6

今、私はマスクを校内で外している。

強調するため、もう一度言う。

校内で、だ。


「ふぅ~」


昼休みの、誰もいない図書館でね。

流石に私はまだクラス内でマスクを外せていない。

そもそも、校内の人が居るところではマスクを外せない。


「そこの本、取ってもいい?」


不意に、後ろから声をかけられた。

……誰⁇

確か同じクラスの…後ろら辺の席の…。


「そこの本、取っても良い?」


「あ、ごめん」


急いで場所をあけ、後ろへ下がる。

この…同じクラスの誰かさん、本好きかなぁ。


「あなた、本が好きなの?」


「……うん」


「へぇ~。じゃぁさ、どの本がおススメ?」


「……ん」


彼女の手の内にあった本を、手渡される。

表紙には可愛らしい花の絵が描いてあった。


「この本、面白い?」


「……個人による」


「ふーん…。ねぇ、あなたの次にこの本借りても良い?」


「……私が決めることじゃない。それに…その本、今から返す」


あ、じゃぁ今から借りれる。

あんまり本とか読まないけど、勧められた本だもん。

ここで断るには勇気がいる。


「私、もう行くから」


そう言って、彼女は立ち去った。

一つに束ねられた髪が、ゆらゆらと揺れているのを見送る。


「……あ、あぁぁああ‼」


ま、マスクつけてなかった…。

一斉に不安が心へ押し寄せてくる。

…と思ったが、不安は押し寄せてこなかった。


「気にして…ない?」


マスクに関して、何も聞かれなかった。

あの人、マスクを外したことに気づいていない?

あの人、同じクラスだよね?


「マスク程度じゃ、気づかないか」


でもそうか。

皆、本を読んだり友達と話したりで忙しいんだ。

そんな中、私がマスクを外したことに気づくのはとっても難しいことだろう。

まぁ、気づきはするかもしれないけど。


キーンコーン カーンコーン


予鈴が鳴ると同時に、駆け出す。

マスクをしないで走る感覚を、ここ最近ずっと忘れていた気がする。

東館から来た高校生の香水の香りも、階段の靴っぽい匂いも、こんなに強かったんだ…。


「廊下は歩きなさい」


後ろからそんな声が聞こえる。

今はマスクが無いから、簡単に「べろべろべー」なんてさしてくれない。

でも、それが新鮮だ。


「尋委ちゃん?」


「え?」


名前が呼ばれた方へ振り向くと、甘井先輩がいた。

次の授業が移動教室なのか、教科書を手に持っている。


「尋委ちゃん、なの?」


「あー…はい」


やっぱり、廊下ではマスクしておいたほうが良かったかな。

マスクを外すのは、図書館だけの方が良かったかな。


「昨日部室にハンカチ忘れていったりしてない?」


「あ、そういえばハンカチが昨日から無くて…」


「これだったりしない?」


黄緑色のよつば模様が入ったハンカチをポケットから出して見せてくる。

見覚えがあり過ぎるものだった。


「これです!ありがとうございます!」


「良かった~」


ハンカチを手渡して甘井先輩は歩いて行った。

期待していた訳ではないが、てっきりマスクのことについて聞かれると思っていた。

手の中で握りしめているハンカチから温もりを感じる。


「あ、やばい!急がないと」


もうすぐで授業が始まる。

マスクを外すよりも、授業に遅れる方が目立つかもしれない。

いや、きっとそうだ。


日に照らされた残りの階段を上ってゆく。

自分を変える、という目標を少しは達成できただろうか。

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