幕間

 一定のリズムで流れる電子音が頭の中をこだまする。そしてそれに同調するように心臓の鼓動が体の中から響いているのがわかる。


 瞼を開けるとストロボのような光が瞳を焼く。そして脳が「ここはどこだ」と言わんばかりに周囲のありとあらゆる情報を、五感を通して集めようとする。

 そのせいか脳がパンクを起こしたように頭痛とめまいが起こる。


 見知らぬ天井、口につけられたマスク、腕から伸びたカテーテルの管。


「病院か」


 頭痛が収まると私は呼吸を一つ置く。そして頭上に備え付けられたナースコールを押す。


「おはよう、カノン」


 白衣を羽織った男がドアの向こうから顔を出す。白衣の下にはロックバンドのライブTシャツをのぞかせていた。筋骨隆々という言葉にふさわしい体つきはレスラーのよう。


「おはよう、ヴィオレール。ここは?」

「ブルーノート直轄の病院だ。

まったく、おまえのせいでここまで出張して来たんだぞ」


 ヴィオレール・パストラーレ。同じ師匠シルヴァ コンツェルンの元で学んだ相弟子であり、私の主治医だ。ブルーノートの医療局で医者として働きつつ、エクソシストを兼任する戦う医者だ。


 医療局はエクソシストの治療や定期検診を担う。エクソシストの身体は謎が多く、トップシークレット。そのため外部の医療機関に頼ることはできない。

 治療も検査も、すべてはブルーノート内部で完結させる必要がある。


「何日経った?」

「2日。目立った外傷はないが能力の使い過ぎだ。とりあえず一週間は安静にしてもらうぞ。組織は一刻も早くお前を出すよう言ってるが、これは主治医である俺からの命令だ。

 それにしても、おまえがここまでやられるなんて珍しいじゃないか。腕でも鈍ったか?」

「五月蠅い、プレトニェフからの情報が間違っていたのよ」

「なるほど、まあそんなことだと思ったよ。お前嫌われてるし」

「カインは?」

「別室で寝てるよ。全くお前が搬送されてからずっとそばにいるって言って聞かなかったんだからな。

おまえ、カイン君に弱ったところ見せたことないのか?」

「あるとでも?」

「はあ、見栄っ張りというべきか不器用というべきか……(ある意味飼い主に似るってやつか)

 まあ、あんま心配かけんなよ」


 ヴィオレールは椅子を引き出し、重力に身を任せてドサッと座る。そして小脇に抱えた封筒を私の掛布団の上に投げる。


「今朝マレットおじさんからお前宛に速達で送られてきた」


 私は封を開け中に入っていた資料に目を通す。そこには子どもたちの顔写真が貼られた資料が入っており、出身地と失踪時期が記されていた。

 一部地域ではない。イギリス全土で起きている失踪事件。その中には私たちが悪魔と戦っていた時の失踪者も含まれていた。


「ヴィオレール、悪魔が組織的に動いてるって言ったら信じる?」

「前例がない。だが、アイツらにそんなものが通じるはずがねえな。

 リヴァプールの一件と今回、そしてその資料が関係あるとでも?」

「わからないわ。けれど悪魔がこう言ったの『話に聞くエクソシスト』と。

 召喚されて数日と経たない悪魔が私たちの存在を知っていた」

「召喚したやつらが知っていたとか?」

「その線もあるけれど確かめようがない。けれど二つの事件の共通点はウテルスの存在を教えたやつがいるってことよ」

「糸を引く奴は必ずいるのは間違いないな。だが子どもなんか攫って何をするつもりだ。まさか発散か」

「気色悪いことはやめてちょうだい」


 捕虜、交渉材料、それともただの享楽。やつらの考えなどわかるはずがない。

 しかし一つ明確なことは行動には必ず「意図」がある。それが組織的行動であるならなおさらだ。


「……無茶はすんなよ、カノン」

「誰かが筋書きを描いているなら、そのペンを折るまでよ」

「お前は変わらねえ。いや……」


 頭を掻きながらヴィオレールは笑みを浮かべる。

 しかしそれは諦めとも憐れみともとれる笑みであった。

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