第6話:おじさんと木こり人形

 翌日。

 俺たちはついに、ダンジョンの地下階層――第六層への探索に出発した。


 魔物用の通路は相変わらず単純な構造をしていて、曲がり角も少ない。

 迷う心配もなく、あっさりと下層へと続く階段にたどり着く。


 そして足を踏み入れた瞬間、視界が一変した。


 「……なんだこれ。森?」


 そこには、これまでの岩肌むき出しの空間とはまるで異なる光景が広がっていた。

 鬱蒼と茂る木々、湿った土の香り、そして――空から降り注ぐまぶしい光。


 「六階層からは密林になってるのか……」


 目を細めて見上げる。

 そこに見えるのは天井のはずなのに、まるで太陽があるかのように明るい。


 「……いや、そんなはずはない。どうなってるんだこれ?」


 岩に覆われたはずの地下空間に、柔らかな陽光が満ちている。

 光源の正体は分からないが、今はそれを調べている場合ではない。


 「とりあえず地形の把握からだな」


 俺はロゼとリリ、それに量産人形たちを従えて歩き出す。


 今更の話だが、魔物用の通路からは、ダンジョン内の様子が透けて見える。

 壁に何らかの魔法がかけられているのだろう。

 そのおかげで、危険な場所を避けながら移動することができた。


 だが、これも万能というわけではない。

 通路はダンジョン全域に張り巡らされているわけではなく、

 ところどころ繋がっていない場所が存在する。


 特に、今回のような木々が生い茂る地形では視界が悪く、

 通路からでは見落とす箇所が多くなる。

 だからこそ、俺たちは直接この森の中を歩いて確認しているのだ。


 歩くたびに枝が視界を遮る。

 量産人形たちは手際よくそれを払いのけながら進む。


 ふと、一本の細い木に目を留めた。


 「……これ、伐採できたりするのか?」


 試しに近くの細い木を指差し、量産人形に切り倒すよう指示を出す。

 軽い金属音が響き、細い幹がぱきりと折れる。

 量産人形は切り倒した木を抱えてこちらに運んでくる。


 俺はそれを受け取って手に取った。

 だが――すぐに奇妙なことに気づく。


 倒れたはずの場所に、もうのだ。


 「……再生してる? でも、こっちの木は残ってるな」


 手の中の木は消えず、しっかりとした質感を保っている。

 つまり、伐採した木は素材として回収できるが、

 ダンジョン内の環境は自動的に修復されるということだ。


 「……これ、木材集めができるんじゃないか?」


 思わぬ発見に、思わず口角が上がる。


 予定では今日は探索だけのつもりだったが、

 これは見過ごせない収穫だ。


 「よし、いったん戻るか。準備を整えてから、いろいろ試してみよう」


 俺は探索を中断し、ロゼとリリに合図を送る。

 二人は頷き、量産人形たちを引き連れて静かに後退を始めた。


 ――新たな階層、新たな地形、そして新たな素材。


 このダンジョンの可能性は、まだまだ底が見えそうにない。




 第五階層のいつもの部屋―――

 俺は、先ほど切り出した木を手に握りしめながら呟いた。


 「……ここまで持って帰ってきても、消えないことは確認できたな」


 木はしっかりと形を保っている。

 時間が経っても消える様子はない。

 つまり、無限に木材を収集できるということだ。


 「これで地面に直に寝る生活ともおさらばできるぞ!」


 思わず笑みがこぼれる。

 リリやロゼ、そして量産人形たちはそんな俺を見て首をかしげている。

 彼女たちにしてみれば、俺が何をそんなに喜んでいるのか分からないのだろう。


 「いや、これがどれだけ画期的なことか分かってないな……!」


 木があるということは、家も作れるし、家具も作れる。

 火も起こせる。

 これまで岩肌の上で眠るだけだった生活に、ようやく文明の香りが戻る。


 「まずは木材収集専門の部隊を作ろう」


 そう思い立ち、俺は《ドールマスター》を発動する。


 頭の中に思い描くのは――木こりの少女。

 無骨で頼もしく、けれど可愛げもある存在。


 光の粒が空間に舞い、形を成していく。

 やがて一人の小柄な少女の体型をした人形が姿を現した。


 赤茶色の髪がふわりと伸び、自然に三つ編みになっていく。

 丸みのある頬に茶色の瞳。

 半分眠たげな目元が、どこか猫のような印象を与えていた。


