第1話:おじさんと赤の人形
水面に映る自分の顔に衝撃を受けたあまり、最初は気づかなかった。
だが――よく見ると、首元のあたりに違和感がある。
もう一度立ち上がり、水辺に身を寄せて覗き込む。
そして、目を凝らして見えたのは――
「……球体関節、か?」
まるで人形のように、首の付け根が滑らかな球体で繋がっていた。
恐る恐る指先で触れてみる。人間の肌のような温もりはない。
そこにあったのは、ひんやりとした硬い感触――無機質な、まさしく人形のそれだった。
思わず手袋に覆われた自分の手を見る。
ゆっくりと外してみると、つるりと光沢のある白い指先が現れた。
柔らかさの欠片もなく、指を動かすたびに微かに関節が鳴る。
「……マジか。俺、魔物になったってことか」
言葉にしても、実感はまだ遠い。
驚きよりも、妙に納得してしまっている自分に気づいて苦笑する。
けれど、冷静になればなるほど問題が山積みだ。
「さて……これからどうしようか」
ため息をつき、現状を整理する。
おそらく、あのスタンピードで死に――そのまま“リビングドール”として生まれ変わった。
ここはダンジョンの中で、頼れそうなのは……後ろにいる、さっきのゴブリンくらい。
「なあ、これからどうしたらいいと思う?」
半ば冗談のつもりで声をかけると――
「(そんなこと、自分で考えろ)」
と、返事が返ってきた。
「……は?」
思わず固まる。
今、こいつ……喋った? しかも、言葉がわかる?
「おい……お前、俺の言葉がわかるのか?」
再び問いかけると、ゴブリンは肩をすくめるように言った。
「(ダンジョンの仲間、わかって当然)」
まさかの返答。
どうやら、言葉だけでなく意思疎通までできているらしい。
「俺は生まれたばかりで、何をすればいいのか分からないんだ。ヒントだけでもいい、何か教えてくれ」
そう頼むと、ゴブリンは少し考えてから――
「(ステータス見て、考えてみろ)」
と告げた。
「ステータス……?」
シーカーが持っている探索者証に表示される、あの数値表記のことか?
でも、俺は探索者じゃないし、そんなものは持っていない。
――もしかして、魔物は自分でステータスを見られるのか?
試しに心の中で念じてみる。
(ステータス・オープン……!)
バカバカしいと思いつつも、何となくそれしか思いつかない。
――そう思った瞬間、目の前に青白い光が浮かび上がった。
数字の羅列、名前、種族、そして能力値。
まるでゲームのように、俺自身の情報が並んでいた。
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名称:未設定
種族:リビングドールプリンセス
Lv:1
HP:500
MP:300
ATK:30
DEF:500
INT:80
AGI:200
DEX:1000
スキル
・ドールマスター
・人形化
・フォームチェンジ(バーサーク)
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「……なんだ、これ」
ステータスが見えたこと自体にも驚いたが、それ以上に――数値がおかしい。
どう見ても、普通の人間の領域じゃない。
人間の平均初期値はたしか――
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Lv:1
HP:50
MP:20
ATK:30
DEF:30
INT:30
AGI:30
DEX:30
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シーカーとして活動を始めたばかりの新人でも、この程度。
スキルだってひとつでも持っていれば大したもので、
二つ以上なんて奇跡に近い。
ましてや三つもスキルを持つなんて、Sランクシーカーくらいでなければあり得ない。
さらに、レベルが上がるごとに増えるステータスなんて、合計でせいぜい五十前後。
つまり、今の俺の数値は――人間で言えばレベル五十相当ということになる。
「……チート性能過ぎる」
自分で言っておいて、思わず苦笑する。
そして、スキルを確認すると、さらに驚愕の内容だった。
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・ドールマスター
自身のステータスの半分程度(生み出す人形のタイプに合わせて数値は自動的に割り振られる)の人形を生み出し操ることが出来る。
MP100につき一体生成可能。装備を同時に生成する場合、一つの装備につき消費MP25上昇。
