第5話
ポーチカは目覚めるとベッドにいた。
部屋の中には窓から明るい日差しが差し込んでいる。
あれ? とポーチカは不思議に思う。
何でベッドで寝ているのか。
奇晶を茹でようとしたところで記憶が途切れていた。
布団を剥いで体を起こしてみると、昨日の格好から着替えてはいない。
──処理して、それから寝たんだっけ?
そういえば、さっきから扉がどんどんとやかましく叩かれている。たぶんこの音で目覚めたのだ、とポーチカはようやく気がついた。
「──おい、ポチ! 起きてるのか!」
ユランの苛立った声に「はいはいっ」と反射的に返事をする。
ベッドから転げ落ちそうになりながら扉に向かい、急いで開けると、見る者を凍らせそうなほどに冷たい顔をしたユランが立っていた。
「……いつまで寝てる」
「す、すみません……」
ユランは小さく溜息をつき、ユランでも両手で抱えるくらいの黒い塊を「これ」と見せてきた。
「どうすればいい」
「ん? はい? な、なんです? この黒いの」
「奇晶だ」
「は?」
黒い岩だ。
これが昨日のシノドの奇晶?
「あんたが火をかけたまま寝たから」
仏頂面でユランが語る。
「いつもあんたが入れてる瓶の中身を入れた。そしたらこうなった」
「……ニカゲ聖草の汁、ですか? えっと、ちょっと聞くのが怖いんですけど……どれくらい入れたんです?」
全部、とユランは答えた。
「ぜ、全部ぅ?」
「違うのか」
「一滴でいいんですよ、お鍋にたったの一滴! ぼくいつもそうしてるじゃないですか!そりゃ過反応でこうなりますよ!」
知らんと呟くユランから黒い塊を奪い取り、何とかならないかと眺め回す。
「それにすっごく高いんですよ、ニカゲ草の汁。でもそれがないとこれは元に戻せないし、でも買うお金もないし。どうするんですかユランさん……」
「あんたが寝るのが悪い」
ポーチカはぐっと詰まった。
「……ええ、そうです。悪いのはぼくですよ」
言いながら、苛立ちを感じていた。
自分にだ。
奇晶の処理中に居眠りするなんて。
自分は役立たずなんかじゃないと、思いたいのに。
「でもそれならぼくを起こしてくれればよかったのに……!」
ただの八つ当たりだ。
ユランは無表情で黙った。
「あんた達」
低い声が、険悪になりかけた雰囲気に差し込まれる。
「どうした。喧嘩なんかするんじゃない」
階下から上がってきたらしいガルデニアが、眉をひそめて顔を覗かせる。
そして黒い塊に気がつき、「ああ、それか」と厳格そうな表情を少しだけ緩めた。
「昨日は慌てたな、ユランさん」
ガルデニアがそう言ってユランを見ると、ユランは僅かに顔を引き攣らせた。
「俺はあんたを起こしてやり方を確認した方がいいと言ったんだが、ユランさんが、一晩に2度も起こすのは気が引けたみたいでな、ベッドにあんたを運んで行って」
「え」
ポーチカは喉が締められたような声を出す。
「瓶の中身を全部突っ込んでそれができたときのこのユランさんの慌てよう、あんたにも見せたかった」
「……知らなかったんだ、仕方がないだろう」
ユランが顔を背け平坦な声で言う。
「いつもあんたに任せてたから」
「……す」
ポーチカは光も反射しない黒の塊に視線を落とした。
「すみませんでした」
項垂れると、沈黙が流れた。
「それで、その黒いのからどうすれば核が取れるんだ?」
訊いたのはガルデニアだった。
「……今は再結晶化してしまったので、もう一度茹でてニカゲ聖草の汁を適量入れればたぶん戻ります」
ですが、とポーチカは続ける。
「その薬品を買う資金がないので……この奇晶をギルドに売りますかね。向こうは処理できるでしょうし、大きいんでそれなりの額になるかなとは思いますが」
本当に欲しいのは金ではなく、奇晶の方だ。
上級魔物のこの大きな奇晶をみすみすギルドの手に渡すのは惜しい。
しかしニカゲ聖草の汁がないことにはこの先も奇晶を処理することができない。それに、南に渡るためにまとまった金が必要なタイミングではあったのだ。
仕方がない、とポーチカは自分を納得させる。
「ぼくが眠ってしまったので仕方がないし、ユランさんも奇晶の処理を知らなかったから仕方がないで、おあいこですね」
また上級狩りましょう、と情けなくユランに笑いかけると、冷たい視線を返されただけだった。
「ギルドなんかにやる必要はない」
ガルデニアが断言した。
「え?」
「その何とかという草を買う金が無いなら、俺が貸してやる」
ポーチカは一瞬ユランと顔を見合わせ、ユランが何か言う前に、「いえいえそんなわけには」と首を横に振った。
「ぼく達はぼく達のために奇晶を集めてるだけですから。人様にご迷惑をかけるわけには」
「いいんだ」
ガルデニアは譲る気配がない。
「ギルドにくれてやるより、あんた達が奇晶を手に入れた方がましだからな」
「ガルデニアさん……?」
「誰かも知らん金持ちのために命を投げ出すギルドなんかより、自分のために危険を犯すあんた達の方が、絶対に」
ポーチカが先日から感じていた、ガルデニアがギルドに対して持つ何らかのわだかまりだ。口調は落ち着いているが、それが今、噴出している。
ちょっと待ってろ、と言い残し、ガルデニアは階段を降りていった。
ポーチカは黒い塊を抱えたままユランを見上げたが、相変わらず何を考えているかよくわからない無表情だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます