第1章 転生聖女編

第1話 聖女だって煙草くらい吸うよ

 「聖女様だ!」



 カリデッカ聖国。


 ノース大陸の北部に国土を構える大国で、四季があるこの地域は今、冬を迎えようとしていた。

 その国にはブトイボーという都市があり、特徴は千年の歴史を誇るボーナッガ大聖堂が国の中心部にあることだ。


 ここ、カリデッカ聖国では、女神ルシファーを信仰しており、国民のほとんどが唯一神を崇め奉っている。


 都市に立ち並ぶ建物は石造りで古風な印象があり、四方それぞれに大聖堂へ続く大通りが設けられていた。

 その大通りは石畳の街路で、馬車が四台横に並ぶことができるほど広い。

 澄み渡る晴天の下、今は昼過ぎの時間で、人々が最も活発に動く頃合いだからか、どこを見渡しても人、人、人が居て、賑わっている。


 そんな大通りにて、すれ違う者たちの注意をひく女が居た。


 年の頃は十七くらいの見た目の女だ。

 陽の光を浴びて尚一層光り輝く銀髪は腰の辺りまであり、上から純白のウィンプルが覆い被さっている。

 きめ細かい白い肌と琥珀色の瞳が特徴的な女であった。


 清楚な印象を見る者に与えながらも、どこか神々しさすら感じる容貌。誰もが認めるその美女は、印象に違わぬ様相をしていた。


 純白の修道服を身に纏っており、露出しているのは顔と手だけ。首にはカリデッカ聖国の唯一神教とされる、女神ルシファーの横顔を模した十字のネックレスがある。


 まるで女神に愛されているような美貌に、街の人々は注目する。


 そんな美女の下に、近くにいた何人かの子供たちが駆け寄る。



 「聖女様! こんにちは!」


 「こんにちは!」


 「良い天気だね!」



 子供たちは賑やかにしながら美女を囲った。


 その美女――聖女クズミは柔和な笑みを浮かべた。



 「ふふ、こんにちは。皆、元気?」



 聖女。


 それは神に選ばれし、神に仕える者。


 神のため、世のため、人のため。身も心も捧げて善行を成し遂げる存在は、一般的な聖職者の域に留まらず、この都市を代表すると言っても過言ではないほど尊い者である。


 それもそのはず、聖女はあらゆる厄災から人々を守る力を有しており、あらゆる悪を滅する力を秘めていることで有名だからだ。


 この都市の、曳いてはこの国の聖女と言えば、誰もがクズミの名を口にするだろう。


 クズミは屈んで、子供たちと同じ目線で話しかける。子供たちも笑顔で応じた。



 「うん!」


 「これから近くの山に行くんだ!」


 「聖女様も遊ぼ!」



 子供たちが聖女の手をやや強引に引っ張る。


 それを見た周囲の大人たちが止めに入る。



 「こら! あんたたち、聖女様に迷惑かけるんじゃないよ!」


 「すみません、聖女さん。まだ礼儀ってもんがわかってない子たちで......」



 子供たちに代わり大人たちが聖女に謝る。


 クズミはそんな大人たちにも温かな笑みを浮かべて応じた。



 「かまいません。それに子供が元気に遊ぶことができるのは、この国が豊かである証拠。それもあなた方が日々頑張っているおかげです」



 そう言って、立ち上がったクズミは胸の前で手を組んだ。



 「私も皆さんのように精進しなければなりません」


 「そ、そんな恐れ多い......」


 「俺たちはただ生きるのに必死なだけで......」



 それからクズミは子供たちの頭を優しく撫でるように手を置き、言葉を重ねる。



 「ああ、そう言えば、薬草が少なくなってきたと報告がありました。

 川の近くにその薬草が生えていると思うので、ついでに採ってきましょう」



 クズミはそう言って、まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべる。それから聖女は子供たちを引き連れて、都市の外にある森へ向かっていった。


