わたしの中に救いはある

佐野宇野

第1話

女の子って、普通の人が思うよりずっと残酷だ。

あくまで“私にとって”だけど。

「……で、由貴は?こん中だと誰の顔が好き?」

春の生温い風の中でいつものメンバーに囲まれて、目の前の悪戯っぽくて俗っぽい笑顔から、差し出されたスマホの画面に視線を移す。

5人組の男性アイドルグループが、同じような顔をして商業的な笑みをこちらに向けていた。

「うーん……この人かな、なんかかわいいし」

誰も好きじゃないな、と思ったけど、今までの嘘に一貫性をもたせる為に適当に指をさした。

自分の首元にポニーテールが当たって、私も髪が伸びたなぁなんて考えてしまうくらいには興味が無かった。

「うわ!好きそー!」

「やっぱ可愛い系が好きだよね、あんたは」

「ちょっと、ウチの圭太くんなんですけど!」

一斉に盛り上がる友人たちに合わせて、なんとなくそれっぽい返答を考える。

「目くりっとしてる感じが良いんだよね」

この子達や、親や、親戚──全てに対して私は嘘をついている。

目が大きくて、髪型はマッシュで、平たく言えば女の子っぽい男の人が好き。

今のところ疑われたことはない。

やっぱり嘘には少し真実を混ぜた方がいい。

不誠実なことは嫌いだけど、こういう嘘は吐かないと自分も周りも不幸になることを身をもって知っていた。

「ほんと由貴って、好み分かりやすいなぁ」

柔らかい声に誘われて視線を上げると、好奇心に満ちたまあるい瞳と目が合う。

可愛い顔。

「え〜、そうかな?」

この子は、何にも分かっていない。

私絶対そうだと思ったもん!と自慢気に口角を上げている、あなたのことが好きなのに。


萌花(もか)と仲良くなったきっかけは、名字が近いから。

私が田賀で、萌花が高山。

初めての会話はもう思い出せないけど、何度目かの会話は覚えている。

「高山っていう名字は良いけどさ、あんま萌花ってあわなくない?」

そう言いながら少し太陽と塩素に焼けて色が抜けたショートヘアを触っていた。

「そんなこと言ったらわたしだって、由貴って……ウチ貧乏なのに貴ってなによ」

実のところ自分の名前は気に入っていたけど、それよりも誰も知り合いのいない状態でスタートする高校生活が心細くて、とにかく早く仲良くなりたかったから不満気な顔を作ってみせた。

「それは田賀さんにほら……貴族になって欲しいんだって」

「あははっ、なにそれ」

確かその後自然な流れで、下の名前で呼び合おうってことになったんだっけ。

萌花という名前は可愛いけど、確かに彼女のイメージとは少し違っていた。

山に咲くような小さな花というより、よく耕された柔らかい土に好きなように根を張ったヒマワリみたいな、大きくて手入れされた花のほうがよく似合う。


その印象は3年生になった今でも、変わらない。

「てかさ、あの新しいプリ……駅前んとこに入ったらしいよ」

友人のうちの一人、沙耶(さや)がさっきまでアイドルを映していたスマホを操作して、皆でよく行くゲームセンターのホームページをこちらへ向ける。

「パスかなぁ、ウチ勉強しなきゃ」

そう言いながら時計を見て鞄を持ち上げたのは、怜奈(れいな)。

最新機種のプリクラ機の情報を無視して時間を見ると、放課後になってから既に30分程経っていた。

「え〜⁉ やだやだ行こうよ〜! プリなんて一瞬じゃん!」

「いっつもプリだけじゃ終わんないだろ!」

私たちは受験生だ。

本当は放課後に無駄話をする時間も、プリクラを撮りに行く時間も、全てをあげて勉強をするべきなのだろう。

でも結局いつも怜奈が折れるし、こういうとき萌花は大体沙耶の側につく。

「私もそれ撮りたかったんだよね!4人で行こうよ!」

そして私は、どんなときも萌花の提案に乗る。

「プリ撮るだけならいいよ、でも怜奈が行かないなら私も帰って勉強する」

最後の頼みのように向けられた視線に少し笑って返すと、形のいい眉がぐっと顰められた。

今は適当に後ろで一つに纏められた髪が、さっきのアイドルたちのライブに行くときには理解不能なまでに複雑で綺麗に編まれているのを見せてもらったことがある。

気を使っていないようで、やるときはやる。そんな沙耶は見ていて気持ちが良かった。

「由貴まで……分かったよ、行くけどウチはすぐ帰るから」

「やったー!なんだかんだ優しいよね、沙耶って」

「なんだかんだってなんだよ、優しいだろウチは」

方向性が決定したので、荷物を鞄に詰めて立ち上がる。

この学校の最寄り駅は一つだけだ。

他の路線なんて徒歩圏内には走っていないし、どこに行くにも一度主要駅を経由する必要がある。

だから何も言わずとも皆同じ道を通って同じ電車に乗り、20分くらいつり革を握ってやっと帰路が別れ始める。

少なくともこの4人はそうだったから、当たり前のように同じ方向へ歩き出した。

「そういえば撮りたいポーズあるんだよね」

萌花が隣でスマホを取り出して、インスタのブックマークを開く。

本当は、プリクラなんて撮りたくない。

加工の掛かった顔を見てもそんなに面白くないし、そもそも受験生である以前に一応、ゲームセンターへの寄り道は校則違反だ。

絶対に規律を守る模範生徒というわけではないし、取り締まりの緩い学校なのでそこまで心配することではないけど、どうにも居心地が悪い。

胃のあたりが縮むように痛んだ気がして、無意識に手を当てる。

「……あれ、お腹痛い?」

突然萌花の顔が視界に入った。

顔を覗き込まれていたらしく、さっきまでの思考は飛んで「変な顔してなかったかな」しか考えられなくなる。

前を歩く二人に余計な心配を掛けないためか、囁くような声で更に続ける。

「無理しないでね、私が行きたいって言ったから合わせてくれたんでしょ」

ひやり、と頭の中心が冷たくなった。

気持ち悪いって思われたかも。

ベタベタくっついて、彼女の言うことにだけイエスマンで……好きって、バレたのかも。

「え、なん……なんで?別にそういうわけじゃないけど。お腹も平気、制服がちょっと気になっただけ」

“なんともない顔”をしてさらりと言ってみせるつもりが、少し言葉が詰まって焦る。

「そ〜お?だって由貴は勉強したいかなと思って……」

私の体調に問題がないと分かると、萌花の声のトーンが上がった。

大丈夫。こんなことでバレるわけがない。

隣のクラスにも“ちょっと気になる男の子”が居ることにしているし、友人同士のハグにもいかにも普通に応じている。

「プリ撮るのなんて10分位でしょ、まだ4月だしそれくらい平気だよ……あんたと違って頭良いから」

自分の今までの行動におかしなことがない、と自分を宥めればこの場に馴染む軽口を叩ける位には頭はきちんと回る。

「あ!ねえ聞いた今の!! 由貴がひどい!」

ちかちかしていた脳みそが少しずつ落ち着く。

良かった。私は普通に見えているはずだ。

笑顔を作って、少し前でじゃれている輪の中に飛び込んだ。

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わたしの中に救いはある 佐野宇野 @ascolbic

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