第四章 - 医療信仰編
050 - 甘い巣篭もり
テラノンの街。
古代の城塞跡をそのまま街へと仕立て直した、そんな特殊な成り立ちをしているこの街は、小さいながらに二重の外壁を備えているために魔物の脅威がない。
結果として、冒険者の需要が少ないこの街は非常に閑静だ。
また街中にもいくつか遺跡群が残っているという特徴から、俺は引っ越し先にこの街を挙げたのだ。
そんな俺たちがこの街に移住して、すでに半年という時間が経過しようとしていた。
おいおい、時の流れというのはこんなにも早いものかと俺は思う。
なんといっても波乱がない。
ドゥーラの街でのトラブル続きは一体何だったのかと思うほどの静かな街で、だらだらとして心地のよい時間を過ごしたこの半年──
その甲斐あって今、俺の右腕には義手がぶら下がっていた。
人形化した勇者の腕、こいつは細さ・重さ・長さを調整。
そうして内側に骨格として仕込んだ人形腕を補強するように、外側にはインク、魔法金属、氷竜の鱗と魔石といった素材を贅沢に使っている。
黒く金属的な見た目の腕は、外観に反してさほど重くもなければ、質感だって人肌のように柔らかく滑らかだ。
さらにはインクを通じて自在に関節を折り曲げることができるという便利な代物である。
「ハロくん、今日も記録取るっすよ」
「ああ、よろしく」
朝食を食べ終えた頃、いつものようにエギーユが義手の検査を行う。
関節をゆっくりと折り曲げ、音や抵抗の変化を調べるのだ。
ソファの右隣にぴったりとくっついて、数分ほど腕を触ったエギーユは、分厚いノートに今日の分の記録をつけ終えた。
「はい、おしまいです。相変わらず劣化の気配がないっすね〜……インクちゃんがすごいのか、それとも勇者の肉体がすごいのか」
「どっちもだろうな」
まあ強いて言えば、インクは自動再生する万能の潤滑油としても働く。
結果として、関節部が痛むことがほとんどないのだ。
俺たちの棲み家は、レヴィ姉妹が気付けば購入していたそれなりの屋敷だ。
朝はリビングで皆が思い思いにくつろぎ、掃除や食器洗いといった雑務はオズがやってくれている。
無論、俺は半年前に全財産を使い果たしてしまっているので、生活費も住居もすべて、ザリアたちに養ってもらっているという情けない状態にあった。
さて、そんなヒモ生活の優雅な朝、俺は本日の予定を考える。
午後は一体どうしたものか。
実験用の薬草が減ってきていたから、それを採りにでもいこうか。
そんなことを思っていると、今度は左隣からザリアがぎゅうっと抱きついてくる。
「そういや薬草減ってたよな? ウチあとで採ってくるよ」
「え? ああ、ありがとう」
じゃあ、どうしよう。
たしか紅茶用のミルクと砂糖も減っていたか。なら俺はそっちを──
「ミルクと砂糖もなかった。オズ、食材の買い出しのときにお願いできる?」
「かしこまりました、ノーチェ様」
オズにお使いを頼むノーチェ。
こちらも人に取られてしまった。
うむ、今日も役に立てることがない。
「そういうことだからハロ、今日は一緒にベッドに戻る?」
「たまには朝風呂だっていいぞ〜。外に出る用事はウチらが全部やるからさ」
「は、ハロくん。自分も今日はバイトないっすから、よかったら一緒にお世話させてもらっても……」
「お外は危険ですから、お家でぬくぬく致しましょうね、旦那様」
……あれ?
なんか、まずくない?
俺、もしかしてこのまま一生外に出してもらえなかったりする?
ぞっとするような気付き。
けれどそんな悪寒を掻き消すように、エギーユとザリアはぎゅうと身体を押し付け、甘ったるい女の子の香りと柔らかさに脳が支配される。
「ぼーっとするよなあ、朝はねむねむだもんなあ。いいぞ、そのまま負け癖つけちゃおう」
「負け、癖……?」
「そうっすよ。"きもちいい" にルーチンを結びつけるっす。両隣からぎゅうっと押し潰されて、女の人の匂いを覚えたら、それを負けパターンにしちゃいましょう」
「に、日常生活に、差し障るんだけど……」
「いいじゃん。もしハロが一生ベッドから起き上がれなくなっても、全部ウチらがお世話してあげんだからさ」
それは本当に困る。
俺がなにを言い返すより先に、彼女たちはさらに肉圧を強めた。
「……っ!」
「はい、ハロの大好きなデカおっぱい、ぎゅうう〜……」
「ま、負けちゃいましょう。ハロくんが負けるとこ、自分、可愛くって好きっすよ……?」
「ほら、足開こうな〜。足先ぴんっと伸ばして、下半身集中」
「ずくずく、じくじく、きもちいいの溜まってきてますか? あったかいっすよね、大丈夫っす、怖くないっすよ〜……?」
──あ、やばい。これまずい。
いつものパターンだ。
快感だけですべて有耶無耶にされて、蕩けたところを寝室に連れていかれる、いつものやつ。
「ハロがウチらのおっぱいの中でずうっと蕩けててくれたなら、それが一番安心なんだよねえ……」
──ぼそり。
これまでのような茶化した感じのない、底冷えするようなそんなザリアの本音に、俺の身体は蛇に睨まれた蛙のごとく抵抗をやめてしまった。
負ける、負ける、負ける。
理性を塗り潰さんとする、そのじわじわとした快感の波に意識が持っていかれそうになったそのとき──
「ご、ごめんください! ハロ様はいらっしゃいますか!」
──屋敷の玄関扉がノックされた。
女性の声だ。すなわち来客である。
「ちぇ、いいところだったのに。今来るかよ〜……」
「こればかりは仕方ないよ。オズ、出てくれる?」
「かしこまりました」
俺からすれば救いの手だった。
玄関へと向かうオズと、気にせず向かいのソファで紅茶に口をつけ、愛おしそうにこちらを見つめるノーチェ。
ザリアとエギーユは未だ俺の身体をサンドイッチしたままだが、圧をかけることはやめてくれた。
まあ残念ながら、すでに腰がかくついてまともに立てる様子がないので、ここから脱出することは叶わないわけですが。
「こ、こんなに朝早くから来るものなんすね……」
「ハロが街の人から信頼されてきたってことでしょ。イイことだよ、ウチらからしたら面白くないけどさ」
ザリアもこの半年で、段々と独占欲を表に出すようになってきた。前から思っていたことではあるのだろうけど。
そのうちオズが戻ってきて、俺に報告する。
「旦那様、
「り、了解……悪いけど、ここまでお連れして」
「かしこまりました」
俺の指示に、オズは客室へと戻っていく。
そう、俺は今、このテラノンの街で町医者まがいのことをやっている。
あくまでまがいもの。
本物の医者ではないし、診療所を開いているわけでもない。わけあってお金を取りたくないので無償の活動である。
どうしてそんなことをしているのか。
きっかけを説明しようとすると、いくつかと前提の講義が必要になるのだが──
まあ結論から言えば、半年前に勇者の腕を調べたとき、俺は早いうちから気付いたのだ。
ああ、これは──
俺にも錬金術が使えそうだな、と。
テラノンの街の患者たち。
彼らは、俺の錬金術の実験台であった。
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