第4話 2階層への冒険

◆ ◆ ◆


 ――轟音と共に、壁が崩れ落ちた。


「右よ、マークス! 囲まれてる!」


「わかってる!」


 マークスは転がるように前へ飛び出し、剣を振り抜いた。

 その瞬間、銀色の残光が走り、ゴブリンの群れが四散する。


「スキル《通勤ラッシュ》――発動!」


 爆風のような風圧。

 目にも止まらぬ速さで敵陣を駆け抜け、マークスの姿は残像に変わる。

 数秒後、彼の背後で十体を超えるゴブリンが一斉に倒れ込んだ。


「ふぅ……っ! これで……終わりか!」


 肩で息をしながら、マークスは剣を構え直す。

 周囲を見回しても、もう敵影はない。

 戦いの余韻だけが、湿った空気の中に漂っていた。


「見事ね。随分、動きが鋭くなったじゃない」


 背後から柔らかな声が響く。

 セーラー服姿のフリーメルが両手を後ろに組み、微笑んでいた。

 長い銀髪が揺れ、淡い光を反射している。


「でも……まだ甘いところもあるわね。

 《通勤ラッシュ》を使った直後、隙が大きい。そこを突かれたら即死よ」


「ははっ……修行中の身ですからね、師匠」


「誰が師匠よ?」


「フリーメル先生、かな?」


 マークスがからかうと、彼女は頬を膨らませた。

 その表情がどこか可愛らしく、マークスは思わず笑みを漏らした。


「……笑わないの。罰として、もう一回、群れを倒してもらうわ」


「えっ!? これで今日、7回目だぞ。勘弁して――」


「ほら、行った!」


 フリーメルの手がひらりと動く。

 空間が歪み、数十体のゴブリンが煙の中から出現した。


「出てくるのが早い!?」


「修行ダンジョンだからレベルに合わせて早くなるみたいね」


 マークスは天を仰いだ。

 だが、文句を言っても仕方ない。

 再び剣を構え、深く息を吸う。


「――行くぞ!」


 叫びと同時に、マークスの身体が青い光を放った。

 床を蹴るたび、風が巻き起こり、地面が砕ける。

 職場という戦場に向かう勇者のごとき勢い――それが《通勤ラッシュ》だった。


◆ ◆ ◆


 ――それから三日。

 マークスはモンスターハウスの掃討を続けた。


 朝はフリーメルが作る“謎に再現度の高い朝定食”。

 昼はハンバーガー、夜はカレー。

 どれも懐かしくて、どこか切ない味がした。


 そのたびに、マークスはフリーメルに感謝の言葉を贈る。


「毎食ありがとう。今、俺が無事でいられるのも……フリーメルのおかげだ」

「乗りかかった舟よ。あなたを最強の戦士にするわ」


 そして夜は、フリーメルとコタツを囲みながら語り合った。

 百年前の冒険者の話、かつてこの世界に現れた日本人のこと、

 そして、彼女がなぜこのダンジョンにいたのかを。


「ねえ、フリーメル。君は何の目的があってこのダンジョンにいたの?」


「……わたしは5階層にあるユニコーンの角を取りに来たの。小屋で休憩中に、あなたが来たから様子を見ていたのよ」


 小屋にある室内灯の明かりが、彼女の顔を照らす。

 その瞳の奥には、何が事情があるようだ。


 マークスは黙ってコタツの温かさを楽しむ。


「……ユニコーンの角、一緒に取りに行こう。

 “通勤仲間”としてな」


 その言葉に、フリーメルは小さく笑った。


「ふふ……通勤仲間って何よ。変な響きね」


「いや、いいだろ? 朝は一緒に出発して、夜は一緒に帰る。

 それが通勤の基本ってやつだ」


「……あなた、本当に変な人ね」


 そう言いながらも、フリーメルの頬はわずかに紅潮していた。


◆ ◆ ◆


 そして七日目の朝――。


『レベルアップしました』

『Lv9 → Lv10』

『スキル《通勤ラッシュ》がLv2に進化しました』


 マークスの体を、青い閃光が包み込む。

 筋肉が震え、魔力の流れが一段と滑らかになるのを感じた。


「やった……! ついにレベル10!」


「おめでとう、マークス。ここまでよく頑張ったわね」


 フリーメルが柔らかく微笑む。

 マークスは喜びのあまり、その場で拳を突き上げた。


「よし、さっそく《通勤ラッシュLv2》を試してみよう!」


 意気込んでスキルを発動する――が。


 次の瞬間、周囲の景色が“変わらなかった”。


「……あれ? 何も起きない?」


 マークスが戸惑うと、頭の中に説明ウィンドウが浮かんだ。


『通勤ラッシュLv2効果:通勤時に“座席を確保”できるようになりました』


「……座席!?」


 あまりの意味不明さに、マークスは絶句した。

 フリーメルも紅茶を吹き出す。


「せ、席を確保って何よ!?」


「いや、俺が聞きたい! 座ってどうすんだ!? 戦闘中に!?」


 二人は顔を見合わせ、しばし沈黙――そして爆笑した。


「ぷっ……ふふ、あなたのスキル、相変わらず不条理ね」


「いやもう、“通勤”っていう単語の時点でおかしいからな……」


 マークスは苦笑しながら頭を掻く。

 だが、どこかワクワクもしていた。

 このスキルが、単なるギャグで終わるとは思えなかった。


(座る……つまり、安定した体勢。

 もしかしたら、“移動中でも力を維持できる”ってことか?)


