『ガチャピンとムック』

宮本 賢治

1話完結·短編

「お肉食べたい!」

 肉の妖精が現れた。

 あからさまな催促。

 キライじゃない。

 職場の女の子から、月イチくらいで、ゴハンに誘われる。

 ミズキさんと、ハナちゃん。

 2人とも、一回り程離れた、かわいい後輩。

 パートナーに早速、連絡。

 こういった業務連絡は早いにこしたことない。

『部下に食事に誘われた。

悪いけど、

今日の夕食、適当に済ませて』

 連絡を送った。

 5分後には、LINEの返信が来た。

 かなりのレスポンス。

『了解。

あまり、遅くなりすぎないように。

追伸

カレーの残り、冷凍しとくね』

 今日は月曜日。

 きのう、得意の豚バラカレーを作った。

 俗に言う、きのうのカレー。

 それを食べ損ねたのは、ちょっと残念。

 彼女と同棲して、2年になる。

 ふと、こんな時、月日を数えたりする。

 相迎えのデスクのミズキさんと目が合った。

「ね、ミズキさん、

どんなの食べたい?」

「牛!!」

 種族で答えられた。

 先月行った、ラム専門のジンギスカン屋の名残りだな。

 じゃ、アソコかな。

「牛タン好き?」

「「好き!!!」」

 コピーをとりに行こうとしてた通りすがりのハナちゃんも交えて、ハモられた。

 決定だ。


 焼肉きんたろう。

 今思えば、変な名前。

 店の前、『焼肉』と書かれた電光看板の上にセルロイドのマスコット。板前姿の牛。左手は腰に手を当て、右手にはなぜかベルを持っている。ベルは本物の金属のベル。

 クスクス笑いながら、2人の女の子がベルを突っついてる。

 コラ、触るな。

 店に入る。

 小汚いとまでは言わないが、年季の入った店。

 掃除は行き届いてはいるけど、総じて、古い。

 予約した名前を告げると、白のボタンシャツに黒い前掛けといったいで立ちの白髪の主人に案内された。

 上がりの座敷席に座った。

 好奇心旺盛なハナちゃんが店の中をキョロキョロ。早速、何か見つけて、隣に座ったミズキさんをツンツンしてる。

 ミズキさんが振り返ると、ハナちゃんが壁に貼ってあった墨で書かれた半紙を指差す。

『和牛タンの焼き方

表6秒

裏6秒』

 2人の女の子たち、目で訴えてくる。

 どゆこと?

 おれも、目で答える。

 そゆこと。

 ミズキさんが反対の壁に貼られたシメ料理のラインナップを指差す。

「あ、あれ美味しそ♪」

 桜モツキムチ鍋。

 馬肉モツを使ったキムチ鍋。

 プリップリで上品な甘みのある馬のモツと、キムチの辛みの相性が抜群。

 すべてのうまみを吸った麺が最高のシメになる。

 説明したら、2人は目を輝かせた。

「「食べてみたい♡」」

 また、ハモった。

 ま、イケたらね。

 そう言うと、2人で首をひねってる。

 どゆこと?

 この店、特殊な店なのだ。

 コース料理しかないのだ。

 4つのコースは、1人、一万円から五千円まで。

 コースを完食しないと、シメ料理は頼めないシステム。

 へ〜!

 理解したらしい。

 店の主人が瓶ビールと人数分のグラス、それに箸休めに頼んだ自家製キムチを持ってきた。

 瓶ビールをつかむと、すぐにミズキさんにそれを奪われた。

 おれ、ハナちゃんに注いでくれた。

 交代。

 ミズキさんのグラスに、瓶ビールを注いだ。

 乾杯!

 ング、ングングング。

 うっま!

