探し物とガトーショコラ③
四限目が終わり帰りの会が始まるが卒業式や新年度においての連絡事項が多くいつもよりも長い時間がかかってしまった。
「ごめんお待たせ」
「遅いよ達右くん、何分待たせるの」
「いや帰りの会が長引いちゃってさ、まあ今日は午前授業だし時間はいっぱいあるから」
「まあいいけど、早く行こ!」
彼女はそう言うと案内してと言わんばかりの表情で歩き出した。
まさか昨日の今日で勉強会兼お菓子の提供をするとは誰も思わないだろう。かく言う僕も二時間目の休み時間に今日やると言われた時は驚きを隠せなかった。
「さぁ上がって」
僕の家に着いたのだが、男友達を家にあげる時とは違うこそばゆさがある。別にやましい気持ちなどないが、昨日は勢いで僕の家でと約束をしてしまいよくよく考えてみると女子を家に迎え入れたことがないので変な緊張を感じずにはいられない
「お邪魔しま〜す。私男の子の家上がったの初めてかも」
彼女は不意にそんな言葉を投げかける。
正直、言ノ葉さんの言葉は僕よ内面を読んでいると錯覚するくらい動揺させる。それに加え僕を意図的に意識させようとすら感じる。
「そうなんだ、てっきり言ノ葉さんはそういう経験多いのかと思ってたから以外」
「心外だな達右くんは!私は純粋無垢な乙女だというのに!」
「自分を乙女っていう人初めて見たよ、とりあえず適当にかけてて、飲み物取ってくる」
ダイニングに向かい脇を触るもかなり湿っていた。
「はーなんか妙に疲れる」
ボヤきつつルイボスティーの入った缶を手に取る。
本来ならば来客にはしっかりとしたお茶を出したいところだが急だったため用意出来ず、いつも僕が飲んでいるTバックのルイボスティーを入れることにした。
「はい、外寒かったから温かいルイボスティーにしたけど良かった?」
「うん、私ルイボスティー好きだから嬉しい」
「なら良かった」
彼女は外の移動で冷えてしまったのか両手でマグカップを持っている。
「寒いよね?今暖房つけるよ」
「ああ、うんありがとう」
人によって感じる体感の温度は違う。僕は比較的暑がりなため冬場でも暖房をつけないことがあるが女の子に至っては男子よりも寒さを感じやすくそこらへんの気くばりができていなかったと痛感する。
「それで達右くんはなんの教科教えて欲しいの?」
「えっーっと期末も近いし、苦手な数学教えて欲しい」
お菓子を作ることに気を取られていて勉強を教えて貰うことをすっかり忘れていた。
「わかった〜で今日は何作ってくれるのかな達右シェフは?」
「達右シェフはガトーショコラを作ろうと思っております」
ちょうど週末に作ろうと思って買っておいた材料が会ったことを思い出す。
「お達右くんノリがいいね!ちょうどチョコ系のお菓子食べたかったからナイスタイミングだね」
彼女は僕の方をむくと目をキラキラとさせていた。
「言ノ葉さんはチョコレートら甘いほうが好き?それともビターな方?」
「ビターな方ご好き!」
「おっけー、カカオ分高いチョコレートしかないから砂糖多めにして作るね」
「あとあればでいいんだけど洋酒入れて欲しいな」
「洋酒?なかなかつうだね」
ガトーショコラはラム酒やブランデーを入れることによってお酒の風味が追加されより一層大人びた味になる。
「洋酒入ってるチョコレートって風味がいいから私好きなんだよね」
お菓子好きな言ノ葉さんは子供っぽい味が好みと勝手に思っていたので大人びた味がこのみなのは以外であった。
「了解、使いかけのラム酒あるからそれも入れるね。出来上がるまで結構かかるけど大丈夫?」
「全然平気、でも達右くんが話し相手になってくれることが条件」
「善処します」
お菓子作りは手順と手早さが命なので喋りながらだと気が散って集中できそうにないが、言ノ葉さんを一人にしておくのも気が引けるのでなるべく会話には乗ろうと思う。
僕は早速作業に取り掛かる。
まずはボールにチョコレートを出し湯煎をする。
チョコレートをボウルに広げるとカカオのほろ苦くも甘いの香りが部屋全体を包む。その香りを嗅ぎ付けたのか言ノ葉さんはキッチンいる僕の元へ向かってきた。
「どうしたの?飲み物でもなくなった?」
「ううん、ちょっとどうやって作るのか気になって見に来ちゃった」
