風の国のお伽話

花時雨

プロローグ

さいしょのはなし


「そしてファルコは、民の代表者がうやうやしく捧げた王冠を受け取ると、それを自分の頭に乗せました。その瞬間に、ファルコは新しい国の国王となったのです。

 ファルコは宣言しました。神と風火水土の四精に誓うと。自分は国民を幸せにするために働くと。そのために自分の生を捧げると。自分の血を引く者も皆、国民のために働くだろうと。そして四精、とりわけ自分の友となった風の精シルフヴィンディーゼに、どうかこの国に御加護をくださいますようにと祈りました。

 国民はそれを聞いて、ファルコのために、そして国の未来のために万歳を唱えました。何度も何度も唱えました。万歳、万歳、ヴィンティア王国に栄えあれ。

……めでたし、めでたし」


 物語の本がぱたりと閉じられる。

 その音を聞いて、まだ眠れずにいた幼い男の子は目を開けて琥珀色の瞳で寝台の中から見上げた。物語を読み聞かせていた母親は男の子の金褐色の髪を撫でながら優しく話し掛けた。


「あら、ユーキ、まだ眠れないのかしら?」

「はい、ははうえさま。ファルコがかっこよくて、むねがどきどきしてねむれませんでした」

「そう。ええ、ファルコは格好いいわね。私もファルコが大好きなのよ。あなたも、ファルコのようになれるといいわね」

「はい、ぼくもファルコのように、くにのみんなをしあわせにできるように、いっしょけんめいにがんばります」

「ええ、頑張ってね。でも、今はもう眠りなさい」

「でも、まだめがぱっちりして、ねむれそうにありません。ははうえさま、どうすればよいですか?」

「じゃあ、別のお伽話を読んであげましょう。ちゃんと目を閉じて聞くのよ」

「はい、ははうえさま」


 母親はもう一度男の子の髪を撫でた。男の子が嬉しそうに微笑んで目を閉じたのを確かめて、脇机の上から別の本を取り上げて開き、静かな声で読み始めた。


「はじまり、はじまり。

 風の精シルフヴィンディーゼは、風の国ヴィンティアの王城の、最も高い尖塔のその上に腰掛けて辺りを眺めておりました。春には西に、夏には北に、秋には東に、冬には南に向いて腰掛けておりました。その吐息は季節ごとの風になり、この国中に吹き渡っておりました。

 時には気紛きまぐれで季節と異なる風を吹かせることもありました。その日、深いとはいえまだ秋の日に、ヴィンディーゼはその気紛れを起こして、寒い北風を吹かせておりました……」

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