『俺達のグレートなキャンプ156 意識高い系のキャンプでいくか(テリーヌ・ド・カンパーニュ作り)』

海山純平

第156話 意識高い系のキャンプでいくか(テリーヌ・ド・カンパーニュ作り)

俺達のグレートなキャンプ156 意識高い系のキャンプでいくか(テリーヌ・ド・カンパーニュ作り)


「いやいやいや、待って待って待って!」

富山が両手を前に突き出し、完全停止のジェスチャーを繰り出した。その表情は眉間に深い皺を刻み、目は見開かれ、口は半開きで固まっている。完全なる困惑と拒絶の表情だ。

「石川、今なんて言った?もう一回言って?いや、言わなくていい。聞き間違いであってほしい」

富山の声は震えていた。彼女の予感が、いや確信が、また石川が何かやらかそうとしていることを告げている。

秋晴れの空が広がる長野県の某キャンプ場。紅葉が始まった木々に囲まれたサイトで、三人は今回のキャンプの準備を進めていた。いや、正確には進めようとしていた。石川が例の提案をするまでは。

「だーかーらー!」

石川が両腕を大きく広げ、まるで世界を包み込むような仕草をした。その顔は満面の笑みで、目はキラキラと輝いている。完全にスイッチが入った状態だ。

「今回は意識高い系のキャンプをするんだよ!もう普通のバーベキューとか飽きたでしょ?せっかくキャンプ来てるんだから、もっとこう、オシャレでインテリジェンスな感じを出していこうぜ!」

「インテリジェンスって...」千葉が首を傾げた。彼の表情は純粋な疑問に満ちている。「キャンプに知性って必要なの?」

「あるんだよ!」石川が千葉の肩をバンバンと叩く。「最近のキャンプはさ、ただ焚き火して肉焼いて終わりじゃダメなんだよ。もっとこう、文化的というか、芸術的というか、そういう高みを目指すべきなんだ!」

「高み...」富山が呟いた。その声には明らかな不安が滲んでいる。「で、具体的に何するつもり?」

石川がニヤリと笑った。その笑みは悪戯っぽく、そして確信に満ちている。彼はリュックからA4サイズのレシピ本を取り出した。表紙には「本格フランス料理」の文字が踊っている。

「テリーヌ・ド・カンパーニュを作る!」

「...は?」

富山の声が裏返った。千葉は「テリーヌ?」と首を傾げている。

「テリーヌ・ド・カンパーニュ!フランスの伝統的な田舎風パテだよ!豚肉とレバーを使った、超オシャレな前菜!これをキャンプで作るんだ!どう?めちゃくちゃ意識高いでしょ!」

石川が本を開くと、そこには綺麗に型に入った肉料理の写真が載っている。確かにオシャレだ。しかし、明らかにキャンプで作るような料理ではない。

「ちょ、ちょっと待って」富山が額に手を当てた。「テリーヌって、あの、レストランで出てくるやつ?型に入れて冷やし固めるやつ?」

「そう!まさにそれ!」

「キャンプで?」

「キャンプで!」

「バカじゃないの!?」

富山の叫びがキャンプ場に響き渡った。隣のサイトの家族連れがちらりとこちらを見る。

「いやいや、聞いてよ富山」石川が興奮を抑えきれない様子で早口になる。「考えてもみてよ。他のキャンパーがさ、普通にカレー作ったり焼肉したりしてる中で、俺たちがテリーヌ作ってたらさ、めちゃくちゃ目立つじゃん!『あの人たち何作ってんの!?』って絶対注目されるって!」

「注目されたくないんだけど!」富山が頭を抱えた。

「いいじゃん!俺は面白そうだと思うよ!」

千葉がニコニコしながら言った。彼の目は純粋な好奇心に輝いている。石川の提案にいつも前向きな千葉らしい反応だ。

「千葉くん!あなたまで!」富山が千葉に詰め寄る。「テリーヌって知ってる?どれだけ手間がかかるか分かってる?」

「え、知らない」千葉があっけらかんと答える。「でも、どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなるって俺のモットーだし!」