それにしてもキッチンという狭いスペースで女の子と二人きりという状況に自然と彼女に意識を向けてしまう。
「とか言いつつチョコレート食べに来たんでしょ」
「えへ、バレた?!」
「バレた?じゃなくて」
「えーいいじゃんちょっとくらい!」
彼女はチョコレートをひとつつまむと自分の口へと運ぶと満面の笑みを浮かべている。美味しいものを食べた時、自然と笑顔が出るあの笑顔だ。
「味はちょっと苦いけど、カカオって感じがして美味しいね」
「まあそうだねスーパーのだとカカオの含有量が三十から四十パーくらいだからね。勿論食べやすくしてるからなんだけど。ちなみにこのチョコレートは五十六パーセント」
スーパーで売っているチョコレートはお手ごろだがその分香りがどうしても弱くなってしまう。なのでチョコレートのお菓子をつくる際は多少値は張るがいいのを使うのが僕のこだわりだ。
「スーパーに売ってるのも甘〜くて好きだけど、こっちもこっちで美味しい。あとこのチョコレートちょっと高いでしょ」
「まあスーパーのに比べたら少し高いけど、言ノ葉さんよくわかったのね」
「えぇ〜そりゃわかるよ!だって鼻に抜けるカカオの香りが全然違うもん」
「ほれほれ私だって結構やるでしょ」
肘で僕をつついてくる言ノ葉さん。
「すごいね〜」
適当に返しつつ湯煎したチョコレートに生クリームを加えガナッシュクリームを作る。
「達右くん適当に返さないでよー」
「あー言ノ葉さん冷蔵庫から卵三個とってくれない?」
「え?無視ですかひどーい」
とは言いつつもしっかりと卵を運んできてくれた。
「ありがとう、ここから卵白と卵黄にわけてメレンゲとブランシール作っていくね」
「メレンゲは聞いたことあるけどブランシールって何?」
「ああブランシールは卵黄と砂糖を白くなるまで混ぜ合わせたものでこれ入れるとよりなめらかな仕上がりになるんだよね」
「へぇー初めて知った」
僕は卵を手に取ると殻を器用に使い卵黄と卵白に分けていく。
「達右くん器用だね、でもちょっと殻入っちゃってるよ」
「あっほんとだ」
言ノ葉さんが至近距離にいる緊張感で手元がおぼつかない。
「さては〜達右くん緊張してるな〜」
「まあこういう時もあるよね」
「相変わらずポーカーフェイス上手いんだから」
彼女はニマニマと笑っている。
ブランシールはすぐできるのだがメレンゲを作るのが一苦労だ。なにせ家には電動のホイッパーがないので手動でかき混ぜるしかなく、これがなかなかにきつい。
「お菓子ってこうやってできていくんだね!私たちってそのものを知ってても作り方だったり工程を知らないことが多いからなんか勉強になる」
「まあ確かにそうだよね、僕も知らないことの方が多いし色々」
言ノ葉さんと言う通りで僕たちは中身を知らないことがあまりにも多い。多分それが普通でそういうものと割り切るのが当たり前なのだろうが、知らないことを正当化しているようでなんだか嫌になる。
かき混ぜているうちにメレンゲがもったりとしてきたので完成の頃合だ。
「おっけーこれであらかた終わり〜」
いつもは一人で作業をするので腕の疲れをもろ意識してしまうが今回は話していたこともあってかあまりきつさを感じずに作業ができた。
「お菓子作るのって難しいと思ってたけど、見てると案外私にもできそうって思っちゃった」
「正しい手順を踏めば誰にでも出来ると思うよ。まあオーブンとか使うのは練度が必要だと思うけど」
「じゃあ今度教えてくれる?」
言ノ葉さんはしたから僕の顔を覗き込んでくる。胸元のリボンが緩んでおり自然と視線が惹き付けられる。
「ああ、うん....いいよ」
まじまじと見る訳にはいかず僕は目線をすかさず逸らす。
「達右くん違うとこ見てたでしょ?」
「違うとこって?」
「言っていいの?」
「すみません」
「よろしい」
これ以上言い訳を重ねても墓穴を掘ることしかないだろうと思い素直に謝る。言ノ葉さんは怒っている素振りはなく、僕をからかって遊んでいるように感じた。
「そしたらあとは混ぜて焼いたらできあがり」
「達右くんの手際が良かったからあっという間に感じた」
「素人でこのくらいだからプロはもっとすごいと思うよ、興味があれば動画サイトとかで見れると思うけど」
「今度見てみるね!あとは混ぜて焼くだけ?」
「そうだね、さっき作ったヤツ全部混ぜて焼くだけ、混ぜるのやってみる?」
