第3章:『かわいい』を、わたしは愛してる

『かわいい』を、わたしは愛してる 1


 校庭。

 グラウンド。

 着替えを終えたオレたち。

 学校指定の体操服に身を包み、授業が始まるのを校庭で待つ。

 周りには何人もの女子生徒の姿が。授業開始のチャイムが鳴るまで、思い思いの時間を過ごす生徒たち。

 見知った顔もあれば、よく知らない人の姿も。

 あまり普段は接することのない別クラスの人の影もあって、グラウンドの端っこに集まる女子グループは結構な大所帯。

 和気あいあいと話す女子生徒たち。みんなで円になってペチャクチャと楽しげに話すようすは、たあいのないことを喋りたがる年相応の女の子という印象。近所のママ友さんたちと繰り広げる井戸端会議を思わせる。

 よく『女性は喋るのが好き』って言うよね。

 たしかに、一理あるかも。ほんとうかどうかはともかくとして、女の人のほうが話好きは多いイメージ。

 こと雑談にかぎってのみ言えば、女の人のほうが得意な印象ある。男みたいに『目的のある話』だけを簡潔に喋るんじゃなくて、目的なんてない『気楽なお喋り』を延々と続けるみたいなね。あ、個人の感想です。

 じつは、わ、た……お、オレも意外と、お喋り好きだったり。

 麻衣と話すのモチロンだし、よく家で朋花ともダベるしさ。父さんが黙々と本を読んでる傍らで、母さんとペチャクチャ喋ってたりとか。このワテクシめ、他愛のないコミュニケーションがお好きなもよう。

 まぁ、男ウケはイマイチだけど。

 ほんと男の人って、目的のない会話キライだよね。『簡潔かつ有意義なコミュニケーション』に囚われた悲しき性。♂の行動特徴として、とりとめのない話を避ける傾向はあると思う。あ、個人の感想ですよ。

 性差が露骨に出るのは、買い物に出かけるとき。

 ♂と♀の購買行動の違いは、学術論文にもなってるレベル。女の人が買い物を楽しんでる横で、よく地蔵になってる男を見かける。

 地蔵。おあずけ。完全放置。女性との買い物のときに男性が待ちぼうけを食わされるシルエットは、もはや形式美とすら言えるかもね。知らないけど。

 簡潔なショッピングと、悠長なショッピング。

 エンタメとしてのお買い物と、目的達成としてのお買い物。

 男女で対照的なほど異なる購買行動。目に留まったお店にフラッと入って物色する女性とは違って、簡潔かつ効率的にショッピングを終わらせたがるのがメンズ。

 ——の割には、趣味の買い物には時間をかける。

 車とか、時計とか。ゲームとか、パソコンとか。アイドルとか、フィギュアとか。なにかに一つのことにのめり込むのは男性に多い印象。商品を物色するときも、たっぷり時間をかける。

 ディープなオタクが多いのも、圧倒的に男性サイドなんだってね。

 なんらかのオタク趣味がある男の人に特に強い傾向だけど、まったく違いの分からないものを延々と見比べてたりする。こだわりが強いのかもね。『譲れないものがある』というか。あ、個人の感想ですからね?

 ライトな趣味とディープな趣味。

 ライトな会話とディープな会話。

 どっちがいいとかじゃなくて、ただ『違いがある』ってだけ。「♂と♀って、こんな感じの違いあるよね〜」ってだけだから。あくまで、傾向ですよ。傾向。

 でも、オレは好き。

 雑談するの割と好き。お喋りするの好きなのです。

 たあいのない話とか、とりとめのない会話とか。目的なくぺちゃくちゃするのって楽しい。いぇ〜い。

 話が急に飛んでも気にしない。

 男性には敬遠されがちな「え、なんのこと?」っていう話の飛び方もウェルカム。お喋りな女性にありがちなアレ。

 甘い蜜を求めてさまよい飛ぶミツバチみたいに、あっちこっちに話が飛んだとしても気にしない。「そういうもの」って思ってるから、ぜ〜んぜん気にならないのでぇ〜す。いぇ〜い。

 もちろん、オチがなくても構わない。

 関西の人には怒られそうだけど、話の終わりにオチがなくてもOK。そもそも『オチる会話』を求めてなかったりする。

 大阪の人にはプチ切れられそうだけどね。「え、全然オチないやん。いまの話なんやったん?」みたいなこと言われそうだけどね。知らんけど。ほんま知らんけどな〜?

「——でね、こないだママが言ってたんだけどね?」

 オレの隣には麻衣の姿。楽しそうに話す幼なじみの姿がある。

 麻衣の話を聞きながら、うんうんとうなずくオレ。赤ベコを見習って首を縦に振る。首振り永久機関。

 楽しそう。

 麻衣、すごく楽しそう。

 麻衣って、いつも幸せそうに話すよね。

 ちっちゃい子みたい。小学校低学年くらいの。今日あったことを家に帰ってお母さんに話す小さな子どもみたいに、きらきら目を輝かせながら楽しそうに喋る姿が麻衣っぽくて可愛らしい。

 麻衣の話を聞くの、オレけっこう好き。

 すっごく楽しそうに話す、麻衣の横顔を見るのが好き。話の内容なんて大半は覚えてないんだけど、幸せそうに話す幼なじみが見れるからヨシ。もーまんたい。

 他人との会話って、生産性だけじゃない。

 効率性に囚われた合理主義者よろしく、雑談にも生産性を求めるのは如何かと。なんせんす。

 男性サイドからすると『中身のない会話』って斬り捨てられるかもだけど、普段のコミュニケーションにまで生産性を求めちゃうのってどうなんだろね?