「そのモットー、たまには疑ってよ!」

富山が叫んだ瞬間、石川が「じゃーん!」と大きな声を上げた。彼はクーラーボックスを開け、中から次々と食材を取り出し始めた。

「もう買ってきちゃったんだよね〜。豚ひき肉500グラム、豚レバー300グラム、ベーコン、玉ねぎ、にんにく、そしてこの特製スパイスミックス!」

テーブルの上に次々と並べられる食材。その量は明らかに本気度を物語っている。

「もう買ってたの!?」富山の声がさらに高くなる。

「当然!準備は万端だよ!あ、それとこれ!」

石川がリュックから取り出したのは、なんとパウンドケーキ型だった。金属製の立派な型が秋の日差しを反射してキラリと光る。

「型まで...」富山が力なく呟いた。

「そりゃそうだよ!テリーヌには型が必要だからね!あとこのアルミホイルと、クッキングシートと、重石用の石も拾ってきたし!」

石川が嬉々として準備物を並べていく。その様子はまるで子供が宝物を自慢するかのようだ。

「重石用の石って...」千葉が興味深そうに石を手に取る。「これ何に使うの?」

「テリーヌはね、作った後に重石を乗せて一晩寝かせるんだよ。そうすると肉がギュッと締まって美味しくなるの」

「へぇ〜!面白い!」千葉が目を輝かせる。

「面白くない!」富山がテーブルをバンと叩いた。「一晩って言った?一晩って今言った?つまり今日作って、食べられるのは明日?」

「そうだよ!だからこそ意識が高いんじゃん!即席じゃない、時間をかけた本格派!これぞグレートなキャンプだよ!」

石川が得意げに胸を張る。富山は深いため息をついた。

「もう...もう好きにして...」

「よっしゃー!富山も了承したってことで、早速作るぞ!」

「了承してない!」

しかし石川はもう聞いていない。彼はすでにカセットコンロに鍋を置き、玉ねぎのみじん切りを始めていた。

「まずは玉ねぎを炒めます!テリーヌの風味の基礎となる重要な工程です!」

石川が料理番組のような口調で実況を始めた。千葉が「おお!」と拍手する。

「千葉、にんにくみじん切りにして」

「了解!」

千葉が嬉々としてまな板とナイフを取り出す。富山は両手で顔を覆っていたが、指の間から二人の様子を見ていた。

玉ねぎが鍋の中でジュージューと音を立て始める。いい香りがキャンプサイトに広がった。

「次にレバーの下処理!」石川がレバーを取り出す。「レバーは臭みを取るために牛乳に浸けるんだけど、キャンプだから簡略化!水でよく洗って血抜きするぞ!」

「レバー苦手なんだよね...」千葉が少し顔をしかめる。

「大丈夫!テリーヌにすると臭みが消えて美味しくなるから!」

石川が手際よくレバーを処理していく。その手つきは意外にも慣れている。

「ね、ねえ石川」富山が恐る恐る尋ねた。「あなた、テリーヌ作ったことあるの?」

「ない!」

「ないんかい!」

富山のツッコミが炸裂した。

「でも昨日YouTubeで3時間くらい動画見たから大丈夫!イメージトレーニングは完璧!」

「それイメージトレーニングって言わない!」

しかし石川の勢いは止まらない。彼は次々と工程を進めていく。

「レバーをフードプロセッサーで...あ、フードプロセッサーないや」

「でしょうね」富山が冷静にツッコむ。

「じゃあ包丁で細かく刻むぞ!千葉手伝って!」

「おう!」

二人でレバーを細かく刻み始める。トントントントンとまな板を叩く音がリズミカルに響く。

その様子を見ていた隣のサイトのおじさんが、こちらをチラチラ見ている。そして奥さんらしき人に何か囁いた。

「ね、見られてるよ」富山が小声で言う。

「いいんだよ!これが狙いなんだから!」石川がニヤリと笑う。

刻み終わったレバーをボウルに入れ、そこに豚ひき肉を加える。

「そして炒めた玉ねぎとにんにく、塩、胡椒、ナツメグ、タイム、そして秘密のスパイス!」

石川が次々と調味料を加えていく。その量は完全に目分量だ。

「レシピ見なくていいの?」千葉が尋ねる。

「料理は心だよ千葉!感覚が大事なんだ!」

「その感覚が一番信用できない」富山が呟いた。

