第6話
ひとまず重たい奇晶の黒い塊をユランに返してどうしようかと惑っていると、戻ってきたガルデニアの手には茶色い封筒があった。
それをポーチカの前に差し出す。
「あの……」
「これで足りるかは知らんがな」
「いえいえ」
ポーチカは慌てて首を振った。
「ですから、受け取れませんよ。返せるあてもありませんし」
「別にいつでもいい。俺が先に死んだら返さなくてもいい」
「そ、そんなこと言われましても……」
ガルデニアの態度は頑固そのもので、ポーチカは助けを求めるようにユランを見上げた。珍しく意図を察してくれたのか、ユランは浅く頷く。
「……ガルデニアさん」
ユランが口を開いた。
「おれは、余計な借りを作るのは嫌いなんだが」
言い終えて、沈黙。
……もう一言! 相手を配慮するもう一言を!
ポーチカは内心で叫ぶが、ユランは役目は果たしたと言わんばかりにそれきり黙ってしまった。
ガルデニアはポーチカの手を取ると、封筒を押し付けた。
それなりに厚みがある。
いくらくらい入っているのだろうと思わず推測してしまう自分の卑しさに、ポーチカは苦笑いしそう気分になる。
「使わない金なんだ。あんたたちに使ってもらえれば、嬉しい」
「……」
ポーチカは手をつかまれたまま、皺の刻まれたガルデニアの顔をじっと見つめた。
「ガルデニアさん。このお金は、きちんと用意してあったものですよね。本当は何に使うものだったんですか?」
口を閉じたガルデニアの、その瞳が僅かに翳った。
踏み込み過ぎかもしれない、とポーチカの頭の奥で声が聞こえた。
しかし、少なくはない額を会って数日の他人に渡そうとしているのである。断るにしても、もう少し事情を聞いたうえで断りたかった。
ガルデニアは「よくある話だ」とポーチカに封筒を無理やり掴ませて手を離した。
ズボンのベルトにぶら下げていた雑巾を取ると、ユランの背後にある階段の手摺を丁寧に拭き始める。
「俺の息子は狩人ギルドで狩人として働いていた。ある時、魔物の狩りで運悪く死んだ。それは息子のために貯めていた金だ」
話はそれだけだった。
必要最小限の情報、ということなのだろう。
ガルデニアはそれきり黙って手摺を磨きながら、下に降りていく。
ポーチカは封筒を握りしめた。
「それは……そんな大事なお金、ますますいただけません。他にもっと、ガルデニアさんにとっていい使い方があると思います」
「妻も昨年死んだ。他に家族はいない。自分の葬儀用の金は残してある。いらない金なんだ、それは」
返す言葉を失う。
ガルデニアが手摺を拭く音だけが響いていた。やがて、その音も止まる。
「自分の子供が」
重々しい言葉。
「やりたい仕事を見つけたんだ。危険な仕事でも、応援してやりたかった」
ガルデニアは手摺を見つめている。
「だが、やっぱり我が子が死ぬのは、耐え難いものだ。それが、
どんな病や怪我、呪いも癒す精霊島でしか得られない薬だ。
その秘薬を得るためには精霊島に行く必要があり、そのためには精霊に大量の奇晶を献上しなければならない。
狩人ギルドは、秘薬を求める富裕者から莫大な依頼金をもらって魔物を狩り、奇晶を集めている。上級のような危険な魔物も相手にするのだから、命を落とす者も少なくないはずだ。
「あんたたちは、自分のために危険を冒して奇晶を集めてるんだろう。ただ金のためにやっているギルドとは違う。俺は、するならあんた達の方に肩入れしたいだけだ」
ポーチカはユランの無表情な横顔を見上げた。
──
少し前にユランが言った言葉をポーチカは思い出す。
「ぼくが
「呪い……」
ガルデニアは雑巾をベルトに引っ掛け直して、階段の少し下の方からポーチカを見た。
「料理の味が消えるというあれか」
ポーチカは頷いた。
料理の手伝いはできないことを説明するために、ガルデニアには初めに伝えていたことだ。
「ぼくは他の誰のためでもなく、料理人になりたい自分のためにやっています。間接的にでも誰かの助けになっている狩人ギルドとぼくの、どちらがよりよいのか、比べることはできないのかなと思います」
暫し黙ってから、ガルデニアは静かにユランを見た。
「……ユランさんは、友人のためだったか」
ユランもちらとガルデニアに視線を向けるが、すぐに手元の奇晶に戻した。
「ずっと意識がないやつだ。助かることをそいつが望んでいるのかは、おれは知らない」
ややあって、「わかった」とガルデニアが微かに苦さの混ざる笑みを浮かべた。
「こう言おう。俺はあんたたちが気に入ったんだ。とても……とても大切な金だが、あんたたちに役立ててほしい」
「……」
「そうしてくれれば息子も、妻も、俺も、報われる。きっと」
手の中の封筒が、ずしりと重たくなった気がした。
これを受け取る資格が果たして自分にあるのだろうかとポーチカは思ってしまう。
自分なんかが──
その時だった。
玄関のドアがやかましく叩かれる音が2階まで響いてきた。
「おい、管理人はいるか」
外で誰かが怒鳴っている。
「狩人ギルドの『ウルハの盾』の者だ。聞きたいことがある。いるならすぐに出てきてくれ」
ポーチカとユランは顔を見合わせる。
「……あんたたちは出てくるなよ」
そう告げて、ガルデニアは静かに階段を降りると、玄関へと向かって行った。
味を消してしまう呪いにかけられた料理人見習いと、味のわからない狩人の青年の旅 青桐 臨 @8kiroku8
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。味を消してしまう呪いにかけられた料理人見習いと、味のわからない狩人の青年の旅の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます