第27話 三天使
ルナリアという国は、月神が与えたひとつの箱庭であった。三兄弟の天使たちにとって、ルナリアはおもちゃ箱だった。
長女ヴィーナは、慈愛の天使。次男ナルシスは、赦しの天使。末っ子のグレンは、導きの天使。
これが、三人に与えられた役目だった。
一番初めに遊びに飽きてしまったのは、ヴィーナだった。
「愛っていうのはね、何でもかんでも手を出してあげることじゃないの。見守ることこそ、愛でしょ?」
ヴィーナはフルーツがたっぷりはいったパフェをかき混ぜながら言った。
「助けて欲しい、赦して欲しい。願いを叶えて欲しい。それってさ、人間からみた神はこうあって欲しいっていう神でしょ? 都合がいいと思わない?」
スプーンでプリンをすくいながら、ナルシスが言う。
「じゃあ、神視点でみた人間たちはどう? ぼくにとっては、おもちゃの駒だよ」
「やあだ、ナルシス。赦しの役目はどこへいったの?」
ヴィーナはおかしそうに笑って、林檎をかじった。
「赦しているじゃない。人間が勝手にぼくたちの人物像を作り上げて、理想化していることを。それにさ、ぼくが今はまっていることを教えてあげようか?」
「何? 気になる」
「それはね、予想をするんだよ。時の流れがどういう形を作り出すかって」
「予想通りにならなかったら、どうするの?」
ナルシスは加えていたスプーンを口から離した。
「それはね、調整するのさ。ぼくがちょっとだけ、動かしてみる」
「馬鹿みたい」
ずっと二人の会話を聞いていたグレンが机にひじをついた。
「それじゃ予想でもなんでもない」
「確かに、そうかもね。でも、ここはぼくたちの箱庭だ。多少の調整は必要だと思うけどな」
「じゃあさ」
グレンはナルシスのプリンに指を突っ込む。そのまますくい上げて、ぺろりと舐めた。
「北の方。一番寒いとこ。暴動が起きてるだろ。そういうのやめさせろよ。調整とやらでさ」
グレンの物言いに、ヴィーナとナルシスは顔を見合わせる。最初に吹き出したのはヴィーナだった。
「この子ったら、ちゃんと真剣に役目を果たしているわよ。かわいい弟!」
「気持ち悪いからやめろよ。からかうなって」
髪をぐしゃぐしゃにしてなでまわしてくるヴィーナの手をグレンは振り払う。
「だいたい、ぼくの役目はあんたたちとちがって、忙しいんだ。毎日誰かの魂を月神の元に送ってる。暴動が過激になってみろよ。ぼくは休むヒマもなくなるだろ。だから、やめさせろって言ってんの」
「本当にそうかな」
ナルシスがプリンをとられた腹いせに、グレンのマカロンを一つ奪った。
「グレンは、人間ひとりひとりに肩を入れすぎだよ。箱庭を扱うものとしては、全体を見ないと」
「あんまり末っ子をいじめないで、ナルシス。グレンは、やさしいだけなんだから」
話が通じないとグレンはあきらめて、別の話題をふることにした。
「そういえば、最近変な魂を見るよ。ぼくの魂送りが遅れると、魂は変質するんだ」
「へえ、それはどうして? 果物が酸化していくのと同じ?」
ヴィーナはすくい上げた桃のみずみずしい断面を眺める。
「なんでかは、知らない。ぼくが知りたいよ。そいつは影みたいな姿で、目が赤い。泣きながらぼくに向かってきて、襲おうとする」
「あはは。グレンに休むヒマはないよって言っているんだね。で、その魂はどうなるの?」
ナルシスは新しい現象に多少の興味をしめしたようだった。体を前のめりにさせて、グレンの言葉を待っている。
「灰になるんだ」
「灰?」
「そう。救われることなく、消滅する」
がたんと、ヴィーナが突然立ち上がった。グレンの額に手をかざす。
「何だよ。また、なでるのはかんべんし――」
「静かに! 今、祓ってあげてるんだから。黙りな、ガキんちょがよ」
ヴィーナは怒ると怖い。グレンは肩をあげて、されるがままにしておくことにした。
「グレンから穢れを感じたのは、そういう訳だったのね。その影みたいな魂をあなた祓ったでしょ」
「うん。だって魂送りできなかったし。襲ってきたんだから、正当防衛だろ」
ヴィーナはため息を吐く。
「それでも、私たちは殺生を禁じられているのよ。気をつけなさい。そんなことを続けていたら、痛みに蝕まれるわよ」
「じゃあ、死ぬやつらの数を調整してよ。かわいい弟のためにさ」
椅子に座って、ヴィーナは足を組む。ちらっとナルシスに視線を送る。
「わかったよ。その影みたいな魂が現れないようにすればいいんだろ? でも、ぼくは命に介入するのはよくないと思うな。勝手に生きているんだ。死ぬ時だって、勝手にさせてあげるべきだ。でないと、不公平だろ?」
「それはそうね。あーあ、ただのお遊びなのに。根詰めちゃだめよ、楽しくなくっちゃ。見守ることこそが、住人たちの成長になるんだから。肩を入れすぎない。調整しすぎない。おわかり? 坊やたち」
「はいはい」とグレンたちは返事をかえす。なんだかんだ文句を言っても、この姉には逆らえないのだった。
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