最強の大魔法士、TSしてのんびり魔法書店の看板娘になります

冬葉月(ふゆはるな)

開店編

第1話 トラック→転生→寝落ち→TS

 かつての私は日本という国において、しがないサラリーマンとして生きる一人の男、ただの一般人だった。


 このままなんの意外性もない生活を送り、雑草みたいな人生を送って終わるのだろうと思いきや。自分でもビックリするくらいベタな展開に遭遇、子どもを助けるためにトラックに轢かれ、気づけば異世界に転生し、夢と希望の剣と魔法の世界で生きることとなった。


 死んだことに、全く後悔はない。親はとうにあの世へ見送ったし、友人は数少なく、仕事も俺がいなくなったとて社会と同じく回るだろう。


 それよりはるかに、ようやっと訪れたチャンスに、わくわくが止まらなかった。金井田かないだひかりという名前から、新たにルミエールと異世界風な名前に変え、無我夢中で魔法を学んだ。


 学校の勉強など最低限でも限界だったのに、魔法に関しては熱意と才能ともに持ち合わせていたようで、気づけば異世界でも指折りの存在として、大魔法士と呼ばれるようになっていた。


 あるときは魔法学校へ入学し勉強、あるときは国家間の戦争に巻き込まれ貧乏くじ、またあるときは魔法学校で教員となったり、新たな魔法を開発する研究者的ポジションになったり、またあるときは貴族同士の抗争に巻き込まれたり──と、かつての日本ではできなかったであろう全てを体験することができた。


 異世界での生活はあっという間で……気づけばもう呼び名だけでなく、風貌まで大魔法士にふさわしくなってしまった。ようは、老いたのだ。


 魔法の力あれど未だ不老不死にはたどり着いていない。そもそも自分がそうなろうとは全く思わない。限られた時間だからこそ、密度の高い生活ができたと思っている。一応不老不死の魔法研究自体はしているが、自分がそうなりたい願望が一ミリもないためか、未だ開発には成功していない。


 しかし……可能なら、今度は逆に、この異世界でゆったりと魔法に携わる仕事がしたいと思うようになった。念願の異世界に張り切りすぎて、生き急ぎ過ぎてしまった。老人になったときにはすでに地位も名声もありすぎて、その割に体力はなさすぎて、スローライフとはほど遠い生活になってしまった。


 都市圏の争いに巻き込まれぬよう田舎に住居を移し、ひっそりと魔法書を集めて本棚を作ったり、自らの魔法書を書いて保管したりして、寿命を迎えるのを待っていた。


 異世界は楽しかったが……どうせ異世界なら、もっとはっちゃけても良かったかもな。

 例えば、美少女にTSしてそこらのお店の看板娘になって、適当にちやほやされながら暮らすとか……お堅い身分をもらっても、責任が増えるばかりで大して嬉しくないことは、もう気づいたし。


 魔法に関する仕事で、お店の看板娘ってなると、ギルドの受付……は、残業とかすごそうで嫌だな。魔法協会の事務とかも、地味で日本で働いてるのと変わらない。魔法書を売るのはどうだろう? これまでの知識とスキルを活かせるし、お客さんにもちやほやしてもらえるかもしれない。目利きだって、人の数倍上手にできるだろう。


 ……って、何を考えているんだ。だめだ、歳を取ると思考が鈍るな。今だって自室で魔法書を書いている途中だというのに、余計なことを考えて寝落ちしそうだ。


 まあ、今さら頑張る必要もない。ここまでやってきたのだから。

 と、重い体を眠気に任せて、椅子に座ったまま、書きかけの魔法書に突っ伏して、気づけば意識を手放していた。


 ◇


 バタン! と、ベッドから落ちたのような嫌な感覚がして、はっと目が覚めた。

 どうやら、椅子に座ったまま寝落ちした上、体勢が悪かったせいで椅子から崩れ落ち、床にたたきつけられたらしい。


 枯れ葉のような老体にこんな衝撃を与えれば、骨の一本や二本どころではなく、心臓が止まって死んでしまうというのに。


 というか、やたらと体が軽い。とても寝落ち後とは思えない。


 床に寝っ転がったまま自分の手のひらを見たら、半透明になったりはせずに、ちゃんと女の子のような若々しい手のひらが目の前に……そんなわけはないだろう。


 もはやここは死後の世界か? とうとう寿命を迎えて死んだために、自らが若返って見えているとか……一体何が起こっている?

