闇を継ぐ者は、世界を描き直す

黒羽レイ

第1話 闇を継ぐ者、誕生

――気づいたときには、俺は泣いていた。

 赤子の泣き声が響く。温かい腕に抱かれ、見上げた天井は知らない屋敷の天井だった。


 「……おめでとうございます、公爵様! 立派な男の子です!」

 「そうか……ノア。――お前はこの家の“希望”だ」


 その声を聞いた瞬間、幼い意識の奥底で、何かがざらりと動いた。

 ――ノア。俺の名前、か。


 世界がゆっくりとぼやけていく。

 そして、再び目を開けたとき、俺は公爵家の長男・ノア・ヴァン=エルディアスとして生を受けていた。


 ◇


 十年後。

 青空の下、訓練場で杖を構える俺の姿があった。


 「ノア様、今日も訓練ですか?」

 「少しだけな。……父上には負けていられないから」


 風が吹き抜け、砂埃が舞う。

 周囲の少年たちは火、水、風、光――さまざまな属性魔法を練習していた。

 だが、俺だけは違った。

 ――俺の魔力は、“黒”だ。


 放った魔力は、空気ごと沈み込み、光さえも吸い込んで消える。

 「やっぱり……不気味だな」「闇属性、か……」

 小声が背中に突き刺さる。

 珍しい属性。いや、“忌み子”と呼ばれる方が近い。


 けれど俺は、その声に構わなかった。

 力の制御が難しいのは事実だ。

 でも――この力の底には、まだ何かある。


 「……飲み込め」


 無意識に呟いた瞬間、周囲の魔力が吸い込まれた。

 炎も、水も、風も――全部だ。

 世界の色が、一瞬だけ暗転する。


 気づけば、掌の中でそれらの魔力が渦を巻いていた。

 再構築するように、形を変え、再び炎となって噴き出す。


 「なっ……!? ありえない……!」


 遠くで教師が叫んだ。

 同時に、俺の頭の奥に鈍い痛みが走る。

 胸の奥から、冷たい声が囁いた。


 ――それが“闇”の理(ことわり)だ。


 ふっと、視界が揺らぐ。

 誰も知らないが、俺の瞳には一瞬、光が消えた。

 周囲の世界が透け、空気の裏側に見えない線が浮かぶ。

 まるで、この世界そのものが“構造”として見えるように。


 そして――どこか懐かしい感覚が胸に広がった。


 ……この感覚、知っている。

 この世界の“構造”。

 この街、この魔法体系。

 俺は、どこかで、これを――


 「……いや、まさか」


 頭の奥が焼けるように熱い。

 崩れかけた記憶の断片が、少しずつ形を取り戻していく。

 文字、設定、キャラ、プロット、台詞。


 そして、全てを繋ぐ言葉が、心の奥底で響いた。


 ――この世界は、俺が書いた物語だ。


 その瞬間、世界の色が完全に反転した。

 風も、音も、光も。

 全てが“知っている”。

 俺の物語。俺が創った登場人物たち。


 ……そして、俺が破滅させた“悪役貴族”。


 胸の奥に冷たい笑みが浮かんだ。

 「なるほどな。原作者が、自分の物語の中に転生したってわけか。」


 視界の端で、黒い魔力が静かに揺らめく。

 それは闇ではなく、“始まり”だった。


 「――いいだろう。描き直してやるさ。全部、最初から。」


 闇を継ぐ者は、静かに笑った。

 そして、その瞳の奥で、《深淵眼》がわずかに輝いた。

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