第4話 アルバイト希望の幽霊を追い出せ!
「こんにちはー!」
の声と共に若い女性の幽霊が扉をすり抜けて入ってくる。この時点でものすごく嫌な予感がする。また面倒ごとが起こるのではないかと思う。
「こんにちは」
「なかなかいいところですね!」
「はぁ」
俺が困惑している間にも若い女性の幽霊は店を見回している。
「すいません、何か用ですか?」
「いえ、良い雰囲気の場所を見つけたので来ちゃいました!」
「そうですか。落ち着いたら帰ってね」
「え?」
「え?」
「いや、アルバイトの応募をしに来たんですけど…?」
は?アルバイト?幽霊なのに?お客もいないのに?
「うちアルバイト雇ってないよ。お客居ないから給料も払えないし」
「お金なんていりませんよ。幽霊なんですから持ってても使えませんし」
「え、じゃあ何のために働くんだ?」
「働きたいからです!」
理由になっていない。
「悪いけど、うち以外のところで働いてくれ」
「そうですか…残念です…」
若い女性の幽霊はしょんぼりしながら帰っていった。俺は帰る場所のある幽霊もいるんだなぁなんて思いつつ、営業の準備をする。今日もお客は来なかった。
その日は家に帰り、一人でビールをあおる。最近はそんな日々が続いている。幽霊お悩み相談室をやるにも幽霊のことをもっとよく知らないとなぁと思いながら缶に入ったビールを一気に飲み、布団に飛び込む。俺は目を瞑って眠った。
朝起きて準備していつも通りお店に向かう。お店の前に着くと、違和感を覚える。少し騒がしい。扉を開けると昨日帰した幽霊とトレーニーの幽霊が仲良く接客の練習をしていた。
「違うぞ新入り!もっと三頭筋を意識していらっしゃいませと言うんだ!!」
「マッチョ先輩こそ違います!もっと上目遣いで!」
「あっ、店主さんおはようございます、来て早々申し訳ないんですけど二人を止めてください…」
記憶喪失の幽霊が店の隅っこで迷惑そうな顔をして言う。
「店長!おはようございます!」
「店長さんおはようございます!」
「おはよう。いやそうじゃなくて君たちなにやってんの?」
気持ちよく挨拶されたのでつい挨拶を返してしまったが。
「接客の練習っす!」
「マッチョ君はともかく、君は雇わないって言ったはずなんだけど」
「はい!なので無給で勝手にやろうかと!」
あっ、ダメだ、こいつも話の通じないタイプの幽霊だ。
「まぁとりあえず座れ」
「はい…」
若い女性の幽霊は地べたに正座し始めた。
「違う、椅子だよ」
「あぁ!すみません!」
椅子の前で立ち尽くす幽霊。
そうか、椅子に触れられないから座れないのか。
「幽霊だから座れないのか…」
「はい…」
残念そうにしながら地べたに座った。
「新入り。空気椅子って分かるか?」
「なるほど!マッチョ先輩は天才です!!」
「そうだろうとも。ふふふ」
若い女性の幽霊は椅子の上で空気椅子をすることによって、傍から見たら椅子に座っているように見えている。そういえば記憶喪失の幽霊も最初椅子に座っているように見えていたことを思い出した。
「いやでも空気椅子って辛くない?」
「幽霊は浮けるので大丈夫です!」
そう言われればそうだ。こいつら歩いても足音一つしないしな。
「まぁあれだ、なんでうちで働きたいんだ?」
俺は若い女性の幽霊に向き直り、真剣な顔で聞く。
「私は若くして死んでしまったので働いたことが無いのです」
「そうか、何歳で亡くなったんだ?」
「15歳です。病気で死にました」
15歳。15歳が病気で死んだというのなら、この子の青春は病室だったのだろう。バイトにあこがれを持ちながら、それを心残りに亡くなって幽霊になってしまったのか。
「君の悩みというか、心残りは働いてみたいという事かな?」
「働いてみたいというか、青春したかったです。バイトとか、青春じゃないですか!」
「うちは個人居酒屋だし、思ったような青春は出来ないと思うけど…」
「いいんです。彷徨ってた時に見つけたんですけど、楽しそうな雰囲気の店だなって外から見てたので」
この子来たのマッチョ君を投げ飛ばした後だったよな。それ見て楽しそうだと思ったのか…?
「そ、そうか…」
「はい!ぜひ働かせてください!」
働くったってお客も来ないから仕事も無いんだけどなぁ…幽霊だし何も払えないしどうしたもんかなぁ。
「料理とか興味あるか?」
「あります!」
最後は病院食ばかり食べてたんだ、薄い味に健康的なメニュー、食に楽しみが無かったのかもしれない。幽霊だから食べられないし、作ることも難しいだろう。だが、成仏した後天国で何か作れるように教えてやろう。
「分かった。食べられないかもしれないが、作り方だけでも学んでいけ。いつか作れるようになった時の為にな」
「わぁ!ありがとうございます!!」
成仏するその時まで、生前出来なかった楽しい思い出をここで作るがいい。幽霊ってやつは何かしら抱えているんだろう。未練があるからこそ現世に残ってしまう。この場所が幽霊を集めてしまうのならば幸せな思いをさせて、成仏して消えてもらおう。幽霊が居なくなればきっとお客は戻ってくるはずだ。
だが思い出す。記憶喪失の幽霊は光の粒になって消えたはずである。なのにちゃっかり次の日には戻ってきていた。あれは成仏ではないのか?
「記憶喪失の幽霊さんよ、そう言えば一昨日成仏してなかった?」
「へっ?」
急に話しかけられて狼狽えている。
「いや、一昨日光りながら消えたじゃん?あれ成仏じゃないの?」
「あぁ、違うみたいですね。昨日の朝気が付いたらここに居たので」
「そっか」
「えぇ」
成仏じゃないのか。光りながら消えたり物に触れなかったり幽霊って不思議だな。
「パイセンそんなことできるんすか!!!」
「やろうと思ってできるわけじゃないけどね」
トレーニーの幽霊が食い気味に聞いている。マッチョ君は圧があるので記憶喪失の幽霊もちょっと引き気味に答えている。
「俺もできるように練習するっす!」
ポルターガイストで筋トレを始めたので、俺は二人を放っておいて、若い女性の幽霊を厨房に案内した。
「料理の経験は?」
「無いです!」
「うちで作っている簡単なものから教えていくよ」
「はい!」
新しい幽霊が増え、いつもより賑やかに夜は更けていった。
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