「よし、ここからが重要!」石川が両腕まくりをした。「手でよーく混ぜる!肉の脂と調味料をしっかり混ぜ合わせることで、一体感が生まれるんだ!」

石川が手を突っ込んで混ぜ始めた。グチュグチュと肉を練る音が響く。

「うわぁ、すごい感触」千葉も手を入れて混ぜ始めた。「なんか粘土みたい!」

「だろ?これが料理の原点なんだよ!手で感じる!」

二人がハイテンションで肉を練っている。その光景は完全に子供が泥遊びをしているようだ。

「あのさ」富山が呆れた声で言う。「衛生面、大丈夫?」

「手は洗った!」

「そういう問題じゃなくて...もういいや」

富山が諦めた様子で座り込んだ。

十分ほど練り続け、肉が粘りを帯びてきた。

「よし!いい感じ!次は型に詰めるぞ!」

石川がパウンドケーキ型を取り出す。内側にベーコンを敷き詰めていく。

「ベーコンで型を覆うことで、見た目も美しく、風味もアップ!これぞプロの技!」

「YouTubeで見た技でしょ」富山がツッコむ。

ベーコンを敷き終わると、練った肉を型に詰めていく。ギュウギュウと押し込んで空気を抜く。

「はい千葉、一緒に押して」

「おお、なんか楽しい!」

二人で肉を型に詰める作業は意外と楽しそうだ。富山も少し興味を持ち始めたのか、近づいてきて様子を見ている。

「表面を平らにして...よし!」

型の表面をヘラで綺麗に整える。そして上から余ったベーコンを被せた。

「最後にアルミホイルで覆って...完成!」

「完成?焼くんじゃないの?」千葉が首を傾げる。

「これから焼くんだよ!ダッチオーブンで湯煎焼き!」

石川がダッチオーブンを取り出した。そこに水を張り、型を入れる。

「あ、ちゃんとダッチオーブン持ってきてたんだ」富山が少し感心した様子で言う。

「当然!準備は完璧だって言ったでしょ!」

石川がドヤ顔をする。そしてダッチオーブンに蓋をして、炭火の上に置いた。

「上火も必要だから...」

蓋の上にも炭を置く。モクモクと煙が上がり始めた。

「あとは1時間半くらい焼けば完成!」

「1時間半!?」富山が驚く。「長くない?」

「いい料理には時間がかかるんだよ!その間、俺たちは優雅にコーヒーでも飲んで待つのさ。これぞ意識高い系キャンプ!」

石川がコーヒーミルを取り出した。なぜかサイフォンまである。

「サイフォンまで持ってきたの...」富山が呆れる。

「だってオシャレじゃん!」

石川が豆を挽き始める。ゴリゴリという音が心地よい。

その様子を見ていた隣のサイトのおじさんが、ついに我慢できなくなったのか、こちらに歩いてきた。

「あの、すみません」

50代くらいの優しそうなおじさんだ。

「何作ってるんですか?すごく本格的な感じで...」

石川の顔がパッと輝いた。待っていました、とばかりの表情だ。

「ああ、これですか?テリーヌ・ド・カンパーニュ作ってるんですよ!」

「テリーヌ?キャンプで?」

おじさんが驚いた顔をする。

「そうなんです!意識高い系のキャンプってやつですね!最近のキャンプはただ肉焼くだけじゃつまらないじゃないですか!もっとこう、文化的というか...」

石川が熱く語り始めた。おじさんは「はぁ...」と困惑した表情で聞いている。

「石川、あんまり人に迷惑かけないで」富山が小声で注意する。

「迷惑なんかじゃないですよ!」おじさんが笑った。「面白いですね!実は私もキャンプ飯のマンネリに悩んでたんです。いつもカレーかバーベキューで...」

「でしょ!?」石川が意気投合した様子で身を乗り出す。「キャンプってもっと可能性あるんですよ!俺たち、毎回変わったことやってるんです!」

「へぇ!他にどんなことを?」

「前回はキャンプ場で餃子100個作りました!」

「100個!?」

おじさんが目を丸くする。千葉が「楽しかったですよ!」と笑顔で言う。

「その前は流しそうめん装置を自作したり、ピザ窯を石で作ったり...」

「すごいなぁ...」おじさんが感心した様子だ。「奥さん、来て!面白い人たちがいるよ!」

おじさんが奥さんを呼ぶ。50代くらいの明るそうな女性が近づいてきた。

「何何?」

「この人たち、テリーヌ作ってるんだって!」

