転生してもケモノでした -ケモノ姿のままだったので、世界中のモフモフを求めて旅に出ます-
獣之古熊
プロローグ 転生してもケモノでした
「な、なぁ、アンタ、もしかして神獣さまってやつだよな!?助けてくれよ!頼むから!」
僕の背中にしがみついてきたのは、狼耳と尻尾を生やした銀髪の少年だった。
深い森の中を彷徨っていると、少年が悲鳴を上げながら猛ダッシュでこちらへと向かってくるではないか。その後ろからは、熊のような巨大なケモノが迫っていた。ポカンとする僕をよそに、彼はなんの遠慮もなく僕を壁代わりにして、そのケモノの相手を僕に丸投げした。
「えええええっ!?」
いやいやいや。ちょっと待ってくれ。確かに食肉解体作業はしてたけど、生きてる野生の熊はさすがの僕も相手にしたことはない。ていうかなんで僕が壁役になってんの!?
距離を空けてケモノが立ち止まり、じっと僕のほうを見てくる。鼻を鳴らし、匂いを嗅いで何かを確かめているようだ。僕の腰にしがみつく少年の手に、ぎゅっと力が加わる。今の僕も同じく見た目だけは立派なケモノだが、残念なことに中身はただの人間。そして、外見はただの
ふわふわの純白の毛。カッコよさを際立たせる模様として赤と青の毛を入れている。僕が一年以上の時をかけて自作した、狼とドラゴンを融合させたケモノが、今の僕の姿だ。
だが、どんなに見てくれが立派でも、熊に勝てるはずがない。
正直、展開が唐突すぎて、混乱するしかない。
一体、僕にどうやってこの場を切り抜けろと!?
*****
「あん?なんだよ。さっきので最後にしろって言ったじゃん。なんで送ってくるかなぁ」
闇の中から巨大な船の船首だけが顔を出している。その甲板上、執務机に腰かけた不思議生物が、迷惑そうに誰にともなくぼやく。
球体の身体に細い手足を生やした不思議な生き物だ。顔が胴体と思しき球体の表面にあり、その生き物は鞄に書類を詰めて今まさに帰り支度を整えているといった様子だった。
――全く見覚えのない空間だ。
不思議な生き物がいる船首を見上げる位置に、テレビドラマで見るような裁判所の証言台のような台座があり、僕の視界はそこを中心として展開されている。僕に手足の感覚はないが、足元――証言台の床からは白い煙が真っ暗闇に流れ落ちていた。
「オレは社畜じゃねぇっての。残業なんてもってのほかだっつーのに。ったく。こいつ放って帰るわけにもいかねぇじゃんかよ」
どうやらそれは、僕に対しての言葉のようだ。僕だって来たくてここに来たわけじゃない。知らない間に、気づけばここにいたというのに、この言われようは酷いじゃないか。
「ああ、今のキミは魂だけの存在だから、身体もなけりゃ、考えてることを口にすることもできないぜ。けど、まぁ、オレにはわかるんだけどよ」
ということは、今僕が考えていることは彼にはお見通しということか。
「そういうことだ。オレの悪口なんか考えようものなら、二度と転生できねぇよう、地獄に突き落としてやるからな」
怖い。というか転生?
え、僕、転生するの?
「オレはさっさと帰りてぇんだ。余計なことを考えずに、オレの質問にだけとっとと答えろよ」
あ、はい。すみません。
「一応、これも仕事だ。その辺はちゃんとしてやるよ。ようこそ、輪廻転生郷へ。ここはあらゆる世界の魂が旅立ち、還って来る場所」
おおお。そうだったのか。ということは、今の僕は死んじゃったってことなのかな?
「そうだぜ。簡単に言えば、あんた、社畜すぎたんだな。食肉解体作業員として働く傍ら、ケモノ着ぐるみを自作してイベント初デビューしたはいいが、普段の睡眠不足と着ぐるみを着た暑さで熱中症を起こしてイベント中に死んだぜ?」
ぐはぁ。
楽しみにしていたイベント中に死んだって、そりゃないぜ。確かに仕事が終わったら夜なべしてせっせと着ぐるみ作ってたけど、狼ドラゴンのレスターくんの出来は、かなりよくて評判だったんだよ。それなのに、死んだ、だって。こんなの死んでも浮かばれないよ。
「アンタ、もう死んでるから浮かばれてるんだけどな」
そういうツッコミはいらないです。
「あ?キリギリ星のウニュラボトスの餌として転生させてやろうか?」
ごめんなさいごめんなさい。なんだか嫌な予感がするのでそういうのだけは勘弁してください、お願いします。
「チッ。言ったよな、余計なこと考えるなって。次にやったら承知しねぇからな」
わ、わかりました。ちゃっちゃと答えるので、とっとと進めちゃってください。
「……」
ヒィッ。
球体の顔にギロリ、と睨まれて身を竦める。いや、僕は今、身体がないんだけど。言葉の綾というか、そういう感覚だったっていうことで。
「じゃあ、さっそくいくぜ。アンタ、生まれ変わったら何がしたい?」
生まれ変わったら?