制作者のDEXが高いほど人形は精密に動き、ある程度自立行動するようになる。
制作者のDEX100につき人間年齢1歳程度の知能を獲得。
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現在のDEX値なら、小学校中学年ほどの判断能力を持つらしい。
・人形化
自身、あるいは自身のスキルで殺害した死体を人形に変換できる。
変換後の個体は元のステータスの一定割合を引き継ぐ(引継率はDEX200につき一割)。
変換した人形は《ドールマスター》で操作可能。
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現在のDEXでは元の能力の半分ほどが引き出せそうだ。
・フォームチェンジ(バーサーク)
DEXの半分をATKへ加算。
発動中は他のスキルを使用できず、感情制御が困難になる。
発動から五分で自動解除。再使用は二十四時間後。
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「うわぁ……」
思わずドン引きした。
まるで「殺した相手を部下にして軍勢を作れ」と言われているようだ。
“プリンセス”なんて種族名についている時点で、まるで王族にでもなれと言わんばかりじゃないか。
「しかも、俺が強くなればなるほど……作った人形たちも一緒に強化される、ってことか」
思わず口の端が引きつる。
さっきまで社畜だったおっさんが、気づけば軍勢を率いるポテンシャルを持っているなんて。
この状況、笑うしかない。
「……いや、笑ってる場合じゃねぇな」
軽く頭を掻きながら、次の行動を考える。
強力な力を手に入れたのは確かだ。
だが、使いこなせなければ、ただの見かけ倒しにすぎない。
せっかくだ。
ここまで来たら、スキルを試してみようじゃないか。
俺は目を閉じ、心の中で《ドールマスター》の発動を意識する。
作りたい人形のイメージは――そうだな、頼もしくて格好いい女騎士だ。
剣を構え、俺を守ってくれるような存在。
次の瞬間、体の内側から何かが抜けていくような感覚があった。
魂の一部を削られているような、奇妙な感覚。
それが空中に漂い、淡い光を放ちながら少しずつ形を取っていく。
まず現れたのは、丸みを帯びた女性らしい体のシルエット。
そこに黒と銀の布地が重なり、ドレスと鎧が融合したような衣装が纏われる。
続いて、深紅の髪がふわりと流れ、金色の瞳が生まれる。
わずかな時間ののち、そこに一人の美しい女騎士が立っていた。
「おぉ……!」
思わず声が出る。
その女騎士は静かに片膝をつき、恭しく頭を垂れた。
まるで本物の騎士のような所作だった。
「お前……名前はあるのか?」
問いかけると、女騎士は一瞬戸惑ったように顔を上げ、しかし口を開くことはなかった。
沈黙のまま、視線で何かを訴えている。
「……もしかして、喋れないのか?」
そう言うと、彼女は申し訳なさそうにうつむき、こくりと頷いた。
「ああ、気にすんな。たぶん、そういうふうにできてるんだ。俺のスキルのせいだからな」
慌てて笑いながら頭を上げさせると、彼女の表情が少し柔らぐ。
見れば見るほど整った顔立ちで、髪の赤が鮮やかに揺れていた。
「……名前、俺がつけてもいいか?」
その言葉に、彼女の目が一瞬輝く。
そして、まるで子どものようにぶんぶんと勢いよく頷いた。
――うん。かっこいい女騎士のイメージが、少しずつ崩れてきた気がする。
俺は腕を組み、少し考えてから言葉を紡ぐ。
「そうだな……お前の髪、綺麗な赤だし。――ロゼ、ってのはどうだ?」
その瞬間、彼女の金の瞳がぱっと輝いた。
嬉しそうに頷くと、胸の前で両手を組み、感謝を示すようにお辞儀する。
「よし、決まりだな。これからよろしくな、ロゼ!」
俺が手を差し出すと、ロゼは一瞬きょとんとしたあと――
両手で俺の手をがっちり掴み、ぶんぶんと振り回すように握手をしてきた。
「お、おおっ!? は、はしゃぎすぎっ……!」
勢いに任せて振り回されながら、ふと頭の中に浮かぶ。
――そういえばスキル説明に、今の俺のステータスなら精神年齢は小学生くらいって書いてあったっけ。
「……そりゃあ元気なわけだよな」
苦笑しながらそう呟く。
こうして俺は、転生後初めての仲間を手に入れた。
不安もあるが、今はこの奇妙な運命を――少しだけ、楽しめそうな気がした。
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