第42話

リムジンに乗り込むと、静かな香りと柔らかな照明が迎えてくれた。

美琴は向かいの席に腰を下ろし、にこやかに飲み物を勧めてくる。


「よければどうぞ。オレンジジュースですが。」


礼を言ってグラスを受け取る。

果実の酸味が舌を刺激した。妙に現実感がある味だった。


「改めまして――私は梓 美琴。予言の巫女をしております。」


美琴は姿勢を正し、表情を引き締めた。

その空気だけで、ただのあいさつではないと分かった。


「私の予言では……ドッペル様とクマノ様は、この世界の“最後の鍵”です。」


車内の静寂が一瞬、音を失った。

美琴は続ける。


「高梨勝利(たかなし しょうり)と、鹿目玲(かなめ れい)という人物をご存じでしょうか?」


聞き覚えのない名前だった。

首をかしげようとしたとき、隣のクマノが翼を軽く揺らす。


「あぁ――変わり目の鍵だな。」


「その通りでございます。」

美琴は頷き、ゆっくりと話を紡ぐ。


「私の予言によれば、“変わり目”――すなわち世界の転換点に、

 異世界より二人の人物が現れ、この戦いの行く末を左右する、と示されました。

 彼らはすでに転移の直後に保護し、現在は狭間機関にて育成中です。」


オレは無意識に息を呑んだ。

“異世界から来た人間”――それは、オレの帰る場所に繋がる可能性だ。


「……変わり目、とは何を指すんです?」


「残念ながら、そこまでは見えませんでした。」

美琴は少しだけ目を伏せた。


だが、次の言葉には再び強い意志が宿っていた。


「――しかし、最近になって新たな存在が予言に現れたのです。

 “黄泉の国より現れし、黒き神獣を従えし者”。」


車内の温度が、わずかに下がった気がした。

オレの肩に止まるクマノの羽が、ゆっくりと膨らむ。


「その人物が何を成すかは、未だ視えません。

 ですが、狭間機関はこの三名――

 高梨勝利、鹿目玲、そしてドッペル様を“保護対象”として正式に認定しました。」


美琴は静かに書類を差し出す。

厚い封筒に刻まれた紋章は、金色に輝いていた。


オレは封を切ることもできずに、それを見つめるだけだった。

現実感が追いつかない。

ただひとつだけ、確かに感じた。


――ようやく、“帰る手がかり”を掴んだ。


「……オレは、その二人に会えるんですよね?」


思わず声が震えた。

美琴は微笑んで頷いた。


「ええ。すぐに、会えます。」


その言葉に、胸の奥が熱くなる。

長い暗闇の果てに、ようやく光が見えた気がした。

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