「テリーヌ?あの前菜の?」

「そうです!」石川が胸を張る。

「まぁ!キャンプで?すごいわね!」

奥さんも興味津々の様子だ。

「あ、もしよければ...」石川が思いついた様子で言う。「完成したらお裾分けしますよ!明日の朝になりますけど」

「えっ、いいんですか!?」

「もちろんです!せっかくキャンプ場で隣同士になったんだし!」

石川の提案に、おじさん夫婦が喜ぶ。

「石川...量、大丈夫なの?」富山が心配そうに尋ねる。

「大丈夫大丈夫!多めに作ってあるから!」

その会話を聞いていた反対隣のサイトの若いカップルも興味を持ったようで、こちらをチラチラ見ている。

「あ、そちらも興味あります?」石川が手を振る。

若い男性が恥ずかしそうに近づいてきた。彼女も後ろからついてくる。

「すみません、聞こえちゃって...テリーヌ作ってるって本当ですか?」

「本当ですよ〜!」

石川がまた説明を始める。すると若い女性が「インスタ映えしそう!」と目を輝かせた。

「でしょ!完成したら写真撮っちゃってください!ハッシュタグは#意識高い系キャンプで!」

「石川、調子乗りすぎ」富山がため息をつく。

しかし石川のテンションは上がる一方だ。気づけば周りのサイトから5、6人が集まってきていた。

「へぇ〜、キャンプでフレンチかぁ」

「すごいですね!」

「私も作ってみたい!」

口々に感想を述べる人々。石川が完全にMC状態になっている。

「テリーヌはですね、まず下準備が大事で...」

石川が作り方を解説し始めた。人々が興味深そうに聞いている。

「あの、石川さん」

千葉が石川の袖を引っ張った。

「ん?どうした?」

「あっちのダッチオーブン、煙すごくない?」

「え?」

石川が振り返ると、ダッチオーブンから白い煙がモクモクと上がっている。

「あ!水が蒸発してる!」

石川が慌てて駆け寄る。蓋を開けると、水がほとんどなくなっていた。

「やばい!水を足さないと!」

慌てて水を注ぐ石川。ジュワーっと音がして更に煙が上がる。

「大丈夫ですか?」おじさんが心配そうに尋ねる。

「だ、大丈夫です!ちょっと水の量を読み間違えただけで...」

額に汗を浮かべる石川。富山が「ほら見たことか」という顔をしている。

「もう少し水を多めに入れて...よし」

再び蓋をして炭を調整する。

「あの、これ温度計とかで測らなくていいんですか?」若い男性が尋ねた。

「え?温度?」

石川が固まった。

「テリーヌって確か、中心温度が75度くらいになるまで焼くんじゃ...」

「...温度計持ってない」

石川が小さな声で言った。

「持ってないんかい!」富山が叫ぶ。

「いや、だって、感覚で分かるかなって...」

「分かるわけないでしょ!」

集まっていた人々が少しざわつく。

「あの、うちに温度計ありますよ」おじさんが言った。

「え、いいんですか!?」

「ええ、肉焼く時用に持ってきてたんで。貸しますよ」

「ありがとうございます!」

石川が頭を下げる。おじさんが自分のサイトに戻って温度計を持ってきた。

「これ、刺すタイプの温度計です」

「助かります!」

石川が温度計を受け取り、ダッチオーブンの蓋を開けて型に刺した。

「えーと...今40度...まだまだだな」

「1時間半も焼くって言ってたもんね」千葉が言う。

「うん、気長に待つしかない」

石川が蓋を閉じる。

「じゃあその間、コーヒー飲みましょう!」

気を取り直した石川がサイフォンでコーヒーを淹れ始めた。アルコールランプに火をつけ、フラスコに水を入れる。

「お〜、サイフォンだ」若い女性が興味津々だ。

「見てて面白いでしょ?」

水が温まり、フラスコから上のロートに上がっていく。そこにコーヒー粉を入れると、いい香りが広がった。

「いい匂い〜」

集まった人々が口々に言う。完全にキャンプ場の見世物状態になっている。

コーヒーが淹れ上がり、石川がカップに注ぐ。

「皆さんもどうぞ!」

「え、いいんですか?」

「もちろん!せっかくだし!」

石川が用意していたカップを配る。富山が「大丈夫なの?」と心配そうだが、石川は「全然平気!」と笑顔だ。