 もしや、書きかけの魔法書が暴発したか? いや、その可能性が高い。記憶の最後では、魔法書を書いていたはずだ。今までも何度かあったが……一体何の魔法書が暴発した?


 考えながら、とりあえず起き上がらないことには始まらないと、体を起こした。


「体が細いな……目線も低い……本当になんの魔法書だ……?」


 状況確認のため独り言を呟きながら立ち上がる。聞き慣れない声。本当に何をやらかしたんだ? ちらっと、壁際に置いていた全身鏡が視界の端に映る。なぜだか、ほんの一瞬だというのに、絶大な違和感を抱いた。


 明らかに、見覚えのない人物が写っている。


 ぶかぶかのローブに身を包む、髪の長い、背も胸も小さい美少女の姿が。はて、あの全身鏡は魔道具などではなく、ただの鏡だったはずが……癖で頭をかくと、鏡の中の美少女も、一緒に頭をかいていた。さすが美少女、こんなおっさんくさい所作でも様になってるなぁ……。


「──私だと!?」


 驚く声も、老齢な男のしわがれ声ではなく、ハキハキとした、明るい女の子の声だ。自分の喉から出ているがゆえにアレだが、つい日本にいた頃の声優を思い出してしまった。もうずいぶん前だというのに、あまりの衝撃的な出来事に、記憶の奥底から引っ張り出された。


 慌てて机の上に魔法書開かれている、書きかけの魔法書をのぞき込む。書き込まれた魔法は、最初は若返りに関する魔法から始まり、なぜか途中から美少女になるための魔法へと変わっていた。


 つまりこの魔法書は、若返りとTSの効果を持って暴発したことになる。


 なるほど、若返り単体だと不可能でも、TSして若返ることはできるのか、これは新たな見識……いや、できんの? どんな抜け道だよ。そもそも体をここまで大幅に書き換える魔法なんて、魔力消費が──と、ここまで考えて気づいた。


 体の魔力がすっからっかん。以前なら魔法の発動後すぐ魔力回復が始まるはずなのに、その兆しもない。呼吸をしているにもかかわらず、酸素を吸えていないかのような、変な感覚だ。


 まさか──全ての魔力と引き換えに、発動しているだと!? 暴発のせいで、魔力制御ができていないのか!


 これじゃ、元に戻ることもできない……ま、いっか。どうせ美少女になってお店でもやろーって思ってたところだし。よし、あきらめて魔法書店でも作ろうっと。ルミエール……の名前でやるといろいろ面倒だな。見た目の説明から始まるし、その他諸々。


 せっかくだから心機一転、名前も変えて異世界に初めて来た時を思い出して、一から始めよう。ここに初めて来たときも、切り替えの速さが一番大事だと学んだからな。ルミエールだから……女の子補正でちょっとかわいくして、ルーチェにしよっと。


 身分は何もないと不便だから、適当に作るか。ルミエールの娘……だと距離感が近すぎて良くないな。王都に呼び出されてなんやかんやされそうだ。弟子というのも悪くはないが、また戦えと言われても困るし、魔力のない人間を弟子にするのも違和感がある。


 ならばルミエールがたまたま身分不詳の女の子を拾ったので、世話をする代わりに自身の魔法書の管理を任せている体にしよう。そして、書店を開くに当たってルミエールが形だけの店主となり、自身は田舎に隠居中、ルーチェを看板娘として働かせている……と。


 よし、思いがけないアクシデントからだが、二度目の人生の開始だ! 今度は面倒ごとなど全スルーで、好きな魔法の仕事だけしてゆったりと生活してやるんだからな!


 かくして日本から異世界にやってきた大魔法士ルミエールは、自身の全魔力と引き換えに、一人の美少女へTSしたのだった。

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