「ううん、今日は見るだけでいいかな」
「わかった」
僕はそう言うとガナッシュクリームに先程作ったブランシール、バター、メレンゲ、ラム酒を加え、さらにふるった薄力粉とカカオパウダーを入れ混ぜていく。
「四角い型と丸い型はどっちがいい?」
「どっちの方が美味しく見えるの?」
「人にもよると思うけど僕は丸の方がケーキ感あって美味しそうに見えるかな」
「じゃあ丸で」
「了解、じゃあオーブン入れちゃうよ」
「は〜い!私先に戻って勉強始める準備してるね」
言ノ葉さんの後ろ姿を確認し生地をながした型を予熱をしておいたオーブンに入れ焼いていく。
「はぁーこれで一段落」
僕は自分の飲み物を手に言ノ葉さんの方への向かう。
「やっと来た〜、さぁ教科書開いて」
「やっとって.....まだ時間そんなに経ってないよ。まあいいや」
僕は半笑いを浮かべる。
言ノ葉さんは準備している様子だったが、ノートしか出ておらず教科書が出ていなかった。
「あれ、言ノ葉さん教科書は?」
「ああ、最近私の教科書なくなっちゃってさ、だから達右くんの一緒に使ってもいい?」
「いい....けど」
僕はなくすという言葉に僕は引っかかってしまう。
「忘れるじゃなくて、なくしたの?」
「うん、家探してもなかったから学校にあるのは間違いないと思うんだけど」
「なるほど、学校はもう探したの?」
「それがなかったんだよ。私基本置き勉しないタイプだからなくなるなんてこと考えにくいし、ほんとにどこいったんだろ」
家にもなく教室や個人のロッカーにないとすると誰かが間違って持って行ったか、考えたくはないがいじめなどの可能性も視野に入れる必要があるかもしれない。
「ちなみになんだけどなくなった教科書は数学だけ?」
「ううん、美術の教科書もないんだよね」
「それは美術室に置き忘れたとかはないの?」
「教室に持って帰ってきたからそれはないと思う。」
「そっかー」
確かに美術の授業移動教室なので教科書などの忘れ物をした際は絶対に気づくはずなので忘れることはないだろう。
「それで達右くんにお願いなんだけど明日一緒に教科書探してくれない?」
「......」
「もしかしてやだ?」
「あっ、いやそうじゃなくて考え事してて」
彼女の声で思考から引き戻される。
「わかった明日の放課後一緒に探そう」
「ほんと!ありがとう達右くん!」
ここまででわかっていることは言ノ葉さんの数学と美術の教科書がないこと。そして彼女は家に教科書を持ち帰っているため置き忘れなどは考えにくいということだ。
「チョコレートのいい匂いがしてきたね」
チョコレートやバターが焼ける香ばしさの中に仄かな甘さが見え隠れする香りが漂ってくる。
「そうだね、でも教科書ないと不便でしょ?隣の人に見せてもらわないといけないし」
「まあそうだけど、私の隣の席馬場くんって人なんだけどすごく優しくて毎回嫌な顔せず見せてくれるからそうでもないんだよね」
「へぇ〜いい人なんだね」
「そうなの!私教科書忘れたって言えなかったんだけど、馬場くんが見るか?って言ってくれてほんとーに助かった」
「馬場くんって結構言ノ葉さんの事見てるんだね」
「う〜んどうなんだろ、隣だし目につくから気づいたんじゃないかな」
言ノ葉さんはそう言うが見せて?と言われる前に聞くのも少しばかり引っかかる。
「なになに達右くん嫉妬?」
「いやそうじゃないけどさ、少し引っかかるなーって思って」
「なにそれ、達右くんの考えすぎだよ!隣の人が教科書出てなかったら見せるのは普通じゃない?」
「うーんまあそうなんだけど」
僕の悪い癖がまた出ていた。多くの人はそこまで人の行動や仕草に対して推察をめぐらせたりはせずあったことを受け止めるのだろうがやはり僕にはそれごできないことに改めて気づく。
「なんかモヤモヤする、まあとりあえず明日の放課後探す時にまた考える。今は目の前の数学に集中」
僕が気合いを入れ直したタイミングでオーブンのメロディーが鳴り響く。
「グッドタイミングだね」
「そうだね色んな意味で」
その後は数学を勉強したあと冷やしておいたガトーショコラを二人で食べ解散した。
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