雨の福音(アヴェ・リデル)
兎束ツルギ
沈黙の祈り
第1話 灰の街。雨の朝
シトシトと、重たい雨が落ちていた。
森を覆う分厚い雲が一筋の光さえも許さず、枝葉の隙間から滴る水は、絶え間なく地面を叩き続けている。
深い森に抱かれた小さな街は、その存在を消すように息をひそめていた。
石と木で組まれた家々は濡れた屋根を垂らす。
軒先の板は雨をうんと吸って黒ずんでいた。
窓辺に灯された明かりはゆらゆら揺れており、通りには人の気配はない。
人の代わりに、湿り気を帯びた空気が路地を闊歩していた。
小さな街の中央にある小さな教会は、尖塔の影を灰色の空に溶かし込んでいる。
鐘は鳴らされず、固く閉じられた扉のその奥。祈りの声とすすり泣きの声がくぐもっていた。
沈んだ水の底からわずかに届く音のように、世界に取り残されているようだった。
そして、その声に加わることなく、教会の外に座り込む影。
雨に打たれ続ける少女は、段差の脇に小さな膝を折り、泥に沈むように体を縮めていた。
金色だった髪は水を含んで鈍く垂れ、額から頬へ、顎の先へと滴り落ちる。
薄い布の服は肌にまとわりつき、冷えきった体をさらに重くどこまでも沈めていく。
指先は泥を掻いたまま、意味を失ったように止まっていた。
爪に入り込んだ黒土が小さな手を汚しても、拭おうとはしない。
肩は震えているのに声はなく、吐く息さえ重たく落ちていく雨に呑まれていた。
教会の扉の奥にある現実を、まだ受け入れることができないからだ。
街全体が灰色の雨に沈むなかで、その小さな背中は音も色も失っていた。
長い睫毛に溜まった雨が、雫となって落ちていく。
瞬間に近い時間、それが永遠に近い時間に感じるほど少女の思考は巡っていた。
雫が足元の水たまりに沈んでいく。
「まだ僕のことを好きでいてくれるのかい?」
少年のことだけ考え続けていた少女。
少女の耳に届いた声は、少女が愛した少年の声だった。
冷たい白い息は、興奮の色が混じり、指先の泥を巻き込むように、指に、手に、腕に、力が入っていく。
少女は、ずしりと重たい体を持ち上げた。
「待ってて。。。」
強くなってきた雨足に、少女の声はかき消され、誰にも届きはしなかった。
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