第5話:おじさんと実戦訓練

 俺は魔物用通路の陰から、ロゼたちの様子を見守っていた。

 目の前では、六人のシーカーパーティーが第二階層側から出口に向かって進んでくる。


 その進路を塞ぐように、ロゼと量産人形たちが配置されていた。

 正面にはロゼと四体の量産人形。

 残る八体は左右の暗がりに潜み、接敵と同時に挟撃を仕掛ける手筈だ。


 「……よし、完璧だな」


 息を潜め、タイミングを計る。

 やがて、シーカーたちがロゼたちの前に姿を現した。


 前回遭遇した連中と違い、今回はすぐに剣を抜き、戦闘態勢を取っている。

 だが――その構えには迷いがあった。

 彼らの視線は、ロゼたちの装備に釘付けになっている。


 金属の光沢、統一された鎧、そして威圧感のある立ち姿。

 明らかに、自分たちより格上の装備だ。

 腰が引けているのが遠目にもわかる。

 だが、逃げようとはしない


 「勇気があるのか……それとも、ただの馬鹿か?」


 呟いた直後、前列の剣士が焦れたように踏み出した。

 

 ロゼは慌てる様子もなく、一歩踏み込み剣を構える。

 刃と刃がぶつかり、金属音が短く響いた。

 瞬間、ロゼの背後から四体の量産人形が同時に飛び出す。


 剣士が反応するより早く、複数の剣閃がその体を貫いた。

 抵抗する暇もなく、男は崩れ落ちる。


 それを見たシーカーたちは、ようやく状況の異常さに気づいた。

 ――自分たちが、すでに狩られる側であることに。


 動揺した彼らが逃げ出そうとした瞬間、左右の暗がりから量産人形たちが飛び出した。

 二人一組の連携で次々と襲いかかる。

 剣が閃き、悲鳴が途切れる。

 反撃の隙すら与えず、戦いは一瞬で終わった。


 最後の一人だけが生き残り、地面に尻もちをついた。

 震える声で何かを叫び、命乞いをしている。


 だがロゼは、無言のまま剣を振り上げ――首をはねた。


 沈黙。

 洞窟に響くのは、鎧の金属音だけ。


 「……よっし! やっぱり数は正義だな!」


 思わず声を上げ、拳を握る。

 隣にいたリリも、ぱちぱちと嬉しそうに拍手を送っていた。


 周囲を見渡せば、見物していた魔物たちが口々にざわめいている。

 驚きと興奮――そして、羨望。

 何体かの魔物は互いに顔を見合わせ、真剣な表情で何かを話し合っている。


 聞き耳を立てると、どうやら自分たちも集団で戦ってみようという相談らしい。

 「へぇ……影響力ってやつか」


 小さく笑う。

 これで、魔物たちの生存率が少しでも上がるなら悪くない。


 その頃、ロゼたちは戦場の片づけに取りかかっていた。

 シーカーたちの死体を引きずり、使えそうな武器や防具を回収していく。


 量産人形たちは淡々と動き、ロゼはその指揮を静かに取る。

 「……使える装備は案外少ないな」


 確かに、拾い上げられた剣の中には量産人形用より性能の良さそうなものもある。

 だが、使い古されていて、いつ壊れてもおかしくはない。


 ロゼたちは手際よく回収を終え、

 俺たちはいつもの階層――拠点へと帰還した。




 戦闘を終え、いつもの部屋に戻る。

 戦闘後、体の奥から再びあの高揚感がこみ上げてきた。きっとレベルアップしているはずだ。


 「……さて、確認してみるか」


 ステータスを開く。


 ---


 名称:未設定

 種族:リビングドールプリンセス

 Lv:9

 HP:550

 MP:400

 ATK:50

 DEF:550

 INT:150

 AGI:210

 DEX:1500


 スキル

 ・ドールマスター+1

 ・人形化

 ・フォームチェンジ(バーサーク)


