025 - ジルモザの火
今回の依頼者は「ジルモザの火」という鍛冶師の一団である。
ドゥーラの街を拠点とする "長老" ジルモザ、およびその弟子たちのコミュニティだ。とにかく古くからこの街に居座っている鍛冶師たちと考えていい。
そんな彼らの指定した集合場所は東門近くの広場だった。
「おい、見ろよあれ。レヴィ姉妹だ」
「あの白髪も例の竜殺しだろ? 本当にパーティ組んでんのかよ……」
同業者らしきパーティがいくつか、こちらを見てひそひそ言っているが丸聞こえだ。この依頼はD級相当のものなので、まあそのくらいの冒険者たちだろう。
遠征先までは移動に一日と少しかかるので、行き帰り分の食事や寝具を積んだ荷馬車がいくらか待っている。
そして同業者たちの他には、依頼主である鍛冶師たちが数人。冒険者顔負けの肉体を持つ筋骨隆々な男たちが揃う中、見覚えのある顔があった。
「……エギーユ?」
「あっ、ハロさん。おはようございます」
ギルドの鑑定士、エギーユがいた。
すらりとした体格で、女性というだけでもどこか浮いて見える。
こちらに気付くとぱたぱたと駆けてきて、ザリアたちにも遅れて頭を下げた。
「ざ、ザリアさんたちが依頼を受けてくれたって聞いて、とっても心強いっす! 今日からよろしくお願いします!」
「ああ、うん。ウチらはそのつもりだけど……え? お前、ギルドの職員じゃなかったっけ?」
「鍛冶見習いが本職っす! ギルドはその、バイトというか……」
ああ、そういえばバイトだったな。
たしかに彼女が鍛冶師であるというなら、魔物素材への知識も、売ってくれた私物の金属類にも納得がいく。ただそれにしても──
「エルフで鍛冶師!? 珍しいーっ!」
──俺の思ったことを、ザリアがそのまま言った。
エルフは森の種族。妖精の系譜に連なる長命種で、木の杖や弓、革の鎧といった道具を好む。
反対に金属を好まない。炎で鍛えた加工品など以ての外だ。
俺は鍛冶師たちの一団を見渡した。
長老と思しきずんぐりとしたドワーフの男を中心に、人間、犬頭の獣人、そしてエルフのエギーユ。見事に種族はバラバラである。
そんな中、長であるドワーフがずんずんとこちらへ歩いてくるのが見えた。
俺たちの会話はある程度把握していたようで、口を挟む。
「エルフは鉄に嫌われちゃいねえ。エルフが鉄を嫌ってるだけだ。ならば嫌いでないやつが打てばよい」
「わっ! し、師匠、お疲れ様っす……!」
エギーユはびくりと肩を震わせ、勢いよく背後を振り返ると頭を低くした。
白髭を蓄えた老ドワーフだ。背は低く、けれど筋肉のせいか存在感は大きい。腰には異国情緒を感じさせる装飾の曲刀が吊り下げられている。
ぎろっとした眼光が俺たちを見回す。
「レヴィ家の令嬢姉妹、それに竜を殺したとかいうガキだな。俺はジルモザという、今回はよろしく頼む。悪いが品のよい言葉は使えん」
「うん、問題ない」
「ウチらもタメ口利くけどイイ?」
ノーチェとザリアは平常運転。鍛冶師ジルモザはにいっと笑って構わないと頷いた。
俺は「よろしくお願いします」と頭を下げておいた。
挨拶は俺たちが最後だったようで、ジルモザはすぐに号令をかけた。すると荷馬車が動き出し、冒険者たちはそれについていく。
「わ、わわっ。もうはじまっちゃった……!」
「エギーユ、君も行ったほうがいいのでは」
「そ、そうします! 師匠っ、待ってくださーい!」
慌てて鍛冶師グループの方向へと走っていくエギーユを見送る。俺たちは顔を見合わせながら、荷馬車の最後尾を追って歩き出した。
*
今回の遠征の目的はキール鉱という魔法金属だそうだ。
これがまあとにかく採掘や取り扱いが難しく、そこらの冒険者に回収を任せるわけにはいかない。そういうわけで専門家を遠征先まで護衛するというやり方の依頼となっている。
