第49話

硝石鉱脈からの最初の貨物がヴァルケン領に到着した。それは、クロードの部隊の血と汗の結晶だった。


地下工房は、すぐさま高純度硝石の精製作業でフル稼働に入り、ブルンデルとアレクシスの技術を次の次元へと押し上げた。


「アレクシス、見ろ!」 ブルンデルは、古代技術書を応用し、高効率火薬の精製に成功した。 「この高純度硝石を使えば、弾薬の威力は理論上さらに二割向上する! これをライフル弾だけで終わらせるのは愚行だ!」


アレクシスは、ブルンデルの熱意に応えるように、設計図を広げた。 「長距離砲弾だ。施条銃(ライフル)の技術を応用し、広範囲を制圧する戦略兵器を開発する」


アレクシスが目指すのは、ライフル弾とは異なる、爆薬を詰めた「榴弾」の製造だった。


「ブルンデル殿。砲弾の鋳造は、ヴァルケン鋼の強靭な殻で包む。そして、内部には、この高純度火薬と、鋳造の際に出た鉄クズを詰める」 「それが、爆発時に散弾となり、敵を殲滅する、というわけか」


「そうだ。そして、最大の問題は、その砲弾を数百メートル先へ『正確に飛ばす』ための、投射機だ。反動を吸収できる強靭な木製台座と、火薬充填の最適化が必要となる」 アレクシスは、砲弾の飛距離、精度、爆発力を最大化する「ヴァルケン式砲弾」の基礎設計を、ブルンデルと共に徹夜で構築した。


その頃、南部の硝石鉱脈では、クロードが、マルクスの援軍を得て、防衛拠点「フォート・ナイトレート(硝石要塞)」の建設に着手していた。


クロードは、岩塩と石炭を建材とした恒久的な要塞を構築。岩肌に施条銃(ライフル)の狙撃網を組み込み、鉄壁の防衛拠点を作り上げた。


マルクス参謀長は、クロードを補佐する形で、「情報収集」と「兵站」システムの構築に着手。要塞の建設と防衛を両立させるため、兵士たちの間での「軍事分業」が始まった。


ヴァルケン領本部。アレクシスは、クロードの要塞を、王国の権威が崩壊した後の「国境線」と定めた。 「国内の安定と、産業の拡大が最優先だ。次は、金銭的な鎖国を破るための『信用』を築く」


王都では、エドゥアルドの経済封鎖が、完全な失敗に終わっていた。貴族たちは「豊穣の塩(化学肥料)」の供給停止に激昂し、リリアの販売代理店に富が集中する状況を利用して、旧体制派(エドゥアルド)を激しく非難し始めた。


アレクシスは、この混乱を利用し、コービンを王都へ送る。


「コービン! 最後の仕事だ。王都で経済的に窮地に陥った『ロートシルト商会』から、有能な事務員を金で買い取れ。我が国の『会計士』が必要だ」


「そして、最も重要なことだ」 アレクシスは、王立図書館の方角を指差した。 「王立図書館から見放され始めている『技術者・学者』を探せ。特に『光学技術』(レンズ)と『金融知識』を持つ人材がターゲットだ。金貨はいくらでも出す。我が国の『頭脳』を買う」


その夜、ヴァルケン領の関所に、血相を変えたコービンが単騎で馬を飛ばしてきた。


「アレクシス様! 大変です! ロートシルト商会は破産! そして、王立図書館の司書が、古代地図の流出を阻止するため、技術書を携えて逃亡しました!」


「逃亡だと?」 アレクシスは、顔色一つ変えなかった。


「その司書、我がヴァルケン領に『匿ってほしい』と、この関所に……」


アレクシスは、冷たい笑みを浮かべた。 「愚かな王太子め。自国の『知識』を、自らの手で、敵国に差し出すとはな」


硝石の山が確保され、長距離砲弾の設計が始まり、そして今、王国の「知識」という最大の資産が、自らヴァルケン領の門を叩いた。アレクシスの計画は、常に最悪の状況を乗り越え、最大の「成果」を生み出していた。

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