そうだなぁ。やっぱり、モフに囲まれて、僕自身もモフになって、モフモフ天国がいいなぁ。あと、いろんなところをのんびり旅したいかなぁ。モフオフ会も夢のまた夢になってしまったわけだし。世界中のモフモフを探して、本物のケモノさんから少しずつ毛をわけてもらって、着ぐるみ制作するの楽しそう!
「死ぬ前のアンタの自慢のスキルはなんだ?」
スキル、かぁ。そうだなぁ、仕事で食肉解体をやってたから肉を捌くのは得意だし、なんといってもケモノ着ぐるみを作るのは大得意!裁縫とか、工作とか。レスターくんは自作キャラで、僕はイラストを描くのだって得意なんだ。
「これから行く場所にたった一つだけ持って行けるものがあるとしたら、アンタは何を持って行く?」
持って行く物かぁ。うーん。無人島に持って行けるものがあるならば、っていうアレと似てるなぁ。サバイバル生活を考えると便利な道具、って言いたいところだけど。せっかく自分で作った着ぐるみのレスターくんを置いて、僕だけ別世界に行くって考えたらなんだか悲しくなってきたから、やっぱりレスターくんを連れて行く!かな。
「質問は以上だぜ。んじゃ、アンタを転生させてやるよ」
おおお。ついにきた!
どうなるのかな。次はどんな世界なんだろう。
「ああ、どこでどんな姿で、どうやって生まれるのかとかは転生してのお楽しみだな。ま、今ここで教えても、今のアンタの記憶は全部消されちまうから覚えてはいないんだが――あ」
ん?
突然、スポットライトのように僕を上から照らす光が差し込むと、その光の中に吸い込まれるような感覚に襲われる。なんだこれ、何が起こっているのか。
「あー、やべ。やっちまったぜ。記憶消去と転生ボタン押し間違えたわ。なんか中途半端に若返るけど、ま、いっか。はよ帰りたかったし。んじゃ、今日の業務はこれで終わりだ。しばらくここには戻ってくんなよなー」
いや、よくないだろ!
そう抗議する間もなく、僕は光の中へ吸い込まれていく。そして、完全に吸い込まれる直前、不思議な生き物が僕に手を振り、背中を向けるのが見えた――。
*****
こうして、場面は冒頭へと戻る。気がついたときには僕はケモノの姿――レスターくんの着ぐるみを着用した状態で森の中で立ち尽くしていたというわけだ。
「転生したらお約束のゲームみたいなウィンドウが表れるとか、天の声が聞こえるとか、そういうの全然ないじゃん!」
僕の腰に掴まって身を震わせている少年と、僕を警戒して動きを止めている熊のケモノを交互に見やりながら、叫ぶ。
端的に言って、ピンチである。
益体もないことを考え、叫んでいる暇などないのだが、叫ばずにはいられなかった。転生したその瞬間に命を脅かされる状況にしてくれるなど、あの不思議生物、マジで正気の沙汰じゃない。
熊のケモノが低い唸り声を上げ、ジリジリと距離を詰めてきている。このままじゃ、僕も少年もあのケモノの餌になるしかない。まさか、これがウニュラボトスの餌パターンっていうことはないだろうか。最後のほうは、ものすごくいい加減な仕事をしてくれたっぽいし。
「グルルルルッ!」
「ヒィィィッ!?」
僕の意識を現実へと引き戻すように熊のケモノが大きな声を出すと、鋭い爪の生えた太い腕を振りかぶってこちらへ向かって一気に駆け出した。それを見た僕は慌てて頭を抱え、目を瞑ってその場にしゃがみ込む。
ゴンッ!
「グガァァッ!?」
金属と金属が衝突したような激しい音と衝撃が僕を襲う。その一瞬ののち、耳元で悲鳴のような声が聞こえると、すぐにドサリ、と何かが倒れるような音がした。
不思議と僕の身体に痛みはない。薄っすらと目を開けていくと、僕の視界には、目を回して大の字に倒れ、ピクピクと痙攣するケモノの姿があった。
「す、すげぇっ!さすが神獣さまだ!」
その様子を背後から見ていた少年が、どういうわけか僕を賞賛し始める。
「……いや、僕、頭抱えてしゃがんだだけだったよね?」
転生してもケモノでした -ケモノ姿のままだったので、世界中のモフモフを求めて旅に出ます- 獣之古熊 @kemonokoguma
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