なんだそのパーティー……」
営業前のソープの一室で、可哀想な女の子の相手をさせるのが、この人たちにとっては善意からくる行動なのだ。ついでに世紀の瞬間を見物してやろうとしている。
「ワシらみたいなむさい年上のオジサンと、より、理緒みたいなかわいい年下の男の子とのほうがええんやないの? 理緒も、人助けだと思って、な?」
「勃つものも勃たへんから、出て行ってもらえへん?」
ボクは正直に話した。男三人に嗤われるのを覚悟で。
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