 仕事終わりのビール。

 最初の一口がたまらない。

 かわいい女の子が目の前にいたら、なおのことだ。

 おれとハナちゃん、キムチをつまむ。

 うん、ピリ辛で美味しい。

 ミズキさんは辛いものが食べられない。

 ゴメンねと謝ると、お気になさらずとニコニコとビールを飲んでる。

 ミズキさんと、ハナちゃん

 1歳しか変わらない。

 1年先輩のミズキさん。

 入社したときは、山岸さんと苗字で呼んでた。

 新人ながら、よく気のつく出来た子だった。賢く、仕事もできる。

 2年連続で新卒の女の子が、ウチの職場に配属されたのは、稀だった。

 ハナちゃんが来たら、ミズキさんも変わった。出来る女性から、女の子の顔が見えた。

 同年代の女の子が近くにいると、女の子は相乗効果を示す。キャピキャピし出す。

 ミズキさんがハナちゃんって呼んでるから、いつの間にか、おれもハナちゃんと呼んでた。

 ハナちゃんが、ミズキさんと呼んでるから、いつの間にか、おれもミズキさんと呼んでた。

 職場では、2人ともちゃんとした言葉づかいだけど、プライベートになると、ほぼタメ口。

 それが心地良い。

 今、思えば、パートナーとミズキさん、同い年だな。

 銀色の大皿に載った牛タンが来た。厚切りの和牛タンがざっと30枚。その迫力にテンションが上がる。

「おお〜!!!」

 肉の妖精たちが騒ぎ出した。

 ガスの旧式のグリル。

 無煙ロースター皆無。

 けど、匂いは気になるかもしれないが、重要なのは味だ。

 2人の目が訴える。

 おい、まず焼いてみ。

 グリルが熱くなってきた。ご期待に応えて、焼いてみせる。

 厚切り牛タン。

 その上には、適度な塩と胡椒がパラリとしてある。

 牛タンを熱いグリルの上へ。

 ジュ〜!

 いい音。

 ちょっと肉が縮む。

 そして、1 、2、3···6秒。

 ひっくり返す。

 ピンク色にほんのり染まった焼き目。

 で、裏面も6秒。

 はい、完成!

 実食。

 滑らかな柔らかい食感は、火を通し過ぎない焼き方の賜物。

 厚切り牛タンのジューシーな肉汁が口いっぱいに広がる。

 柔らかいのに弾力がある。

 まさに、レアなタンだからこその食感。

 こんな美味しいディープキスあるだろか。

「うっま!」

 おれが感想を漏らすと、ハナちゃんはトングをつかんだ。

 も〜、たまらんとハナちゃんは同じように焼いて食べた。

「何だこりゃ! うまいが過ぎる! 

タンタタタン♪」

 ハナちゃんが名言を生み出した。

 ミズキさん、固まってる。

 そうか、この子、潔癖症だった。

 火を通し過ぎない焼き方。

 彼女の辞書には無いらしい。

「ミズキさん、

郷に入れば、郷に従え。

この焼き方じゃないと、我々が知った新しい味には出会えないよ」

 ミズキさん、無言でうなづき、実践。

 ピンク色の牛タンを口に運ぶ。

「···美味し♡」 

 ミズキさんが舌鼓を打った。

 牛タンはまたたく間に消えた。

「あの、ライス頼んでいい?」

 コメを欲するミズキさんに、ハナちゃんも乗っかった。運ばれきたライス。ハナちゃんがキムチと合わせて食べた。

「コメが進む!」

 かきこむハナちゃんを見て、辛いものを食べられないミズキさんはバカだなコイツとビールを飲んでる。

 続いて出てきたのは、イチボ。

コレも、大皿に満載。皿の隅にはタマネギのスライス。

 2人の女の子、キョロキョロと何かを探してる。

 どした?

 ね、タレ無いんだけど。

 おれは壁際のテレビの上に貼られた張り紙を指差した。

 そこには、

『世界一の塩で、焼肉を!!』

 2人は、そのプロパガンダに目が点になった。

 ココ、タレ無いんだ。

 マジで!!

 だって、タレにはゴハン。

 ゴハンにはタレ。

 それはもう、

 ガチャピンとムックじゃん!

 う〜ん、平成生まれどもが、わけのわからないこと言い始めた。

 しかし、この店、

 タレの無い焼肉屋なのだ。

 使うのは、

 近江牛と飛騨牛のみ。

 味付けは、

 こだわりの塩と、胡椒のみ。

 ね、コースにサラダとか無いのかな? 無いなら、別に頼もうよ。

 彼女たちが、常識的な提案をしてきた。

 それを非常識でねじ伏せる。

 この店のコース。

 肉のみなんだ。

 それに、サラダは無い!

 欲しけりゃ、持ち込みOKらしい。

 そう伝えると、作戦会議を始めた。

 ココ来る時、近くにコンビニあったよね。アソコにひとっ走り行って、サラダ買ってこよか?

