雷鳴峠

覚醒ゴリラ

第1話 噂話

 その昔、山奥のとある地域に雷鳴峠と言われる峠があった。その峠は2つの村を分断する大動脈で、村の人々にとっては2つの村を結ぶ唯一の交通網となっていた。なぜ、「雷鳴峠」という名前が人々によって使われていたのか、それはこの地域に大雨が降る時のとある噂にあった。

「この村では大雨が降っているときに、村に雷は落ちない。しかし、雷は落ちないはずなのに、なぜか峠の方から雷鳴が聞こえてくる」

これは、雷鳴峠を挟んでいる2つの村に共通して囁かれている噂である。つまり、大雨の日には必ず、雷は雷鳴峠に落ちるというのだ。その現象に人々は、これは神様のお怒りだと恐れおののき、大雨の日には、峠の中にある雷鳴神社と呼ばれる神社で、ある捧げ物をすることによって、その神を落ち着かせていたのだという。

その噂に関連してこんなお話をしよう。


 大雨の日のときである。とある女の子が自分の家の蔵に逃げ込んでいた。名前をヨシという。今年で10歳となる子供であった。蔵の扉を固く閉め、物陰に息を潜める彼女の汗は尋常じゃないほど冷えていた。遠くで複数の足音がする。

「あいつはどこだ!とっ捕まえろ!」

屈強な男たちがヨシを探す。ヨシはその声に目を開きながら体を震わせて、男たちが通り過ぎるのを待つ。足音はまだ止まない。ヨシは物音を立てないように、その場でじっとする。

「…ったく、大雨が降ってるって言うのに、神様に背いて逃げるなんざ、みっともねぇ。すぐに探せ!」

指示をする男の声が聞こえる。固く閉ざされたはずの蔵の扉が、いとも簡単に開いてしまう。ヨシは息を震わせる。足音が徐々に近づいているようだ。恐怖に体を震わせながら、身を縮めてやり過ごそうとする。

「…くそっ。逃げやがって…絶対に逃さねぇ。」

苛立ちながら顔をしかめる男。近くに置いてあった米俵を壁に投げつけて、蔵から去る。俵から破れて出てきた米が顔をのぞかせる。シャラシャラと米が落ちる音が鳴ると同時に、ヨシはホッとした。どうやら恐怖の波は去ったようだ。ヨシは立ち上がり、男たちから逃げたときに裾についてしまった泥の汚れを払い、そっと蔵の扉を開けて外を覗く。…外はまだ大雨が降り続いており、民家がまばらにあるが、人の気配はなかった。

「よかった…逃げ切れたんや。」

そうヨシが安堵の声をもらし、蔵の外に足を踏み出そうとした。

しかし、それが罠だった。

蔵の裏で待機していたであろう男たちがすぐさまヨシを取り押さえる。

「この野郎…さっさと神様のもとに下るんだな!」

泣きながらヨシは抵抗するが、彼女の力では、男たちに到底抗うことはできない。

「いやや…いやや…神様の餌食なんてなりとうない!」

ヨシは助けを呼ぶために叫ぶが、その声はすぐに大雨の音にかき消される。その後、彼女はすぐに力尽きて倒れてしまい、その男たちに担ぎ上げられてしまった。


 鬱蒼とした森の中、男たちにとある神社へと連れて行かれる。拝殿の中に連れ込まれて、あらかじめ用意されていた座布団に座る。少女の目の前にいたのはボロボロの衣服を身にまとった七、八十ほどの老婆であった。

「あんた…あんたが『うまれもの』かい?名前は?」

少女は答えない。その後の顛末が、少女には分かっているからである。老婆は答えない少女に痺れを切らして言う。

「…あんた、名前を言わないと、神様に天罰を食らわれるよ。」

その老婆の言葉に少女はすぐさまに反応する。

「いやや!うちは生きたいんや!」

老婆は少女の言葉に眉をひそめるが、すぐさま表情を戻す。

「生きたいんやと言われてもねぇ…あんたは雷鳴様に選ばれた『うまれもの』だよ?」

少女は横に首を大きく振る。

「それでもいやや!なにが『うまれもの』やねん!みんなうちを犠牲にして大雨をやませて安らかに過ごしたいだけやろ!」

老婆は顔を歪ませる。

「いいえ。『うまれもの』は、あんたにとってはすごいことなの。『うまれもの』は生まれもの。つまり、あんたはこの村に生まれた赤ん坊の中でも雷鳴様が認めてくれた素晴らしい存在なのよ。」

少女は抵抗するように叫ぶ。

「うちはこんな神様を信じへん!…うちは『うまれもの』ちゃう!うちの望む神様は、こんな神様じゃあらへんねん!」

老婆が怒りを覚える。どうやら老婆の心の奥底に眠っていた何かに触れてしまったようだ。

「…言ったね。あんた…雷鳴様に定められた運命を裏切るつもりかい?…それはあってはならないことだよ。」

少女の顔が青ざめる。老婆の声が途端に低くなったのだ。少女は怯えた表情で後ろへと下がろうとする。しかし、その後ろには先程少女を捕まえていた男たち。逃さないと言うように少女の逃げ道を塞ぐ。

「あんたは言ってしまったね…雷鳴様に歯向かうような言葉を…それが何を意味するか…」

老婆はその言葉を口にした後、少女に対し何やら摩訶不思議な呪詛のような言葉を発し、彼女に向けて手をかざす。すぐさま何かされてしまうと察した少女はその場から逃げようとするが、背後の男たちに取り押さえられ、体が動かない。

「あんたが悪いんだよ…あんたが…雷鳴様に歯向かった天罰だよ!」

男たちは急に少女を外へと強制的に連れ出していき、その押さえていた手を離し、少女から離れる。

刹那、少女の体を光が襲う。声を出すこともままならないまま、その光に身を委ねてしまう。体中に電流が走り、痛みが全身を襲う。痛い痛い痛い痛い。雷に体を奪われてしまった少女にはもう、自らの体を動かす力はなかった。そう、少女はこの一瞬で雷に打たれてしまい、そのまま事切れてしまったのである。


 その場に全身が黒ずんで横たわる少女の遺体をみて、老婆は直ちに男たちに向かって指示を出す。

「…儀式は失敗です。今すぐ、他の子供をここに連れていきなさい。」

男たちは深く頷いた後、その場を去っていった。

雨はまだやまない。一段と雨足は強くなっている。老婆はその景色をみて

「雷鳴様はまだお怒りなのですね…待っていてください。しっかりとした生贄を我々が捧げますから…」


このように、雷鳴峠近辺の村では、数年に一度、大洪水が起きるほどの大雨に見舞われる日がある。村では、昔から大雨の日に雷鳴峠に生贄を捧げ、雷をその生贄に落とすことで、いつしか村を襲っていた雨雲がすっかり晴れていき、豊かな暮らしが戻ってくると言い伝えられているのである。しかし、このような神に対する謀反を起こしてしまった場合、雷鳴様がその生贄の身に降ったとしても、その大雨は降り止まないという。


最後に、村の子どもたちが遊びとして歌っている歌の歌詞を載せて終わりとする。


ー雨の日に雷鳴様がやってくる

    いみごをほしさにやってくる 

        化身とかして連れ去って

          雷鳴峠は今日も鳴り響くー


雷鳴峠は今現在も、山奥の何処かに存在しているようである。

(フィクションです)

        


     

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雷鳴峠 覚醒ゴリラ @kakusei-G2525

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