 ---


 「……やっぱり、レベル上がってるな!」


 声が弾む。今回も一気に四つ上昇していた。

 前回よりもシーカーの数は多かったのに、上昇幅が変わらないということは……。


 「経験値、段々と必要量が増えてるのか? それとも、倒した連中のレベルが低かったのか……」


 どちらにしても確かめようがない。

 しばらく考えたあとで、肩をすくめた。


 「まぁ、細かいことはいいか。上がってるなら、それで十分だな」


 成長の実感を噛み締めつつ、これからのことを考える。

 次はリリの部隊と、俺の直属部隊の実戦訓練だ。


 だが、その前に――ふと、気づく。


 「……そういえば、俺の武器がないな?」


 ロゼのように剣を使うか、あるいは別の武器を試すか。

 ドールマスターで生成できるなら、それが一番手っ取り早い。


 そう思ってスキルを発動してみた。

 ――しかし、何も起きない。


 「……あれ? 武器だけって作れないのか?」


 もう一度、念じる。

 さらにもう一度。

 それでも反応はゼロ。


 「……やっぱり駄目か。武器単体は生成できない仕様なんだな」


 仕方なく、戦利品の山を漁る。

 回収したシーカーたちの装備を並べてみるが――。


 「……うわ、しょぼいな」


 安物の量産剣に、くすんだ革鎧。

 どれもこれも、量産人形の装備の方がまだマシだ。


 ため息をついていると、足音が近づいてきた。

 振り向けば、ロゼがこちらに立っていた。


 彼女は静かに自分の腰の剣を外し、俺の前に差し出す。


 「……使えってことか?」


 問いかけると、ロゼは嬉しそうに――いや、必死に――ぶんぶんと首を縦に振った。


 その健気な姿に思わず笑ってしまう。


 「ありがとな。でも、大丈夫だ」


 そっと剣を押し戻しながら、ロゼの頭を撫でた。


 「その剣は、ロゼが俺たちを守るためのもんだ。お前が持っててくれ」


 言葉に、ロゼはぱぁっと顔を明るくする。

 そのまま小さく頷き、胸に手を当てて騎士の礼を取った。


 「……ほんと、尻尾でも生えてたら今ぶんぶん揺れてるだろうな」


 小さく呟くと、背後で控えていたリリがくすりと笑った。

 穏やかな空気が、薄暗い拠点に流れていく。




 あの日の戦いから、さらに数日。

 俺たちは実戦訓練を繰り返し、着実に経験を積んでいった。


 量産人形たちは動きが滑らかになり、ロゼやリリの指揮にも磨きがかかる。

 小隊単位での連携も取れるようになり、戦闘の効率は格段に上がった。


 その成果が、数字にも現れていた。


 ---


 名称:未設定

 種族:リビングドールプリンセス

 Lv:17

 HP:1000

 MP:400

 ATK:110

 DEF:700

 INT:150

 AGI:250

 DEX:1600


 スキル

 ・ドールマスター+1

 ・人形化+1

 ・フォームチェンジ(バーサーク)


 ---


 「……ずいぶん伸びたな」


 こうして数字を眺めるたび、確かな実感が湧く。

 だが、今回はステータスだけではなかった。

 スキル《人形化》にも変化があったのだ。


 ---


 人形化+1

  自身、あるいは自身のスキルで殺害した死体を人形に変換できる。

  変換後の個体は元のステータスの一定割合を引き継ぐ(引継率はDEX200につき一割)。

  変換した人形は《ドールマスター》で操作可能。

  変換した人形にスキル《人形爆弾》を付与する。


 人形爆弾

  自身のHPを0にして自爆し、周囲にダメージを与える。

  自爆した人形は修復不可能。

  自爆時のダメージは、爆発直前のHPと同値になる。


 ---


 「……敵の死体を人形にして、特攻兵器にするってことか」


 思わず眉をひそめた。

 余りにも非人道的――いや、そもそも人道を語る立場ではなかった。


 「……そうだった。俺、もう人間じゃなかったわ」


 苦笑いが漏れる。

 それでも、非常時には使える。

 切り札として記憶に刻んでおくことにした。


 スキルは強化され、ステータスも十分に伸びた。

 そろそろ次の段階に進む頃合いだろう。


 「……下層に行くか。低ランクばかり狩っても、そろそろ経験値も枯れそうだしな」


 このダンジョンは低難易度の部類だ。

 深く潜っても、いきなり高ランクのシーカーが来る可能性は少ない。

 安全圏のまま、もう少し先を見ておきたい。


 「明日からは、見学もかねて地下探索といこう」


 そう決めると、今日は休むことにした。


 とはいえ、岩肌むき出しの洞窟で眠るのは相変わらず慣れない。

 最近はもっぱらリリの膝枕で寝ている。


 見た目は柔らかそうだが、実際は固い。

 そりゃそうだ、人形なんだから。

 それでも、岩に直接寝転ぶよりはずっとマシだ。


 「……にしても、胸だけやたら柔らかかったな」


 以前、抱きつかれた時の感触を思い出してしまう。

 リリは人形のはずなのに、そこだけ本物の人間のような柔らかさだった。


 「……まぁ、謎は謎のままでいいか」


 余計なことは考えない。俺はそのまま意識を闇に委ねた。


 明日は、新しい階層。

 そして、きっと新しい戦いが待っている。

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