探し物とガトーショコラ⑥
階段を下りる足音は次第に遠のいていき聞こえなくなる。
一瞬の静寂が過ぎると馬場くんがぽつりとつぶやく。
「やっと行ったか」
先程の優しい好青年感は消え目付きがガラリと変わっていた。
「えっ、今なんて言った?」
僕の聞き間違いかと思い聞きかえす。
「やっと行ったかって行ったんだよ。この感じ言ノ葉には見せれないだろ」
「......」
正直頭が追いついていない、何がどうなってこんな状況になったのか。
「見せれないって....これまでの馬場くんは嘘だったってこと?」
「嘘も何もこっちがホントの俺だからな、言ったろ言ノ葉には見せれないって。好青年で通してるんだよ表向きは」
これまで接していた馬場くんは馬場くんではなかった。それは言ノ葉さんの前での馬場くんであり本当の彼ではなかったのだ。
「それにお前には一回見られてるから顔の使い分け通じないだろ」
あの時確かに違和感はあった。だがそれは急いでいたが故の余裕のなさだと僕は思っていたので、本心の馬場くんがこんな感じだとは思いもしなかった。
「でさお前言ノ葉とどういう関係なんだ?」
「いやそんなことより僕は素の馬場くんの方に驚いているんだけど」
「いいから答えろよ」
馬場くんは腕組みをし同じことを言わすなと言わんばかりの態度をとっている。
「言ノ葉さんとの関係は友達なんじゃないかな」
そう言ノ葉さんとはこの間交わした約束を果たす関係ではあるものの、ここ数字でかなり仲良くなったとは思うので友達という認識でも間違ってはいないと思う。
「達右、嘘言うのはよくねーよ。あれが友達?なわけねーだろ」
馬場くんの口調がさらに厳しさを増す。
「言ノ葉さんは僕をからかって楽しんでるだけだと思うんだけど」
「お前わかってると思うけど俺言ノ葉狙ってんだよ、何が言いたいかわかるだろ?邪魔んだよお前」
馬場くんが言ノ葉さんに対して好意を寄せているのはここ数時間で何となく感じていた。
なぜなら自分の時間を削ってまで人の教科書を探すことなど、その人を思っていないとまずできない。
それに加え馬場くんはやたらと言ノ葉さんを視線で追っていた。これだけで決めるのは早慶かもしれないが何かしらの好意があることは明白だろう。
「まあいいや、どっちにしろお前は言ノ葉から離れろ。それが出来なきゃわかるよな?」
馬場くんの威圧的な態度は生物としての強さをまじまじと見せつけられている感覚を僕に与える。
「言ノ葉さんとは約束があるから離れられない。それに言ノ葉さんがそれに納得するとは思えない」
だが僕は臆することなく反論する。
ここ数日でわかったことだが言ノ葉さんは大事な部分に関しては一切妥協しない。それは彼女の中にしっかりとした心があり、それを曲げない姿勢を貫いているからなのだろう。
だからこそ僕が彼女を納得させられるだけの理由を明確に説明できる自信がない。
「関係ねーよ、お前が離れればいいだけだろ」
「簡単に言わないでよ、馬場くんだって友達とそう簡単に別れられないでしょ。それと同じだよ」
人間関係とは複雑なもので切ろうとしても切れない縁がいつくもある。こちらから解こうとしても相手からその結び目を強くすることもあるし、意図しない時に解いてくる時もある。
言ノ葉さんとの関係はそういうもので僕からどうこうしても無駄で終わってしまうのが関の山だろう。
「じゃあ僕も言わせてもらうけど、言ノ葉さんの教科書隠したのって馬場くんだよね?」
彼にも事情があると思い言わないでおいたのだが、真実を追求したいという気持ちと身を守らなければ行けない気持ちが僕の口を動かした。
「は?何言ってんだよ」
馬場くんに目線を向けたがとうの馬場くんは正面を向いてはいるが僕と目線を合わせようとしない。
「馬場くん僕と初めて会った時数学の教科書落としたよね、なんであの時数学の教科書持ってたのかな?」
「あれはたまたま間違って持ってきただけ、よくあるだろノートだと思って持ってきら違う教科書だったってやつ」
馬場くんの言う通り間違いの可能性はあるかもしれない。だが朝の授業が無い時に教科書を持ってくること自体不自然の塊であるのにそこに移動教室の教科書出ないもの持ってくるのは怪しさしかない。
「授業がらない朝に教科書を持ってくること自体おかしくない?それに旧校舎では数学の教科書ぜったい使わないよね、だから持ってくる理由は何かやましい事をするためだったんじゃないのかな?」
「それが言ノ葉の教科書を隠すことってか。妄想も甚だしいな」
「そうかな?」
「そもそも言ノ葉の教科書隠す意味ねーだろ」
確かに馬場くんが言ノ葉さんの教科書を隠す意味はない。だが気を引きたいという理由が加われば話が変わってくるのではないだろうか。
「僕が考えるに馬場くんは教科書を隠すことによって言ノ葉さんの気を引こうとしたんじゃない、違う?」
「.....」
「だって授業中は常に一緒にいれるもんね、教科書貸すって建前の元で」
「んな小学生じゃねーんだから」
「今回言ノ葉さんは僕に教科書探しをお願いした。馬場くんはそれを見て焦ったんじゃない。自分の思い描いていた計画と違うって」
単純な考えではではあるが一緒にいる時間が増えること、頼りになる姿を見せれることにより互いの距離感が縮まりあわよくばを狙っていたのだろう。
そして言ノ葉さんが僕に頼んできたことによって馬場くんは焦り、僕たちの中をさくために捜索に参加したのだ。
「だから自分で隠した教科書をあたかも自分が見つけたかのように見つけ自作自演するため僕たちに着いてきたんでしょ」
