居酒屋怪奇譚

五十嵐

第1話 店の隅っこに幽霊が!

 俺は都内で個人の居酒屋を経営している47歳だ。結婚もして今年20歳になる息子もいる。そんな俺だが、最近悩みがあるのだ。それはお店にお客さんが全く来ないのだ。ここ三日全く来ない。人っ子一人来ない。代わりと言ってはおかしいのだが、店の隅にちょっと色素が薄い人が居る。人…かどうかは分からない。後ろの壁が透けて見えるので多分人じゃないと思う。


 その人(?)はお客さんが来なくなった三日前から居る。つまりコイツのせいでお客が来ないのでは?このままでは商売あがったりである。追い出さなければならない。


 俺は勇気を出して恐る恐る体が半透明で透けている人に話しかけてみる。


「すいませーん…ちょっといいですか?」


「はい、なんでしょう?」


 わぁ、思ったよりも気さくな人だ。


「そこに居られると困るんですけど…」


「すみません、行くところが無いもので」


 行くところが無い?俺の中のイメージでは幽霊はどこでも行けて、スケベな奴は女湯覗いたりするもんだと思っていた。


「どういうことですかね…?ちょっと分からないので詳しく教えてもらっても…?」


「あっ、もしかして幽霊にあんまり詳しくない人ですかね?見ての通り私は幽霊なんですけども、生前の記憶が無いものでどこに行ったらいいのか分からないのです」


 ふむ、こいつは自分を幽霊だと気付いているタイプの幽霊か。悪霊ってわけではなさそうだな。それに記憶が無いのか。


 すこし不憫だなと思いつつも幽霊が店に居たんじゃ気持ち悪くってお客も来ないだろう。追い出す方法を考えてみよう。


「店主さん、私は何者なんでしょうか?」


 しらない。知らない人の正体なんて知るわけがない。俺が分かるのは体が透けた男の幽霊って事だけだ。


「何者かは分からんけど…なにか持っているものとかはないんですか?」


 幽霊が身分証明書なんか持っていればだれか分かるんだけどなぁ。そもそも幽霊って何か持ってるんだろうか。服装は死んだときのままなのだろうか。そのままならそしたら財布くらいは持っているだろう。


「何も無いですね…」


 何もない…か。なら別の角度から探っていかないといけない。正体が分かれば成仏して消えてくれるかもしれない。面倒だがいろいろ聞いてみよう。


「じゃあ死んだあとどこに居たんですか?」


「気が付いたら、大通りの交差点に居たんです。なぜここに居るのかも分からず、目的もなく歩いていたら偶然この居酒屋を見つけたので入りました」


「何でこの店なんだよ…」


 つい悪態をついてしまう。


「お客さんが誰もいなかったからです」


 やかましいな。この店は個人でやってる小さな店だからお客が少ない事の方が多い。


「自分が幽霊だと気が付いたきっかけは?」


「道行く人が私の体をすり抜けていくんです」


「あー、なるほど」


「私は幸運でした。落ち着ける場所と話をしてくれる人が居て」


 こっちはお客が来なくて不幸だけどな。


「一週間自分が何者かもわからずさまよい歩いていたので、店主さんに会えて本当に良かったです」


 幽霊は笑顔だった。それもそうだろう、一週間誰からも認識されず、自分が何者かもわからず、わかるのは自分が幽霊だって事だけ。心細かっただろう。


「幽霊の兄ちゃん。嫌いな食べ物はあるか?」


「えっ、無いですけど…」


 幽霊が目を丸くしている。


「そうか、ならいいんだ」


「ほら食えよ。一週間何も食べてないんだろ?」


 具がたくさん入ったおでんを幽霊の前に差し出す。


「いいんですか?」


「いいよ。幽霊がメシ食べられるかは知らんけど」


 お客が来ないので廃棄になる予定だし、幽霊が食べてくれるとありがたい。


「いただきます」


 幽霊は手を合わせてから箸を手に取った。しかしそこで手が止まる。


「食べないのか?」


「いえ、嬉しくて…」


 幽霊が半透明だったので気が付かなかったが、目にうっすら涙を浮かべている。それに幽霊の体が少し光っているような気がする。


「ま、落ち着いたらゆっくり食えよ」


「はい、ありがとうございます」


 どんどん幽霊の体の光が強さを増していく。


「店主さん。どうやらもう私はこの世界に居られないみたいです」


「そうか。でも記憶とか戻ってないんだろ?」


「ええ、いいんです。自分が何者か知るより、誰かにやさしくされたかっただけなのかもしれません」


 少しずつ幽霊の体の光は強くなり、透明になっていく。


「店主さんありがとうございました。またどこかで会いましょう」


 そう言い残すと幽霊は光の粒子となって消えていった。


「結局おでん食べないのかよ…」


 幽霊を追い出すという目的は果たしたが、少し寂しい気持ちになった。


幽霊が残したおでんを食べてその日は店じまいをしたのであった。

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