仮面の下を覗きたい人たち……。そこに焦点を当てた時点で、作者の洞察の深さを感じました。取り上げるエピソードも印象的で、私たちのすぐ横で本当にそんな話をしているかのよう。紺野とのやりとりで、主人公は顔を覗く側となりますが、私たち読者も物語の人物の仮面が剥がれることを期待しているのであり、それが人間の本質的欲求なのだと気付かされました。
作者は、人間の「見たくないけれど存在する真実」を、非常に完成度の高い筆致で描いています。社会や人間関係の裏側にある、他者の「醜い悦び」や「正義という名の加害欲」といったネガティブな真実をこわいくらい鋭く観察し、それを単なる嘆きや批判で終わらせず、「文学作品」に昇華させました。うまいです!
幼いころ、大きな石を持ち上げて、その下を覗いた経験のある人は少なくないことでしょう。湿った土が剥き出しとなり、外気にさらされたみみず、なめくじ、巣をつくっている蟻たちが慌てうごめく。人間の顔を持ち上げて、その下を覗いてみれば、それは、大人げない幼稚な所業なのでしょうか。それとも、歳を重ねても消えることはない、他者に不安をいだくヒトの本能的な行為でしょうか?