みんなでコーヒーを飲みながら、キャンプ談義が始まった。

「石川さんって、毎回こういう変わったことやってるんですか?」若い男性が尋ねる。

「そうですね〜。普通のキャンプもいいけど、やっぱり何か面白いことしたくなっちゃうんですよ」

「分かります!私たちもマンネリ化してて...」

「だったら次は何か挑戦してみたらどうです?例えば...」

石川が色々なアイデアを語り始める。パエリア作りとか、燻製作りとか、手打ちパスタとか。

「楽しそう!」彼女が目を輝かせる。

そんな風に盛り上がっていると、30分ほど経った。

「そろそろ温度確認しよっか」千葉が言った。

「そうだね」

石川が温度計を刺す。

「お、60度!いい感じ!」

「もう少しですね」おじさんが言う。

さらに30分後。

「よし、75度!完璧!」

石川が嬉しそうに叫んだ。

「おお〜!」周りから拍手が起こる。

ダッチオーブンから型を取り出す。アルミホイルを開けると、湯気が立ち上った。

「いい色!」千葉が感激する。

表面はベーコンで覆われ、いい焦げ目がついている。いい匂いが漂ってきた。

「これをこのまま冷まして、重石を乗せて一晩寝かせます」

石川が先ほど拾った平らな石を乗せる。

「で、明日の朝食べられるんですね」おじさんが確認する。

「はい!楽しみにしてください!」

「楽しみだなぁ」

集まっていた人々がそれぞれのサイトに戻っていった。「明日楽しみにしてます!」「ありがとうございました!」と声をかけながら。

三人だけになると、富山が深いため息をついた。

「疲れた...」

「いやぁ、盛り上がったね!」石川が満足そうだ。

「確かに楽しかった!みんな興味持ってくれて嬉しかったな」千葉も笑顔だ。

「でもさ」富山が心配そうに言う。「明日、ちゃんと美味しくできてるのかな...」

「大丈夫だって!見た目は完璧だったし!」

「見た目だけで判断しないでよ...」

「まぁまぁ、明日のお楽しみってことで!」

石川が楽観的に言う。

その夜、三人はカレーを作って夕食にした。

「結局カレーかよ」富山がツッコむ。

「テリーヌは明日のお楽しみだからね!今日は普通でいいんだよ!」

焚き火を囲んで、ゆったりとした時間が流れる。

「でもさ」千葉がカレーを食べながら言った。「今日は面白かったよ。みんなが集まってきて、コーヒー飲みながら話して」

「だろ?こういうのがいいんだよ」石川が笑う。

「でも毎回こんな大騒ぎしなくても...」富山が呟く。

「大騒ぎじゃない!グレートなキャンプなんだ!」

星空の下、三人の笑い声が響いた。

翌朝。

「起きろ起きろ!テリーヌの時間だ!」

石川の大声で千葉と富山が起こされた。

「まだ6時じゃん...」富山が眠そうに言う。

「朝食は早めがいいだろ!さぁ、テリーヌをチェックするぞ!」

テントから出ると、既に隣のサイトのおじさん夫婦も起きていた。

「おはようございます!」

「おはようございます!いよいよですね!」

おじさんが期待に満ちた顔でこちらを見ている。

若いカップルもテントから顔を出した。

「おはようございます〜!」

「お、みんな起きてる!いいね!」

石川がテリーヌの型を持ち上げた。重石を外し、アルミホイルを剥がす。

「おお...」

きれいに固まっている。ベーコンが表面を覆い、いい色をしている。

「成功してる!」千葉が興奮する。

「まだ分かんないでしょ」富山が冷静にツッコむ。「味見してからよ」

石川がゆっくりと型を逆さにして、テーブルの上の皿に乗せる。トン、と軽い音がして、テリーヌが型から外れた。

「おおおお!」

周りから感嘆の声が上がる。ベーコンに包まれた肉の塊が、朝日を浴びて美しく輝いている。

「すごい!本当にテリーヌだ!」若い女性がスマホで写真を撮り始めた。

「でしょ!?キャンプでこのクオリティ!」石川が胸を張る。

「石川、まだ切ってないし食べてもいないから」富山が釘を刺す。

「よし、じゃあ切るぞ!」

石川がナイフを取り出す。ゆっくりとテリーヌに刃を入れた。

スッ...

