権力誇示が楽しすぎました!

やまもどき

第1話

──眩しい。


 目を開けた瞬間、俺の視界を埋めたのは、金と白と宝石の洪水だった。

 天井からは巨大なシャンデリアがぶら下がり、窓際には金糸で縫われたカーテン。

 壁の装飾は一面に彫刻、床は赤い絨毯。まるで金持ちの夢の中。


「おお……! 陛下! お目覚めになられましたか!」


 聞き慣れない男の声に視線を向けると、銀髪を後ろで束ねた老執事が、目に涙を浮かべていた。

 

 その背後には、甲冑を着た兵士たちが十人ほど整列している。誰もが緊張して息を飲んでいる。


 え、なにこれ。撮影?ドッキリ?


「……えっと、ここどこ?」


「ここはアルトリア王国、王宮でございます。陛下」


「……陛下って、俺?」


「はい。オルステッド三世、我らが偉大なる王であらせられるお方でございます!」


 ……はい?


 混乱する俺をよそに、執事はひざまずき、兵士たちは一斉に敬礼した。

 どうやら、俺は王様らしい。しかも、国のトップ。


 なんか、転生したら王様になってた──ってやつだ。


 しかも執事いわく、記憶喪失になっているらしい。

 つまり、俺は都合よくリセットされた暴君ということらしい。

 なんともご都合設定。


「……俺、そんなにヤバい王だったの?」


「はっ、陛下は……お優しいお方でございます。ただ、やや……強引なところが……」


「強引?」


 どうやら俺は、今までやりたい放題をして、独裁国家を築き上げていたらしい。


 ……それ、ただの恐怖政治じゃねぇか。


「つまり俺は、超嫌われ者の王様だったってこと?」


「そ、そんなことはございません! 皆、陛下を恐れ敬っております!」


 ──それ、いちばん嫌なタイプだな。


 とはいえ。

 権力者として生まれ変わるって、ゲームのチュートリアル感がある。

 よくある「底辺からチート無双!」じゃなく、最初からチート状態。

 この状況、正直……興味がある。


「おい、そこの兵士」


 近くにいた若い兵士に声をかけてみた。

 彼は一瞬で青ざめ、背筋をピンと伸ばす。


「は、ははっ! 陛下! ご、ご命令を!」


「この廊下、長くない? なんか歩くの疲れる」


「え……?」


「半分でいいや。今日中に短くして」


「きょ、今日中!? そ、それは……! む、無理でございます!」


 当然だ。廊下を短くするって、どう考えても建築的におかしい。

 けど俺は思いつきで言ってみただけだ。どうせ「無理です」で終わると思ってた。


「……なら明日まででいいぞ。褒美は黄金五百枚だ」


「や、やりますぅぅぅぅ!!」


 え。やるの?


 兵士は涙を流しながら駆け出していった。



 ……マジで?




 翌朝。

 本当に廊下が半分になっていた。


 壁の途中が塞がれ、新しい扉が取り付けられ、残りの空間は別の間取りに転用されている。

 しかも、その余った石材で「陛下の英断を讃える記念碑」まで建っていた。

 俺、そんなこと頼んでない。


「……まじかよ。これが……権力か」


 言葉ひとつで現実が変わる。

 まるで魔法。いや、魔法よりすげぇ。


 その瞬間、俺の中で何かが弾けた。

 脳内でスイッチが入ったように、胸がゾクゾクしてくる。

 命令すれば世界が動くという実感。


 ──これ、めっちゃ気持ちいい。


 その日を境に、俺は完全に味をしめた。


「このカレー、辛くないな」

 

 翌日、王都全体がスパイス香る街に変貌。市場はカレー強化週間開催。


「椅子が硬い」

 

 三日後、城中の椅子がすべて金箔クッション仕様に。


「今日、空が曇っててやる気出ねぇ」

 