 そう考えながら、マークスは立ち上がった。


「ま、実戦で試すしかないな」


「その意気よ。じゃあ――次は第二階層へ行きましょう」


「……ついに、か」


 マークスは深く息を吸った。

 長い修行の日々。

 食べて、戦って、笑って、少しだけ泣いた。

 そのすべてが、この一歩のためにあった。


 小屋のドアの前に立つと、再び「カチリ」と音が鳴った。

 錠が外れ、青い光が漏れ出す。


「行くわよ、マークス=エルディーン。今度は“通勤快速”の時間よ」


「通勤快速!? なんだその格好いいネーミング!」


「あなたが座るっていうから、つい思い出したのよ。あなたと同じ転生者だったあの人の言葉をね」


 二人は笑い合い、光の中へと踏み出した。


◆ ◆ ◆


 ――第二階層。


 湿った石壁の代わりに、そこは苔むした洞窟だった。

 空気はひんやりとしており、遠くで水音が響いている。

 しかし、その静寂は長く続かなかった。


「フリーメル、来るぞ!」


 複数の影が、暗闇の中から飛び出す。

 獣のような耳、短剣を握る手――コボルトだ。


「ここが“犬人族の巣”ね。想像より数が多いわ」


「上等だ。ここでLv20まで上げるんだろ? なら丁度いい」


 マークスは剣を構え、再び叫ぶ。


「スキル《通勤ラッシュLv2》――発動!」


 青い光が迸る。

 だが今回は――違った。

 マークスの背後に“青い座席”の幻影が現れ、彼はそこに腰を下ろすように姿勢を安定させた。


 次の瞬間、周囲の空気が弾け飛ぶ。

 彼の周囲に重力のような安定の波が生じ、全方向からの攻撃を弾き返したのだ。


「……なんだこれ、座ると安定した防御できる!?」


「通勤中は“座ったほうが列車の揺れに耐えられる”という、あなたの記憶の再現ね……! まさか、戦闘に応用できるなんて!」


「ははっ! これが“社会人の知恵”ってやつだ!」


 マークスは笑いながら立ち上がり、剣を振る。

 閃光が走り、コボルトの群れを切り裂く。

 その動きは、第一階層の頃よりもはるかに滑らかで速かった。


◆ ◆ ◆


 戦いは夜まで続いた。

 満身創痍になりながらも、マークスは一匹残らず討ち取った。


「……これで……全部だな」


 地に膝をつくマークスに、フリーメルがそっと水筒を差し出した。


「お疲れさま。まさか“通勤スキル”がこんな風に進化するなんて思わなかったわ」


「俺もだよ……でも、これなら――さらに、強くなれる気がする」


 マークスは水を飲み干し、夜空を見上げた。

 洞窟の天井には、淡い光が揺れている。

 それはまるで、星のように優しく瞬いていた。


「ねえ、フリーメル。ユニコーンの角を手に入れてどうするんだい……。

 俺に手伝えることがあったら言ってくれ」


 彼の言葉に、フリーメルは静かに微笑んだ。

 その瞳の奥に、一筋の涙が光ったように見えた。


「……呪いを解く材料にするのよ。マークス、手伝ってくれるって言ったわね。じゃあ、その時に教えるわ。必ず手伝ってね」


 こうして、マークスとフリーメルの“通勤修行”は続いていく。

 笑いあり、涙あり、そして――

 新たな冒険の朝が、もうすぐそこまで迫っていた。



【ステータス更新】


◆ マークス=エルディーン ステータス変化表(Lv6 → Lv15)


項目   Lv6          Lv15

   《通勤者》      →《通勤中級者》 通勤系統スキルが体系進化。

クラス 剣士+《通勤初心者》    剣士+《通勤中級者》

HP(体力) 268 / 268     640 / 640 肉体強化が顕著。

MP(魔力) 118 / 118     305 / 305 《通勤空間》

STR(筋力) 101        228    斬撃・体威力+45%、

VIT(耐久) 82         190    転倒・打撲無効化

AGI(敏捷) 139         312  中最高速度+180%、

DEX(器用) 59        131 近距離回避率+50%、

INT(知力) 46         108  戦闘・行動計画の自動最適化が可能に

LUK(運) 41          92  発動率+15%。偶発的スキル進化が起きる確率上昇

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