きれいに切れる。断面が現れる。

「...お」

肉の層がきれいに詰まっている。ピンク色と茶色のマーブル模様。レバーのペーストと豚肉が混ざり合って、想像以上に美しい断面だ。

「うわ、めっちゃきれい!」千葉が感激する。

「これは...いけてるんじゃない?」富山も驚いた様子だ。

「だろ!?俺を信じてなかったな!?」石川がドヤ顔をする。

何切れかスライスして皿に盛り付ける。そこにフランスパンを添える。

「バゲットも用意してたんだ」富山が呆れる。

「当然!テリーヌにはバゲットでしょ!あとピクルスも!」

小瓶に入ったピクルスまで取り出す石川。準備が本当に周到だ。

「じゃあ...いただきます!」

石川が一切れ口に入れた。

噛む。

「...!」

石川の目が見開かれた。

「ど、どう?」千葉が固唾を飲んで見守る。

「...うまい」

石川がゆっくりと言った。

「うまい!めちゃくちゃうまい!スパイスの香りがして、肉の旨味が濃厚で、レバーの癖も全然なくて!これは...成功だ!」

「マジで!?」千葉が急いで一切れ食べる。「...おお!本当だ!うまい!なんかお店の味みたい!」

富山も恐る恐る口に入れる。

「...」

富山が黙って咀嚼する。その表情が徐々に変わっていく。

「...認めたくないけど」

富山がゆっくりと言った。

「美味しい。ちゃんと美味しい。本格的な味」

「よっしゃー!」

石川がガッツポーズをする。

「お隣さんにも配るぞ!」

石川が何切れかを皿に盛って、おじさん夫婦に持っていく。

「はい、お待たせしました!テリーヌ・ド・カンパーニュです!」

「わぁ!ありがとうございます!」

夫婦が嬉しそうに受け取る。二人で一口ずつ食べた。

「...!」

「美味しい!」奥さんが目を輝かせる。

「これ、本当にキャンプで作ったんですか?レストランの味ですよ!」おじさんが感激している。

「でしょ!?意識高い系キャンプの成果です!」

石川が誇らしげだ。

若いカップルにも配る。彼らも一口食べて「すごい!」「めっちゃ美味しい!」と絶賛する。

「これインスタに載せていいですか?」女性が尋ねた。

「どうぞどうぞ!#意識高い系キャンプ、忘れずに!」

「はい!」

彼女が嬉しそうに写真を撮りまくる。テリーヌのアップ、断面、焚き火とテリーヌ、キャンプ場の景色とテリーヌ...様々なアングルで撮影している。

すると、また別のサイトの人たちが「何してるんですか?」と集まってきた。

「テリーヌ作ったんですよ!」

「テリーヌ!?キャンプで!?」

また説明が始まる。そして試食してもらうと、みんな驚きの表情を見せる。

「すごいですね!」

「私も今度やってみたい!」

「作り方教えてください!」

気づけば朝から10人以上が集まって、ちょっとした朝食会になっていた。

「いやぁ、こんなに盛り上がるとは」おじさんが笑う。

「ね、楽しいでしょ?これがキャンプの醍醐味ですよ」石川が満足そうだ。

「確かに。いつもは他のキャンパーとこんなに話すことないんですけど、今日は朝から賑やかで楽しいです」

奥さんも笑顔だ。

「あの」若い男性が石川に尋ねた。「次は何作るんですか?」

「え?」

「だって、毎回変わったことやってるんでしょ?次は何するのかなって」

周りの人々も興味津々の顔でこちらを見ている。

「そうですね...」石川が顎に手を当てて考える。「次は...ローストビーフとか?」

「おお!」

「あ、でも前にやったからな...じゃあラクレット?」

「ラクレット?」千葉が首を傾げる。

「溶かしたチーズを削ぎながら食べるやつ!スイスの料理!専用の機械買っちゃおうかな!」

「また道具増やすの...」富山がため息をつく。

「いいじゃん!グレートなキャンプには投資が必要なんだよ!」

「楽しそうですね!」おじさんが笑う。

「あ、おじさんたちもよかったら今度一緒にキャンプしませんか?」

石川が提案する。

「え?いいんですか?」

「もちろん!こうやって知り合いになったのも何かの縁だし!」

