056 - 魔術武装はロマンである


 あれからいくつかの実験を経て、俺はいよいよ魔術武装の調整に取り掛かった。



 もう半年ばかり使い込んだ屋敷の実験室にて、俺はインクによって拘束された "茨の魔王" の断片を解き放つ。


 すっかりバテて、けれど未だびちびちと暴れながらこちらを射殺そうとする不遜な茨だ。

 暴れる先端部をインクで抑え込めば、ひとまずは安全に扱えるが──


「うん、分裂しようとはしているなあ」


 ──茨の半ばを裂くようにして、必死に枝分かれしようとする魔王の断片。とんでもない生命力であることは察しがついた。


「旦那様、どういたしますか?」

「予定通りにやってみよう」

「かしこまりました」


 計画はオズ、ザリアとは相談済み。

 今この場には、現在シーラの面倒を見てくれているノーチェを除く、屋敷の全員が揃っている。


 まあ今回の場合は──

 この茨の "成長点” を局所的に人形化するのがいいだろう。


「あのう、自分あんまり理解してないんですけど……せ、成長点ってなんすか?」


 首を傾げるエギーユに俺は説明する。


 成長点。

 それは植物体の中で細胞分裂が特に活発に行われる一点、つまりは植物体の成長を司る部分のことを言う。


 前世を振り返るなら、俺にとって最も身近なものはキャベツだった。

 収穫を終え、根から切り離されて冷蔵庫にしまってもなお、キャベツは成長を続け、葉の栄養や水分を消費してしまう。


 これは成長点が未だ生きているからだ。

 キャベツの成長点は芯の奥にあるので、そこをフォークで突いて、砕いておく。そうするとキャベツは成長することなく、栄養を蓄えたまま長期保存できるようになる。


「成長、増殖、分裂……それをできなくしてやるんだ。ザリア、頼む」

「はいはーい」


 ザリアはすうと息を吸って、魔術を唱えた。


「浮上する火鯨、あかつき、暗がりよ晴れ、汝が兆しをここに照らせ」


 それは今日のために開発した "発見" の応用魔術。

 敵の脆弱性ではなく、封じるべき成長点を明らかにし、マーキングする。


 そして発光した無数の点を──

 目隠しを外したオズの魔眼が、睨みつけた。


「よし、問題なさそうだな」


 事前に入念な準備をした甲斐あって、魔眼による人形化はつつがなく進行した。

 ぱき、ぱき、という軋音を立てて魔王の断片は痙攣し、やがてすべての成長点は突き刺さった杭のような黒檀へと変わる。


 ためしにインクから解放してみれば、暴れはしても増殖することはない。完全に成長が止まっている。


「あとはこれを生きたまま加工しよう。使いやすく、持ち運びやすい形状に……エギーユ、事前の計画書通りに作ってくれ。君の判断でアドリブを加えてくれてもいい」

「り、了解っす!」


 再びインクで拘束した茨を投げ渡せば、エギーユは「ひいっ!?」とビビりながらもそれを両手で抱きとめた。

 そんな俺たちを眺めながら、ザリアは言う。


「それにしてもさ。成長を完全に止めちゃったら、"茨の魔王" の強みは活かせないんじゃないの?」

「ああ、その点に関して言えば、シーラならきっと大丈夫だ」

「そうなの?」


 彼女の植物魔術はやや特異だ。

 既存の植物を成長させ、その過程で成長方向を自在に操作する──だがそれだけではなく、彼女の魔術で育てられた植物はありえない場所からツルを伸ばし、葉を広げ、花を咲かせる。


 可能性の拡張、とでも言うべきか。

 本来成長できないはずの場所から、植物を成長させる "開花” の力──



 それはきっと、成長の停止したこの茨に対しても有効だ。



 ならば勇者シーラはこの武装を扱える。彼女が扱える。


「専用武装だ、かっこいいじゃないか」


 俺はロマンが大好きなんだ。




 *



 勇者とハロが研鑽に励むその頃──

 街にはひとつ、不穏な動きがあった。


「まったく、もう我慢ならん! ハロとかいうあのガキ……あいつのせいで、我ら医療組合のメンツは丸つぶれだ!」


 テラノンの街の医療組合。

 彼らはいわゆる医者や治療術士によって構成される利権団体であり、そしてここにいる構成員らは皆、ハロのことが気に食わなかった。


 当然の話だった。

 要するにそれは「ハロが医療の仕事を取っていくおかげで俺たちに仕事が回ってこない」という低俗な悩みなのだが、彼らとしては死活問題である。


 そしてこれは、金銭だけでなく信頼の問題でもあった。


「あのガキ、一体どうやって……俺でも治せなかった欠損だぞ!? それを完全に再生させるなんて!」

「チルトル子爵のご隠居の件だってそうだ。あんな大きな肝の腫瘍を、一体どうやって安全に摘出したのだ……!」


 四肢欠損、あるいはがん

 これまでどうしたって治せないとされていた傷病をもハロは治してしまった。


 この街の支配者であるチルトル子爵は、隠居の父を治してもらったという恩義からかすでにハロを厚遇し、そうした統治者の振る舞いは民へと伝染しかけている。


 領主様が信頼する医者だという。

 あんな小さな身体でも、領主様が傾倒するほどなのだから腕は本物だ。

 間違いない、俺の親父だってあの少年に治してもらったんだ。


 民草たちの噂は、すでに取り返しがつかないまでにこの街へと浸透し──


 そうして医療組合は、これまで得ていたほとんどの仕事を失うことになった。


「ほ、本当にやるのか? 向こうには公爵家の令嬢だっているんだぞ」

「構わんだろう、俺たちが直接手を下すわけではない」

「すでに依頼の手続きは終えた、今更なにを恐れておるか!」


 ──まあ、つまりは。

 彼ら医療組合は、ハロをどうにか排除しなければ立ち行かなくなるほどに、すでに追い詰められた状態なのだった。

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