 そんな聖女の背を見送る大人たちが口々に言う。



 「ああ、聖女さんはなんて立派なお方なんだ......」


 「本当だよ。忙しいお立場なのにねぇ」



 そう話す大人たち。


 すると、誰かがなんとなしで言った。



 「にしても、護衛の人も連れずに森へ行って大丈夫か?」



 先程の一連のやり取りを見ていた青年が言ったことだ。


 聖女とは、この国で最も重んじられる存在の一人で、護衛役を一人も連れずに出歩いていいのだろうか、という心配は当然である。

 街の中ならばいざ知らず、薬草を採取する場所は都市の外だ。


 聖女の身を心配しての言葉だが、周りの大人たちはそんな青年を笑った。



 「はははは! 心配要らねぇさ!」


 「なんたってあの聖女様だからね」



 「お前さん、聖女さんを心配するなんてお上りさんか?」


 「え、あ、おう。昨日、この街に来たばかりだが......」



 青年がそう告げると、街の人たちは諭すように言う。



 「安心しな。聖女様はから、盗賊や魔獣なんかに出くわしても問題ねぇ」


 「むしろ相手の方を心配するね」


 「ま、マジか......」



 その言葉に驚く青年。

 噂では聞いていた話だ。

 聖女クズミはこの大陸では有数の実力者で、単騎で魔獣の軍勢を撃退するほど強いという噂は有名だ。


 しかし、たとえそうであったとしても、聖女を一人にしていいのだろうか。いや、子供も居るから、正確には一人ではないが。

 そんな青年の拭い切れない疑問に、周りの大人たちは言葉を続ける。



 「それにな、聖女様は自分に護衛は必要ないといって聞かないんだ」


 「え?」


 「なんでも、自分よりもこの国の平和を守ることを優先しなさい、だとよ」


 「ほんと、愛国心溢れる子だわぁ」


 「へへ、立派だぜ」



 そう、大人たちは口々に聖女を褒め称えるのであった。




*****




 「ああー、ようやく一服できる〜」



 子供たちを川で遊ばせている近くの茂みにて、とある女が煙草を吹かしていた。


 “ニコチン”と呼ばれる成分が多分に含まれた草を乾かし、紙で包んだ棒状のそれは、その先端に火を着けることで効果を発揮する代物である。

 この煙草を通して息を吸うと、多幸感という名の魔法的効果が働いて、大人の擦り減った心を癒やしてくれる。


 そんな煙草を咥えているのは――聖女クズミである。



 「ガキどもが探しに来るまで、もう二、三本は行けるかな」



 一般的に煙草を吸う大人は良い印象が無い。


 だって煙草って、自分や周りの人の健康に悪いから。


 多幸感で傷ついた心は癒せても、その他百害ある成分で肺が真っ黒に染まるから。


 でも大丈夫。


 聖女は肺が真っ黒になっても、自前の回復魔法で綺麗なピンク色に戻すから。


 クズミは周りに誰も居ないことを確認した上で、独り言を呟く。



 「ったくよぉ。んで、オレが教会で歌唄わなきゃいけねーんだよ。中身はいい歳したおっさんだぞ。おっさんに三十分近く唄わせんなよ、死ぬって。いろんな意味で」



 などと愚痴る聖女。


 実はクズミ、生前の記憶を持つ転生者だ。


 この世界とは別の世界の者で、名を九澄くずみ てるという。三十代の男性だった。

 前世では、普通に生きていたのだが、とある出来事をきっかけに命を落としてしまった不幸な男である。


 それがどういうわけか、今世では聖女として生きている模様。



 「聖女様、どこー」


 「げ、もう探しに来たか」



 聖女は煙草の吸い殻をポイ捨てし、子供たちの下へ向かう。


 そう、これは、前世では三十代男性の人生を送っていたクズミが魅せる転生物語である。



 「聖女様、なんか煙くさーい」


 「うんこしてたの〜?」


 「あ、あはは。聖女はうんこなんかしませーん」


 「ほんと?!」


 「ほんとほんと」


 「すっげー!!」



 続く。

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