「それは楽しそうだ!奥さん、どう?」

「いいわね!ぜひ!」

「私たちも!」若いカップルも手を挙げる。

「よっしゃ!じゃあLINE交換しよう!」

石川が嬉々としてスマホを取り出す。

「ちょっと待って」富山が石川の腕を掴んだ。「勝手に次のキャンプの予定決めないでよ」

「いいじゃん!楽しいんだから!」

「そういう問題じゃなくて...」

「富山さんも楽しんでたでしょ?さっきテリーヌ美味しいって言ってたじゃん」

「それは...まあ...」

富山が言葉に詰まる。確かに美味しかったし、盛り上がったのは事実だ。

「ほらほら!みんなで次のキャンプ計画しようよ!」

千葉も乗り気だ。

「千葉くんまで...」

富山が頭を抱える。しかしその表情は、以前ほど困惑していない。少し笑っているようにも見える。

「じゃあ決まり!次回は『俺達のグレートなキャンプ157 スイス料理でとろけるキャンプ(ラクレット大会)』だ!」

石川が高らかに宣言する。

「タイトルまで決めちゃった!?」富山がツッコむ。

周りから笑い声と拍手が起こった。

朝の太陽が高く昇り、キャンプ場全体を暖かく照らしている。テーブルには半分ほど残ったテリーヌ。焚き火の横には集まった人々。コーヒーカップを手に談笑する声。

「でもさ」千葉がテリーヌをもう一切れ取りながら言った。「今回は本当に成功だったよね。見た目も味も完璧だったし」

「だろ!?俺の計画に間違いはないんだよ!」石川が胸を張る。

「前回の餃子は焦げたけどね」富山が冷静に指摘する。

「あれは...火加減のミスであって...」

「その前の流しそうめんは水漏れしたし」

「あれは装置の設計の問題で...」

「ピザ窯は崩壊したし」

「だから!今回は成功したでしょ!?」

石川が必死に弁解する。周りが笑う。

「まあでも」富山が少し笑いながら言った。「毎回何かしら面白いことが起きるのは確かね。退屈はしない」

「だろ?だから次も期待しててよ!」

「期待というか...不安というか...」

富山が複雑な表情を浮かべる。

「大丈夫大丈夫!ラクレットなんて簡単だから!チーズ溶かすだけだし!」

「その『簡単』が一番信用できないんだけど」

また笑い声が起こる。

「あ、そうだ」おじさんが思い出したように言った。「テリーヌのレシピ、教えてもらえますか?家でも作ってみたくて」

「もちろん!」

石川がレシピ本を取り出して、付箋を貼ったページを見せる。

「基本はこれなんですけど、キャンプ用に色々アレンジしてて...」

石川が熱心に説明を始める。おじさんがメモを取る。他の人々も興味深そうに聞いている。

「フードプロセッサーがない時は包丁で細かく刻めばいいんですね」

「そうそう!ちょっと大変だけど、全然できますよ!」

「温度計は必須ですね」

「ですね!これは本当に必要!」

石川が昨日のヒヤリとした瞬間を思い出して頷く。

「あと、重石も忘れずに」

「はい!これで肉が締まって美味しくなるんです!」

そんな会話が続く中、千葉が富山に小声で話しかけた。

「ねえ富山さん」

「ん?」

「石川って、本当に楽しそうだよね」

千葉が石川を見ながら言った。石川は周りの人々に囲まれて、嬉々として説明を続けている。

「まあ...そうね」

富山も石川を見る。

「こういう時の石川、すごくいい顔してる」

「...そうね」

富山が小さく笑った。

「最初は『またか』って思うんだけど、結局毎回楽しんでる自分がいるのよね」

「分かる!俺も最初は『本当にできるの?』って思うけど、やってみると面白いんだよね」

「石川の計画、無茶苦茶なんだけど、なぜか実現しちゃうのよね。不思議と」

「うん!それがすごいよね!」

二人が笑い合う。

「でもさ」富山が少し真面目な顔になった。「石川がこういうことできるのって、私たちがいるからだと思うの」

「え?」

「石川一人だったら、こんな無茶なことできないでしょ?私たちが協力するから、サポートするから、実現できる」

「そっか...」

千葉が納得した様子で頷く。

