暴食魔王 with the スワンプマン 〜魔力なしの俺がひたすら魔術を研究した結果、気付けば厄災級のラスボスになっていました。過保護な令嬢たちに溺愛されながらも自由に生きます。〜

卵座

第一章 - 鏡像の姉妹編

001 - 狂人は魔術に憧れる


 女魔術師ザリアは困惑した。

 夜闇の下、薔薇色と黒の入り交じった自慢の長髪が荒風に吹かれる。


 目の前では巨大なトロールが魔術による突風を巻き起こす。けれどザリアを戸惑わせる最たるものはそれではなかった。


 一番に、ザリアを守るように前に立つ白髪の少年だ。


 自分よりも二つ、三つほど年下だろうか。

 ひょろっとして頼りなく、背丈もさほど大きくない。間違ってもフィジカルには期待できない。それに何より──


 ──彼には魔力がない、と聞いている。


 モスカネイラ家の落ちこぼれ。

 次男坊ハロは魔力なしである。


 だから次に少年ハロが紡いだ言葉に、ザリアは目を見開いた。


「──呼び水コール

「はっ? 魔術……!?」


 それはごく一般的な初歩魔術の名。

 そして直後、少年の正面に展開されたのは巨大な魔法陣だ。


 黒々としたインクのような液体が宙で魔法陣を描き、大きく膨れ上がった魔力を孕みながら、さらに魔法陣は形を変える。


 黒インクは渦巻き、槍を成し──

 そしてトロールの喉元を穿つと、吠える巨体を沈黙させた。


 トロールはたったの一撃で崩れ落ちた。


「な、何がどうなってんの……?」


 あの魔法陣は何だ?

 あんな禍々しいものをザリアは知らない。


 そもそも呼び水コールとは水魔術の基礎──

 ただ水に魔力を通し、形を整え、魔術の下地を作るための術式。それがトロールを突き殺すなど聞いたことがない。

 

 魔力を持たないはずの少年が見せたその奇跡に、ザリアは呆然と見蕩れながら──



 これまでの経緯を回想する。




 *



 世間では名の知れた魔術師姉妹、ザリアとノーチェ。

 ふたりがわざわざ山をみっつも超えて辺境の田舎町にやってきたのは、とある魔術論文が目に留まったからだった。


 それは「魔力の形状的特性が土地に及ぼす影響」とかいうなかなかにマニアックな代物で、モスカネイラという小さな男爵家の跡取り息子が書き上げたものらしい。


 モスカネイラ家は凡庸な地方貴族だが、魔術師の家系としては歴史が深い。

 ならば論文に書かれた以外にもなにか面白いものが転がっているのでは、と自分たちの足で領地へと向かった次第である。


 ただし結果としては、これは無駄足だった。


「はあ、なんかダメダメじゃなかった? あの長男、ホントに論文なんて書いたのかな」


 宿の一室、ここにいるのはぐだりと疲れきって駄弁り合う二人だけ。


 片方は魔術師姉妹の赤い方──

 ザリアはベッドに腰掛け、双子の片割れに肩を預ける。


「基礎もなってない。どうせゴーストライター」


 もうひとりは青い方──

 藍の束が混じったその艶やかな黒髪を、ついさっきまで片割れに手入れしてもらっていた彼女はノーチェという。


 ぼうっと手元の本を眺めながら、ノーチェは抑揚のない声色でザリアの言葉に応じる。

 