 服装は、動きやすそうなオーバーオールに作業用ヘルメット。

 その手には、彼女の身長にはやや大きすぎる無骨な斧が握られている。


 「うん、いい感じにできたな」


 職人気質の頼れる木こり、そんな雰囲気が漂っていた。


 さらに俺は、量産型の木こり人形を作るため再びスキルを発動する。

 今度は先ほどの人形を少し小さくした弟子のような存在をイメージした。


 生まれた量産人形たちは、茶髪を二つに結んだお団子頭で、

 ぱっつん前髪が長く目にかかっている。

 見慣れたメカクレスタイルだが、どこか愛嬌がある。


 服はゆったりとしただぼだぼのオーバーオール。

 頭には少し大きめのヘルメットを被り、

 その手には小型の斧が握られていた。


 「こっちもいい感じだな」


 全員が完成すると、木こり部隊の面々は一斉に俺に敬礼した。

 まるで伐採任務を待ち望んでいるかのように。


 ロゼたちはその光景を見て微笑み、量産人形たちは拍手している。

 どこか職場が増えたような賑やかさが広がっていった。


 「よし……これで、生活の基盤が整えられるな」



 「とりあえず、名前を付けないとな」


 伐採用の人形を見つめながら、俺は腕を組んで考え込む。

 名前は、彼女の存在を象徴するものだ。

 軽い気持ちで付けたくはない。


 そんな俺を、新しく生まれた人形はじっと見上げていた。

 表情は薄いが、わずかに首を傾げる仕草が妙に愛らしい。


 「……よし、決めた。お前の名前は今日からホリーだ!」


 そう告げると、ホリーは無言で斧を高々と掲げ、

 そのまま駆け回り始めた。


 無表情のままだが、嬉しそうに見える。


 「うん、気に入ったみたいだな」


 早速、ホリーのステータスを確認する。


 ---


 名称:ホリー

 種族:リビングドール・ランバージル

 Lv:なし

 HP:300

 MP:25

 ATK:600 (+25)

 DEF:200

 INT:110

 AGI:270

 DEX:600 (+25)


 スキル

 ・ドールリンク


 装備

 ・木こり人形の大斧 ATK+25 DEX+25


 ---


 「……おお、やっぱりATKとDEXが高いな」


 攻撃力と器用さ、つまりの両方に適した構成だ。

 これなら、木を切るだけじゃなく、木材の加工までこなせるだろう。


 「なあ、ホリー。木材があったら、家とか家具とか作れたりするか?」


 そう尋ねると、ホリーはしばらく考えるように顎に手を当て――

 次の瞬間、ドヤ顔で腕を突き出し、親指をぐっと立てた。


 「……できるってことか」


 彼女の仕草に思わず笑ってしまう。


 「よし、なら早速やってみようか!」


 俺はホリーの直属部隊として、先ほど作った量産人形たちを任命した。

 彼女をリーダーとする木工部隊の誕生である。


 ホリーとその部下たちを中心に、

 俺・ロゼ・リリの三部隊が護衛として同行し、第六階層へ向かう。


 到着するや否や、ホリーは斧を肩に担ぎ、

 目の前の巨木へとまっすぐ歩いていった。


 ――そして、一閃。


 「……は、速っ!」


 鋭い音と共に、太い幹がいとも容易く倒れる。

 ホリーの斧捌きはまるで職人のようで、次々と木々を伐り倒していく。


 量産人形たちは、切り倒された木を抱え、

 慣れた動きで上の階層へと運んでいった。


 流れるような動き。

 無駄のない連携。

 命令ではなく、意思を持って動いているかのようだった。


 「……すげぇ。完全にひとつのチームだ」


 伐採を終えると、みんなで五層の拠点に戻る。

 ホリーはすぐさま作業を始め、木材を次々と加工していった。

 削り、切り、組み上げ、積み重ねていく。


 俺はその様子を見つめながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。


 「これで……俺たちの家ができるのか」


 積み上がる木材の山を前に、

 俺は思わず頬を緩ませる。


 突然始まった、ダンジョンの中での生活。


 ――そんなこの場所に、俺だけの城を作るのだ。


 そう思うと、にやけが止まらなくなった。

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