「だから、石川の奇抜なキャンプって、結局はチームワークなのよね。三人いるから成り立つ」

「いいチームだよね、俺たち」

「...まあ、そうね」

富山が照れくさそうに笑う。

そこへ石川が戻ってきた。

「お、二人で何話してたの?」

「別に」

「なんでもない!」

二人が同時に答える。石川が「怪しいな〜」と笑う。

「まあいいや。じゃあ、そろそろ片付け始めるか」

「そうだね」

三人で片付けを始める。食器を洗い、炭を処理し、テントを畳む。手慣れた作業だ。

「次のキャンプ、いつにする?」石川が作業しながら尋ねる。

「来月の中旬とかどう?」千葉が提案する。

「いいね!気候もちょうどいいし!」

「ちゃんと予定確認してから決めてよね」富山が釘を刺す。

「はいはい!」

作業を続けながら、三人は次のキャンプの話で盛り上がる。

「ラクレットって、チーズどれくらい必要かな?」

「一人200グラムくらい?」

「じゃあ結構な量だね」

「付け合わせはじゃがいもとか?」

「ピクルスも必要だよね」

「あ、生ハムとかも合うんじゃない?」

「おお、いいね!」

話は尽きない。

隣のおじさん夫婦も片付けを始めている。

「今日は楽しかったです!ありがとうございました!」石川が声をかける。

「こちらこそ!素敵な朝でした!次のキャンプ、楽しみにしてますね!」

「はい!必ず連絡します!」

若いカップルも「ありがとうございました!」と笑顔で手を振る。

片付けを終え、荷物を車に積み込む。

「じゃあ、帰るか」石川が言った。

「うん」

「そうだね」

三人が車に乗り込む。エンジンをかけ、ゆっくりとキャンプ場を出る。

ゲートを通り過ぎる時、石川が振り返った。

「今回のキャンプ、最高だったな」

「まあ...悪くなかったわね」富山が認める。

「次も楽しみだね!」千葉が笑顔で言う。

「よっしゃ!次はもっとグレートにするぞ!」

「もっとって...これ以上何するの...」

富山が不安そうに呟く。しかしその表情は笑っている。

車は山道を下っていく。窓から見える紅葉が美しい。

「そうだ!」石川が突然叫んだ。「次々回は、キャンプ場で本格中華作ろうぜ!北京ダックとか!」

「北京ダック!?」

「専用の窯を自作してさ!」

「また作るの!?」

車内に笑い声が響く。

秋の空は青く澄み渡り、道路脇の木々は赤や黄色に色づいている。

石川達の奇抜なキャンプは、まだまだ続く。

次回は『俺達のグレートなキャンプ157 スイス料理でとろけるキャンプ(ラクレット大会)』!

おじさん夫婦、若いカップルも参加して、更に賑やかになる予感!?

果たして無事にラクレットは成功するのか!?

それとも、また予想外のハプニングが!?

乞うご期待!


「石川」

帰り道、助手席の富山が急に真面目な声で言った。

「ん?」

「今回のテリーヌ、本当に美味しかったわ」

「おお、珍しく素直に褒めるじゃん」

「だから調子に乗らないでよ。でも...」

富山が少し笑った。

「あなたのグレートなキャンプ、嫌いじゃないわよ」

「...!」

石川の顔がパッと明るくなる。

「だろ!?富山も楽しんでるって分かってたんだよ!」

「ちょっと、だからって次から次へと無茶な企画立てないでよね!」

「はいはい!」

後部座席の千葉が笑いながら言った。

「俺たち、いいチームだよね」

「当たり前だろ!最高のチームだよ!」

「...まあ、そうね」

富山も笑顔になる。

車はカーブを曲がり、街へと向かっていく。

三人の笑い声を乗せて。

次なるグレートなキャンプを夢見て。

物語は、まだまだ終わらない。

(終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『俺達のグレートなキャンプ156 意識高い系のキャンプでいくか(テリーヌ・ド・カンパーニュ作り)』 海山純平 @umiyama117

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