教科書のない間は距離が近くなり、見つけることによって信頼を得ようとする二段構えの設計とはなかなかに恐れ入る。
そして仮に教科書が見つかっても忘れ物扱いになるため馬場くんが怪しまれることはまずない。
どこに転ぶにしろ馬場くんの計画に失敗はなかっのである、ある一点を覗いて。
「そしてこれは僕の憶測だけど馬場くんにはもうひとつ思い通りにならないことがあったそれは....」
――
「言ノ葉さんが一向に馬場くんに心をひらかなかったこと」
言ノ葉さんは馬場くんのことを好いていなかったのだと思う。その証拠に馬場くんとの会話をする時僕を経由して行っていた。それ以外にも馬場くんに向ける視線や妙に冷めている態度など思い当たる節がいくつもある。
それに何より集合場所を図書室に指定した意味、それは馬場くんを直接避けたかった狙いがあったと思わざるを得ない。
「お前よく見てるんだな。そうだよ言ノ葉は俺の事見ちゃいねー。見ただろあの冷ややかな目線、本人はださないようにしてるんだと思うけどひしひしと俺が嫌いってこと伝わってくるんだよ」
図書室でも美術室に行く途中でも言ノ葉さんはどこか馬場くんと距離を置いていた。だから美術室の鍵も自らとりにいっのではないだろうか。
「それにいくら俺がアプローチしてもその裏で考えていることを見透かしたような態度で接してくる。だから物理的に距離が近くなればワンチャンあるかなって思ってやったんだよ」
先程の余裕な態度とは裏腹に馬場くんの声は震えていた。
「それにお前と話してる時の言ノ葉、妙に楽しそうだし、俺にあんな顔見せたことなんて一度もないのに....なんなんだよ」
「それで教科書隠すなんてさっき馬場くんが言ってた通りまるで小学生みたいだね」
「うるせぇ、お前に俺の気持ちなんてわかるかもんかよ。俺は入学して同じクラスになった時からずっと言ノ葉のことが好きだった。だけどここ数日お前が現れたことによって俺の片思いが片思いですらなくなった。この気持ちわかるか?」
「わからないよ。だって僕人を好きになってことがないから馬場くんの気持ちはわからない」
僕は生まれてこの方、異性を好きになった経験がない。そもそも同棲異性問わず人を好きになるという感情がよくわからない。
世の中の関係とは与え与えられる関係であり、だからこそそこに対して満足しているかいないかが重要なのだと僕は考える。
「僕は馬場くんに同情もしてないし可哀想とも思ってない、僕は馬場くんの中にある真実を知りたくて動いた。ただそれだけ、まあ馬場くんが襲ってきそうってのもあったけど」
言ノ葉さんと議論した時も慧のためというよりかは疑問に負けたくないという気持ちの方が強かったと自覚している。だがそこの中で一点だけ揺るぎないものがあるとするならば、それは真実を追求したいという気持ち、今回もそれだけが僕を動かした。
「お前変わってるな、なんだよ真実って。俺からはお前は人の動機や感情を読み解くことを楽しんでるようにしか思えねーよ。正気じゃねぇ」
「いやだって知りたいって気持ち抑えられないんだよ僕」
「何となく言ノ葉と気が合う理由がわかった気がする」
この馬場くんの一言がなにを指していたのか僕には理解できなかった。
「それと多分だけど言ノ葉さんはそういったさもしい心を見透かしていたから、そういった態度をとっんじゃないかな。だから最初からストレートに行ってればそれこそワンチャンあったんだと僕は思う」
「人も気持ちがわからないやつに気持ちを分析されるのなんか気持ち悪いな」
「自分がこう思うってのが入らないからこそ、分析できるとも言えるんじゃない?」
「物は言いようだな、美術の教科書は教壇の横の先生の机の中にある。数学の教科書は俺のロッカーの中だ」
「往生際がいいね」
「今日で言ノ葉が俺の方を向かないってこと再確認できたし、それにお前と話すのうぜーけどなんかすげースッキリしたからここらが引き際なんだろ」
この感覚は包島さんと話した時の感覚によく似ている。彼女も僕に打ち明けたあと気分が晴れやかになっていた。だからこそ答えの提示だけが救いではないのかもしれない。
「そっか、じゃあ僕もこのことは言ノ葉さんに言わないでおくよ」
「いいのか?」
「探し物は見つかったわけだし、僕も危害を受けてないしね。まあ言ノ葉さんには申し訳ないけど」
僕的には旧校舎で初めて馬場くんに会った時の違和感や馬場くんと直接会ってみて感じた違和感を拭えただけでだいぶ満足している。
強いて心残りをあげるとするのならば言ノ葉さんがどこまで知っているのかわからないことだ。彼女自身、馬場くんの好意には気づいていただろう。だからこそ今回の件も彼女の思惑が働いていると思わざるを得ない。
「達右お前、脅しの材料にしようって考えてんじゃねーだろうな?」
「ないない。そんな鬼畜じゃないよ僕」
「とりあえず明日謝って、その後はなるべく近づかないようにする。まあ席は隣だけど」
「別にそこまでしなくてもいいんじゃない?やったことは咎められるべきだけどそこまで大きいことでもないし」
「いやこれは俺なりのケジメだ。事実人のもの取ってんだから、そこはしっかりしねーと」
「馬場くん変なとこで真面目だね、最初からその真面目さを出してれば....」
「じゃあ俺行くから」
「ああ、うんまたね」
馬場くんが僕に背を向け階段の方へと向かう。
先程見た背中よりも大きく感じたのは気のせいだろうか。
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