第2話(後半)「はじまりの剣音」―夕暮れの稽古場―

 夕陽が沈みかけ、校門を出た三人の影が長く伸びていた。

 街路樹の間を通る春風が、制服の裾をやさしく揺らしていく。


湊「……なあ、桜先輩、想像以上だったな」

剣哉「ああ。あの構え……一瞬で空気が変わった」

日向「うん。私も鳥肌立っちゃった。ああいう人、ほんとにいるんだね」


 日向の声は明るいけど、どこか少し遠くを見ていた。

 湊が横目でそれを見て、ふっと笑う。


湊「剣哉、顔、ニヤけてんぞ」

剣哉「は? ニヤけてねぇし」

日向「いや、ニヤけてる。めっちゃわかりやすい」

剣哉「……うるさい」


 三人で笑いながら歩く帰り道。

 だけど、剣哉の胸の奥はどこか落ち着かなかった。

 竹刀を構えた桜の姿が、まぶたの裏から離れない。


 ――あんなふうに、強くなりたい。


 その思いが、まるで炎の芯みたいに静かに燃え始めていた。



---


 2人とわかれて家へ帰る途中、剣哉はふと足を止めた。

 夕暮れの光が住宅街の隙間を照らし、風が少し冷たくなる。

 視線の先には――昔、自分が通っていた中学の道場があった。


 引退してから、ほとんど足を踏み入れていない場所。

 でも、今は無性に竹刀を握りたかった。


 戸を開けると、薄暗い空間に懐かしい畳の匂いが広がった。

 夕陽が差し込んで、床に長い影を落としている。


 誰もいない道場の真ん中で、剣哉は静かに竹刀を取り出した。

 両手で構えを取ると、自然と息が深くなる。


剣哉(独白)「中段の構え……重心を落として……」


 頭の中に、さっき見た桜の姿が浮かぶ。

 踏み込みの音、竹刀の軌跡、あの一瞬の気迫。

 心の中で再生しながら、剣哉は竹刀を振り下ろした。


 ドンッ!

 踏み込みの音とともに、竹刀の風を切る音が響く。


 何度も、何度も繰り返す。

 汗が額をつたって床に落ちる。


剣哉(独白)「まだ全然届かない……けど……」


 もう一度、足を強く踏み込み――


 メェェェン!!


 乾いた音が道場に響き渡った。

 夕焼けの光を切り裂くように、真っすぐで迷いのない一撃。



---


 そのころ、帰り道を歩く湊と日向。

 沈みゆく空を見ながら、日向がつぶやいた。


日向「……剣哉くん、きっと今、練習してるよね」

湊「だろうな。あいつ、ああ見えて誰より負けず嫌いだから」

日向「ふふっ、そういうとこ、昔から変わらないね」


 風がふたりの間を抜けていく。

 遠くの方で、竹刀の音がかすかに響いた気がした。


日向(心の声)「……でも、あんなふうに夢中になれるの、ちょっと羨ましいな」



---


 夜。

 家に帰っても、剣哉は鏡の前で構えを確認していた。

 竹刀を振るたび、心の中で桜の声が響く。


桜(記憶)「うん。きれいな構えだね。軸がぶれない」


剣哉(独白)「次に会うときは……少しでも近づけるように」


 竹刀を握る手に、力がこもる。

 窓の外では、春の風がそっとカーテンを揺らしていた。

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