  翌日には晴天祈願部隊が設立。神官たちが毎朝雲を吹き飛ばす儀式を始めた。


 俺の思いつきが、国の制度になる。

 最初は怖かった。でも……慣れてきたら、楽しくて仕方がない。


 日が経つにつれ、俺の気分は絶好調だった。

 国の者は俺の顔を見るだけで震える。


 「陛下が咳をされた! 神の啓示だ!」とか言い出すやつまで出てきた。


 そんなある日、宰相が震えながら進言してきた。


「陛下……その、少々申し上げにくいのですが……民が……」


「民が?」


「はい。あまりに陛下を恐れすぎております。陛下が笑えば天変地異などという噂が……」


「俺そんな怖い顔してる?」


「いいえ!ですが、以前の陛下の政策の影響かと……」


「なるほどな」


 俺は窓の外を眺めた。広がる王都。

 確かに、笑い声が少ない。

 道を歩く人々は、皆おそるおそる顔を伏せている。


 ……退屈だな。

 権力を持ってるのに、楽しくない世界なんて。


 俺は考えた。

 恐怖政治より笑わせ政治の方が、絶対おもしろい。


「民よ! 本日より、笑顔税を導入する!」


 城下広場に響く俺の声。

 集まった群衆が一斉にざわついた。


「笑ったら税金を取る! 笑うことは贅沢だ!」


 誰も笑えなくなった。

 空気が凍る。通りすがりの子どもですら真顔。

 これほどまでに静かな国があるだろうか。


 三日後。

 国中がまるでホラー映画。

 市場でも、劇場でも、全員が無表情。

 道端の犬すら笑わない。いや、犬はもとから笑わんけど。


 あまりの静けさに、俺自身が耐えられなくなった。


「……やっぱ、廃止! 笑顔税撤廃! 笑ったら金やる!」


 一瞬の沈黙ののち、爆発したような歓声が上がった。


「うおおおおおお!!!」

「陛下バンザイ!!!」


 国民が泣き笑いしながら転げ回る。

 市場ではハグし合う者、歌い出す者、踊り出す者。

 笑顔の国、アルトリア──である。


 俺は気づいた。

 権力って、恐怖で使うより、遊びで使う方が何倍も楽しい。

 誰も傷つかず、世界が笑う。

 それこそ、最上の誇示だ。


 その日から、俺の政策は完全にエンタメ化した。


「税金?じゃんけんで決めよう」


「今日の天気はくじ引き」


「陛下が昼寝したら国民も昼寝義務」


 国民は最初こそ戸惑ったが、すぐ慣れた。

 そして、笑った。毎日笑った。

 そして、なんと国の幸福度は史上最高の100%。

 経済?細かいことは大臣がやってる。俺は楽しさを統治してる。


 ある夜。

 いつものように星を見ながらワインを飲んでいると、執事がそっと言った。


「陛下……失礼ながらお尋ねしてもよろしいでしょうか」


「なんだ」


「なぜ、このような王政を……?」


「簡単だよ。だって楽しいじゃん」


「……楽しい……ですか」


「ふむ」


 俺はグラスを傾けた。

 確かに、昔の俺は恐怖で支配していたらしい。

 でも今は違う。

 俺は、笑いを支配している。

 世界中を笑わせるって、これ以上のことがあるか?


「──というわけで!本日より、この国をフェスティバル王国に改名する!」


 広場で高らかに宣言すると、

 国民たちは泣きながら歓声を上げた。

 空には無数の花火。

 夜空を彩る光の中、音楽が鳴り響く。


 俺は王座に座りながら、笑った。

 この景色を見たら、誰だって笑うだろう。


 権力って、怖がるより楽しむものだ。

 誇示って、誰かを押さえつけることじゃない。

 自分の楽しさを全力で見せることだ。


 俺は笑う。民も笑う。世界も笑う。


 ──だって。


 権力誇示するのが、楽しすぎましたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

権力誇示が楽しすぎました! やまもどき @yamamodoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