 オレの隣には、相変わらず楽しそうに話す麻衣の姿が。

「——でね、そのときのミヤちゃん、溺れかけのナウマンゾウみたいでね?」と麻衣が言った。「ママも『水没しそうなアフリカ大陸』とか言うから、もうホントめっちゃ笑っちゃってね。あ、ミヤちゃんってウチのイトコなんだけど——」

 楽しそうに話す麻衣に対し、形ばかりの相槌を打つオレ。

 話してる内容はイミわかんないけど、麻衣が幸せそうだから全然おっけー。

 ってか、あっけらかんとしてるな。さっきの『胸もぎゅっと鷲づかみ事件』を意にも介さず、ふっつーに普段どーり楽しそーに話してるな麻衣ぃー?

 まったく、のんきなものだね。

 まぁ、麻衣っぽいけど。麻衣らしいっちゃらしいけど。

 男性には敬遠されるかもだけど、中身のない会話でも全然いいよね。ナウマンゾウが溺れかけててもいいと思う。知らないけど。

 だって、楽しそうだから。

 こんなにも、麻衣が幸せそうだから。きらきら目を輝かせながら話してるから。

 だから、いいと思う。たあいのない話でも、とりとめのない会話でも。からっぽでも、中身がなくても、がらんどうでも、すっからかんでも。オ……わた、しは、全然いいと思う。

 麻衣が楽しそうだから。

 すごく幸せそうだから。こんなにも笑顔を咲かせてるから。


 わたしは、いいと思う。


 やがてチャイムが鳴った。

「あ、チャイム」

 ひとり呟くように麻衣が言う。

 授業が始まる合図。

 一旦お喋りを止めて、端に集まる女子たち。始業を知らせるウェストミンスターの鐘の音が、グラウンドに立つ学生たちを先生の前に駆り出す。

 体育の授業は男女別。

 陸上トラック付近に集まるのは女子だけ。男子の姿は一つもない。

 ふと、遠くに目をやる。

 サッカーゴールの近くに集合する男子。音頭をとる先生にしたがうように、わらわらと男子生徒が集まっている。

 隊列を組む男子たち。列をなしてキチっと並ぶようすは、どことなく軍隊の整列を思わせる。

 井戸端会議よろしくバラバラな女子とは大違い。

 軍事演出でも始めるのかなってくらいキレイに列を作ってる。男の子って『規律』とか『統制』みたいな、ちょっと暑苦しめのヤツ好きだったりするよね。あ、個人の感想です。

 女子は陸上だけど、男子はサッカー。今朝、渡り廊下で田中が話してたとおり。

 対面する女子生徒のほうを向きながら、先頭に立つ先生が気だるそうに口をひらいた。

「えー、今日は五kmマラソンやるぞー」

 女性教師の気の抜けたような声のあとで、女子たちの「えぇ〜!」という声が重なった。抗議を示すかのようなブーイングが辺りに飛び交う。ぎゃーぎゃー。

 非難の声を気にしたようすもなく、なおも気だるそうに続ける女教師。

「つーわけで、ストレッチが終わったヤツから始めろー」

 女子生徒からの不満の声を無視するかのように、そっぽを向いてツーンとした表情を浮かべる先生。つーん。

 いや、やる気なさすぎでしょ。

 やる気ゼロえもんじゃん。「始めろー」じゃないですが。

 女子の体育の先生、こんな感じなんだね。「よく教員になれたな?」ってくらい、やる気ゼロえもんの体育教師その二じゃん。『その一』は誰だろう?

 その教員免許、文科省に返還せぇ。

「わぁ、めんどくさ〜だねぇ……」

 声に誘われるように、オレは顔を横に向けた。こちらの視界に入り込んできたのは、気だるげな表情を浮かべる麻衣の姿。

 麻衣独特の表現を体現するかのように、これから行われる授業を憂いているもよう。

「そ、そだね……」

「あたし、マラソン苦手だなぁ」と麻衣が言った。「あんまり陽に当たりすぎるのもヤだし、さくっと終わらせて木陰で休んでよ?」

 麻衣からの提案に、オレは頷いて答えた。

「そ、そだね。そうしよっか……?」

 麻衣の物憂げな表情に、ほんの少しだけ光がさす。

「んふふ〜、葵ちゃんは話がわかる人なのだぁ」

「な、なのだ……?」

 麻衣の語尾を繰り返すオレ。くり返すのだぁ。

 気を取り直したかのように、にぱーっと明るく笑う麻衣。夏の日差しのように眩しい笑みに、思わずオレは目を細めそうになる。

 まぁ、わかるけどね。

 憂うつになる気持ちは分かるけど。

 マラソンって、ただでさえ面倒だから。「ただ延々と走るだけ」って、ちょっとした拷問だもんね。

 マラソンが好きな人っているのかな?(※います)

 苦行を続けるだけのようにも思えるけど。お坊さんの修行に近いものあるような気がする。

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