依頼主と物資を荷馬車で運び、冒険者のほうは交代制で周囲を歩く。
これだけの人数で足音を鳴らしていれば、魔物はなかなか警戒して寄ってこなくなるのだが──
「ザリア、またゴブリンが出たみたい」
「マジ? なんか多いね」
──前のほうの冒険者たちが武器を構えた様子から、もう何度目かの魔物との遭遇を察する。
ノーチェの言う通り、現れた魔物はゴブリン。緑灰色の皮膚をした小鬼だ。
背丈は人間の腰に届く程度だが、筋力だけは人間以上。さらには知能が高く、道具や魔術まで扱うものもいるほどなので、まったく油断ならない相手である。
前のほうで交戦がはじまった気配があり、俺たちもそこに加勢する。
「浮かべ、極星天球図」
やはり弾幕と言えばノーチェ。
渡したペンダントを「使わせてもらうね」と言って握りしめ、無数に展開した夜色の魔弾を一斉に放つ。魔弾は次々にゴブリンたちの急所を射抜いていく。
ザリアはといえば、前衛のほうへ駆け出し無双のようにゴブリンを斬り殺している。片手には長剣、その刀身はうっすらと薔薇色の魔力を纏っていた。練習中だそうだ。
この戦力だ、まあ正直そこまで頑張らなくてもなんとかなりそうな戦いだが──
「俺もやろう。
──経験を積むためにも参加しておく。
魔法陣を展開、そして回転する刃と化したインクを飛ばし、遠方から弓を引き絞ろうとしていた個体の顔面を切断。
ブーメランさながらに戻ってくるインクを回収しては、遠距離から次々に狙い撃つ。
案の定、ゴブリン退治はあっという間に片付く。手馴れたものだ。
ザリアは依頼主への報告のために荷馬車へと向かい、その場に残ったノーチェはふと首を傾げた。
「……インク、大きくなってない?」
「え?」
どうだろう、あまり気にしていなかったが。
ノーチェの言葉を確かめるため、ひとまずインクを瓶の中に戻してみると……あれ? ちょっと増えているか?
これまでは八分目ほどに収まっていたボディが、今では栓のギリギリまでみっちりと詰まっている。
「インクって増えるの?」
「いや、そんなことはない。液体を取り込んで一時的に大きくなることはあっても、すぐに元のサイズに戻るし……」
……というかノーチェのペンダントを作るためにもインクのボディを少々拝借したのだから、その分の嵩だって減っていなければおかしい。
だというのに結果はこれだ、減るどころか増えている。どういうことだ?
「……まさか竜血か?」
インクがなんらかのイレギュラーを獲得する機会があったとすれば、直近ではそれくらいしか思いつかない。
竜血とはきわめて強い魔術触媒であると同時に、竜が持つ驚異的な再生力の源でもある。
なにか影響を受けたのか? それとも取り込んだ? 竜の再生力、つまりは魔力を元手に肉体を増殖・再生させる力を丸ごと手に入れた、なんて都合のいいことはさすがにないと思うのだが……
「ものは試しだ。ノーチェ、インクに魔力を流し込んでみてくれない?」
「うん、わかった」
再び瓶から取り出したインクに、ノーチェは手で触れて魔力を注ぐ。
そしてその瞬間──インクは
「わっ!?」
どくどくと脈打つようにして震え、弾けるように膨張したインク。
ノーチェは咄嗟に手を離し、するとインクの増殖は停止した。
「ま、魔力で増えるようになっちゃった……?」
「……こいつは要検証だな」
大体元の二倍くらいのサイズになってしまったインク。半分を元の瓶の中に戻し、するともちろん半分が余る。
仕方なく瓶をもうひとつ用意して、俺はそれを腰に吊り下げた。まさか本当に増えるとは。
「……どうするの?」
「さあ、なんとかするとしか」
まあ悪い話ではないのだ。使いこなすことができれば強力な武器になる。
休憩中や、夜の見張りの時間にでも検証してみよう。
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