 モスカネイラ家の応対は期待外れだった。

 論文の著者であったはずの長男は、ノーチェの言葉通り「基礎もなってない」凡才だった。


 何を聞いても出てくるのは論文に書いてあることのみで、少し深堀りすれば慌てたように見当外れな誤魔化しが返ってくる。


 ノーチェの言うように代行者がいるのか、あるいは誰かの研究の手柄を奪い取ったのか……いずれにしても地方貴族がやりがちなことではあるけれど。


「ああもう、今思い出しても生意気……あいつらウチのノーチェにべたべたしやがって〜!」

「何もされてないよ」

「そうだけど! ウチがイヤなの! っていうかノーチェは縁談の話されなかった?」

「されたよ」

「うわーっ! サイテー! ウチもされた! そもそも爵位が見合ってないっつうの、身の程知らずの田舎貴族がよう」


 ぱたぱたと足をばたつかせて苛立つザリアを、ノーチェはふっと笑ってぎゅうと抱きしめた。


「ザリア、もういい時間。林に行こうよ」

「んっ……ああ、そうだったね」


 ──昼間にモスカネイラ家を訪問したとき、屋敷裏の林を覗こうとして領主と長男に止められた。

 当人たちは「狩猟のための林」と言い張ってはいたが、姉妹はそこを疑っている。

 魔術研究をしているのがあの長男でないとしても、ならば代わりの研究者をどこかで子飼いにしているのではないかと考えたのだ。


 だからふたりは忍び込むことにした。


 宿を出て、静かな夜の町を行き、屋敷を通り過ぎればすぐに目的の林だ。

 ランタンの灯に照らされた足元は土が踏みならされていて、思いのほか快適に歩くことができた。


 姉妹が少年と出会ったのは、そんな林の中だった。


 下手をすればこちらのランタンのほうが頼りになるのではないかというような薄明かりの小さな塔。

 その暗い庭先の切り株に、白い髪の少年はじっと座っていた。


「はっ? 長男よりガキじゃん……!?」

「もっとおじさんかと思ってた」


 ああもマニアックな研究テーマを扱っているのだからさぞ立派なご老体が出てくるのかと思えば、出会ったのは大人しそうな少年だ。

 ふたりの失礼極まりない言葉に少年はゆっくりと振り向き、首を傾げる。


「……誰?」


 ぼそっとした掠れ声。

 声が小さいのは覇気がないというより声帯を使い慣れていないのだろうと姉妹は思った。


 本当にこの少年なのか? 疑わしい。

 けれど少年は膝の上に使い魔らしき黒色のスライムを乗せていて、ひとまず魔術に縁のある人間であることは窺い知れた。


 しかしその推測は、ザリアが少年の名前を尋ねたことで崩れ去る。


「白いの、名前は?」

「……ハロ・モスカネイラ」


 姉妹は顔を見合わせた。それは知った名前だったからだ。


 モスカネイラ家の落ちこぼれ──魔力なしの次男坊。

 昼間に会ったモスカネイラ家の人間は皆黒い髪をしていたが、目の前の少年はそうではない。どうも遺伝的な変調があるのかもしれない。


 いずれにしても、それならば著者は彼ではないのだろう。

 魔力のない人間が魔術の研究などするはずないし、できるはずもない。


「家の人間がなんでこんな場所に……うわっ、もしかして家に入れてもらえないの?」

「……まさか、魔力なしだから?」

「そういう家なんでしょ、魔術血統主義にはありがちだけど。マジ最低だね」


 境遇を察したザリアとノーチェ。

 この家での少年の扱いはおおむね彼女らの推測した通りで、まあよくある話。


 しかしハロはひとつ訂正した。

 膝の上のスライムを片手間に撫でながら、ぱっちりとした瞳がふたりを見る。

 

「いいよ、ここの方が便利だ。いくら怒られないし」


 ──暴発?

 いや、言わんとしていることは分かった。魔術の研究には事故が付き物だ。

 ゆえにこうして屋敷から離れた場所に研究塔を構える家は多いし、姉妹がこの林を疑ったのもそういうわけだ。


 だが、それならば──

 まさかこの子供なのか? 魔力がないとされたこの少年が?


 思えばおかしいこともあった。


 たとえば彼の膝の上で大人しくしている黒スライム。

 最初は使い魔かと思ったが、そもそもハロが魔力なしならば契約魔法など使えるわけもない。一体どうやって──


 ──異変が訪れたのは、姉妹がそんなふうに思考を巡らせたときのことだ。


「……ザリア」

「なに? ノーチェ」

「何か来てる」


 まず察知したのはノーチェ、次にザリア。

 それは林の向こうからやって来る足音と振動だ。おそらく魔物、それも随分と大きい。その直後、暗闇の向こうから現れたのは──


「と、トロール……こんな人里近くに!?」

「……珍しいね」


 世に恐れられる怪力の巨人。

 苔むした石のような肌、ぶよぶよとした肥満体ながらその全身は筋肉の塊であり、危険度の高い魔物として常に冒険者たちからマークされる。こんなところを歩いていていい魔物ではない。


「また来たのか。最近多いな……」


 ぼそりと言うハロにふたりはぎょっとする。

 魔力なしが相手にできるような魔物ではない──けれど少年は下がらない。


 座ったまま逃げる様子も見せない彼にザリアは苛立った。


「ち、ちょっと白いの! ウチらはさっさと塔の中に……ああもう、ノーチェ! やっちゃって!」

「うん、任せて」


 ハロの襟首を引っ掴んだザリアと、前に出たノーチェ。

 彼女が手のひらをトロールへと向け「浮かべ」と唱えれば、深い藍色の魔力がそこに集まる。


 無数の刃となった闇の魔力片は一斉にトロールへと放たれるが──


「ウオオオオオオオオン──!」

「……風の魔術?」


 ──咆哮と共にトロールの周囲に逆巻く突風の魔術、それはヴェールのように刃を弾く。


 しまった、思っていたより知性のある個体だ──とノーチェが認識を改めたそのとき、しかし彼女の前に出たのは少年ハロだった。

 ザリアの手を振りほどいて強引に躍り出ると、両手に抱えたスライムを彼は撫でる。


「今日の実験を始めるぞ、


 インク──

 そう呼ばれた黒曜石のような色のスライムは、すると彼の腕の中でぐずりと蠢いた。


 普通のスライムよりもさらさらとした、まさしくインクのような液体の身体だ。

 うごめき、宙へと浮かび、スライムは魔法陣へと姿を変える。



 ──そのあとは一瞬であった。

 少年の呼び声に応えるようにスライムはその魔力を膨れ上がらせ、槍となってトロールの喉を貫いた。


 急所を穿たれたトロールはぐらりとよろめき、やがて崩れ落ちる。

 巻き上がる土煙と地鳴りに足を取られながら、ザリアとノーチェは息を呑んで呆然とする他になかった。


「な、何がどうなってんの……?」

「スライムを筆代わりにした魔法陣の構築、さらにそのスライムを水魔術の素体にまで転用……り、理屈はわかるけど、意味わかんない……」


 普段ぴくりとも表情筋を動かさないあのノーチェまで「なにを食べたらそんなことを思いつくの……?」と表情を引き攣らせている。

 ザリアだって同じ気持ちだ。やっていることは魔術師として邪道も邪道、だがそんなことより──


「白いの……じゃなくてハロ! お前、魔力なしじゃなかったの!?」


 砂煙の晴れた先で、ザリアの言葉に少年はゆっくりと振り返った。

 自嘲するような笑みを浮かべて、掠れた声で彼は言う。


「仕方ないだろ、憧れちゃったんだから」


 魔力がなくたってやるんだよ、とハロは笑った。



 ──崇高なる勇者でもなければ偉大なる大魔術師でもない、これはただの狂人の物語だ。

 魔力を持たずに生まれ、けれど魔術の美しさに魅せられた狂人ハロの探求と執着の記録──


 そしていずれは魔王へと至る研究譚である。

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