 じゃ、ワンチャン、タレあったら、ソレもお願い。

 フットワークの軽いハナちゃんがパシると言い出した。

 指令塔のミズキさんが、タレの密輸を画策している。

 店の外。

 豪雨。

 負け犬があきらめて、帰ってきた。さっきまで、雲一つ無かったのに。

 この店、焼肉きんたろうの主人は、

『焼肉の神様』と呼ばれている。

 タレ密輸の画策が、神の逆鱗に触れた。そうに違いない。

 ミズキさんが、

「だったら、ワイン飲もうぜ!」

 酒に走るようだ。

 コルクの抜かれた赤ワインが届いた。

 ワイングラスに注がれるのは

 ベルベットの深い赤。

 るねっさ〜んす♪ 

 本日、2度目の乾杯。

 この子たち、ホントに平成生まれ?

 「さ、コレも焼いてみ!」

 今度は目ではなく、ハッキリと命令された。

 タレ密輸に失敗した2匹の負け犬は、この店のルールに従うらしい。

 さて、イチボ。

 尻の先の希少部位。

 甘い脂が特徴。

 まずはタマネギを敷き、その上に肉を乗せる。赤身の部分は、タマネギの上で避難。脂身だけを網に当てて先に焼く。

 これで赤身はレアに、脂身はしっかりと焼ける。

 牛の脂身は融点が高い。

 しっかりと火を入れないと、うまくない。

 焼けた肉を口に運ぶ。

 脂身が甘い。

 赤身の肉汁がうまい。

 すかさず、赤ワインを。

 フルボディ。

 濃い。

 しっかりとした渋味。

 うんまい。

 じゃ、わたしたちも焼いてみよ〜♪

 2人が焼こうとしたとき、神が降臨した。

「お嬢さんたち、

こうしても、美味しいよ」

 イチボが焼けたころ、主人が鉄板に直接、1、2滴の醤油を落とした。鉄板の熱でジュワっと蒸発する直前の醤油をサッと肉にまとわせた。

 ミズキさんは、その肉をゴハンにワンバンさせて、食べた。

「コレは、

···人間をダメにする味だ」

 ミズキさん、独りごちた。

 焦がし醤油の風味だけがイチボに移り、甘い脂の味と肉汁が相見える。

 そりゃ、人間をダメにして当然だ。

 ハナちゃんもその味を確かめ、

 ひ〜っ!と叫んでる。

 イチボが無くなったころ、2人がフフフと、また何か企んでる。

 顔を見合わせて、

「イケるよね。

シメの桜モツキムチ鍋♪」

 どうやら、狙ってるらしい。

 ミヅキさん。辛いものは苦手のくせに、キムチ風味を好む。この子、ソフトキムチを大汗かいて食べる。汗かきキムチ娘だ。

 このタイミングで、神がまた大皿を持ってきた。

 最後の皿。

 イチボのステーキ。

 しかも1人1枚。

 その迫力に2人の口から言葉が漏れた。

「「お〜、ジーザス」」


 食事を終え、雨上がりの道を歩く。

 先導の2人、ご機嫌で笑いながら、歌を口づさんでる。

 曲は、エゴラッピン、

 くちばしにチェリー。

「競うスピードより

重要なのは着地〜♪」

 前におれが歌ったのを気に入ったらしい。

 仲良く、ふざけあってる姿。

 良いコンビだ。

 まるで、

 ガチャピンとムック。

 LINEが入った。

『今日も1日、お疲れ様。

明日、早いから、先、寝てるね。

おやすみ♡』

 ただの文字の羅列。

 文章なんて、そんなもん。

 けど、人はそこに込められた感情を読むことができる。

 甘い。

 どんなデザートよりも甘い。

『おやすみ』

 ただの一言を送った。

 あふれる愛を込めて。

 急に背中を押された。

 スマホを見てて気づかなかったけど、仲良しコンビに背後を取られていた。

 不覚。

「ね、大阪LOVER歌える?」

 ミヅキさんが尋ねてきた。

 この前、2人で万博に行って、仕入れてきたらしい。

「ま、わかるよ」

「じゃ、一曲目ね♪」

 この子たちのカラオケは原曲キー。

 こりゃ、明日の朝礼。

 ガラガラ声だな、きっと···


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『ガチャピンとムック』 宮本 賢治 @4030965

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