前編 白い蓮華の目覚め

極楽浄土の朝は、常に芳しい白蓮の香に満ちていた。


私が目を覚ましたのは、七宝で縁取られた、八功徳水が湛えられた池の真ん中。私はそこを故郷と呼ぶべきか、あるいは新しい生を得た場所と呼ぶべきか。ただ、水面から顔を上げたとき、世界は私を迎え入れるかのように、黄金の光に包まれていた。


「ああ、極楽…」


前世の記憶は朧だ。ただ、重く暗い場所で、いつも何かを求めて焦燥していた、という感覚だけが残っていた。しかし、ここは違う。その一瞬で、過去のすべてが許され、浄化されたように感じた。


大地は文字通り黄金でできていた。足を踏み出すたびに、柔らかく、それでいて揺るぎのない温かさが伝わってくる。空は常に清く澄み渡り、寒くも暑くもない、最高の心地よさだった。どこからともなく、優美な天上の音楽が響き、耳に心地よい。


私は急いで池から上がり、周りを見渡した。建物の壁、回廊、橋、すべてが瑠璃(ラピスラズリ)や水晶、珊瑚といった七宝で飾られている。この世では考えられない、極彩色の美しさだった。


私は歓喜した。これこそ、私が前世で求め続けた、すべてが満たされた世界だ。




最初の数ヶ月、私は文字通りの「極楽」を体現する生活を送った。


池のほとりを流れる小川に手を差し入れると、そこには金剛石(ダイヤモンド)や翡翠が、まるで砂利のように転がっていた。


「こんなものが…」


前世で、小さな宝石を一つ得るためにどれほど努力し、どれほど心を砕いたか。ここでは、それらが無尽蔵にそこにあった。


私はすぐに夢中になった。一番美しく光る金剛石を選び、糸を通して首飾りを作る。翡翠を拾い集め、それを丹念に磨き上げて、小さな家のような楼閣の壁に貼り付ける。家はすぐに、光を反射してきらめく宝石の宮殿となった。


私が作業している間、頭上では迦陵頻伽(かりょうびんが)や孔雀のような美しい鳥たちが、美しい合唱のような声で囀っていた。その歌は、仏法の真理を説くものだと教えられたが、当時の私にはただただ最高のBGMだった。作業を終えると、私はゆったりと用意される完璧な食事に耽る。食欲を満たす以上の喜びを運ぶ、その最高の味に舌鼓を打った。


私は満足しきっていた。この世界に来てよかった。すべてが満たされるとは、このことなのだ。



物質的な充足に慣れると、私の関心はすぐに人へと移った。


この世界の衆生は、誰もが完璧な姿をしていた。老いも病もなく、若く、清らかで、その顔立ちは人間界の最高の美男美女を遥かに超えていた。彼らの肌は清らかに輝き、瞳は深く澄んでいた。


その美しさに、私は恋心を抱いた。


通りを歩く、光を纏ったような美しい姿を見るたびに、私の心は高揚した。私はしきりに彼らに話しかけた。「あなたの髪飾りは素晴らしい」「あの楼閣の意匠は誰が考えたのですか?」私は彼らの唯一の存在になりたかった。


また、私は前世で培った有り余る知恵を使い、彼らの気を引こうとした。


極楽浄土には、娯楽や創作といった概念はほとんどない。皆は静かに座り、説法を聴き、瞑想に耽っていた。私はその中で、あえて個の表現を試みた。


七宝の池のほとりで、美しい男性に向かって即興の詩を歌い上げた。それは前世の愛を詠んだ情感豊かな詩だった。また、天上の音楽に合わせて複雑で技巧的な新しい楽曲をつむいで披露した。


しかし、彼らは誰も私に特別な視線を向けることはなかった。


彼らは静かに私の言葉を聞き、静かに私の音楽に耳を傾けたが、それはまるで風の音を聞くようにただそこにあるものとして受け入れているだけだった。誰一人として「素晴らしい!」と興奮する者も「あなたに恋をした」と告げる者もいなかった。


彼らの瞳の奥には、私には理解できない、遥かな静寂があった。




体感で半年が過ぎるころ、私の喜びは急速に空虚へと変わっていった。


ある日、私は自分の家の壁に貼り付けた翡翠の装飾を見つめた。最初は夢中になって磨き上げたそれらは、今やただの緑色の石にしか見えなかった。


「なぜ、これを集めたのだろう?」


私は川へと向かい、再び金剛石を拾い上げた。その強烈な輝きは変わらない。しかし、手のひらの上で太陽に透かすと一つの疑問が湧き上がった。


「この石に、なんの意味がある?」


この世界では金銀や宝石は価値を持たない。希少性がないどこにでもあるもの。

何も買う必要がないため交換価値がない。誰もが最高のものを所有しているから権威性がない。


私が必死に集めた金銀宝石は結局、この黄金の大地を構成する「土や砂利」と同じ価値でしかなかった。それらが煌びやかであればあるほど、「なぜこんなに無意味なものに歓喜していたのか」という虚しさが胸に広がっていった。


私は首から下げていた金剛石の首飾りを外し、ためらうことなく池に投げ込んだ。


首飾りがゆっくりと池の底に沈むにつれて、一つの欲が音もなく萎んでいくのを感じた。それは、前世で私を突き動かしていた、「財への欲」の消滅だった。その瞬間、私の飾り立てた宮殿は、ただの「色石を貼り付けた建物」へと変わり果てて見えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る