第2話
ウルハの町を南に抜けたところにそびえる黒い山。ここに時折上級魔物が出て旅人が襲われるという噂を聞き、ポーチカとユランが山に足を踏み入れたのが5日前。
少し険しい山道でポーチカがうっかり滑って転び、足を挫いたのが3日前。どうにも動けなくなって町に戻ろうかと悩んでいたところを、山道の整備をしていたガルデニアに出会った。
この山の所有者でもあり管理者でもあるガルデニアは彼が住み込んでいる管理小屋に案内してくれて、足の手当もしてくれた。
ようやくポーチカの捻挫が治り、助けてくれたガルデニアへの恩返しということで、今日は山を荒らす魔物を狩っていた。
「配膳くらいはぼくもできますから」
ポーチカは、ガルデニアがよそったスープやスライスしたパンの載った皿をテーブルに運ぶ。
下手に手を出してせっかくの料理の味を消してしまってはいけないので、自分にできることといえばこれくらいである。
「では、今日の恵みに感謝していただきます!」
テーブルに並べられた料理を前に元気良く言ってみたが、ユランもガルデニアも無口なので追随する者はいない。それぞれに小さく感謝を捧げたらしく、2人は静かに食べ始める。
ガルデニアの料理は少し塩辛いが味は良い。
「今日のスープも良い味ですね。肉の旨味がよく出てます」
「そうか」とガルデニアは呟いて果実酒を一口飲む。
ユランはいつもどおり、あまり上品とは言えない所作で料理を口に詰め込んでいた。
「あの」
自分が話さなければすぐに沈黙になってしまう。
静かな食事でも別にいいとは思っているものの、なぜだか妙なプレッシャーに駆られて喋ろうとしてしまうのだ。
「明日は朝早く出発しますから。本当にお世話になりました」
「そうか」とガルデニアは小さな頷きを返しただけだった。
会話が続かない。誰にも求められていないからだ。
「あのこれ」
ポーチカは思い出して腰のポーチから小ぶりな奇晶をいくつも取り出す。
「ぼくたちまとまったお金もないので、代わりに、これを処理したらあとでお渡ししますね」
「それは……」
ガルデニアは目を僅かに細めた。
「あんたたちが集めてるもんだろ──精霊島に行くために」
ポーチカは控えめに微笑む。
「いいんです、こんな小さいものじゃあまり意味がなくて。でも、ギルドに持っていけば少しはお金になりますから」
それでもガルデニアは「いらん」と首を振った。
何とかお礼をしたいのに、とりつく島もない。
その間にユランは食べ終えて食器を流しに片付け、さっさと2階に行ってしまう。自分の皿くらい洗ってほしいが、雑用はユランの仕事ではない。
ガルデニアと2人残されたポーチカは、料理に使った香草や野菜をあれこれ尋ねたりもしてみたが、何とも気まずい食事の時間だった。
§
皿洗いをしたあとポーチカはガルデニアに台所を借りて、核を取り出すために奇晶を茹で始めた。
そこに褐色の小瓶から液を一滴、鍋に入れた。ニカゲ聖草の汁である。
奇晶の黒い部分が溶け出し、湯がじわりと黒くなっていく。
ざるに上げると、網目から漏れてしまいそうなほどに小さな核が現れた。下級魔物だから仕方がないが、なんだか虚しくなる小ささである。
「そうやって核を取るのか」
部屋の片付けをしていたガルデニアが、いつの間にかポーチカの作業を見に来ていた。
「そうなんです」
話しかけられたことが嬉しくて、ポーチカは元気に答えた。
「普通はギルドがやるからあまり知らないですよね。皆さんけっこう驚かれます」
そして湯切りされた7粒の核を手のひらに載せてガルデニアに見せる。
「やっぱり、お礼として受け取ってはもらえないですか?」
再度試みるが、ガルデニアは箒を手にしたままかぶりを振った。
「だから、それはあんたたちのもんだ。小さくてもちゃんと持っておいた方がいい」
「ですがギルドなら」
「あいつらに渡す必要はない」
断じるような言い方に、ポーチカは口を噤む。
ガルデニアの物言いには、ギルドへのわだかまりを感じるものがあった。
この山小屋で数日を過ごしたが、ガルデニアのことはここの山の所有者かつ管理者であること以外によく知らない。
ただ、ガルデニアはこの山に上級魔物が出ても、狩人ギルドに討伐を依頼はしなかったと聞いている。ギルドとの間にかつて何かがあったのだろうと推測はできた。
しかし……彼とは旅の中での一時の関係に過ぎない。他人の事情にあえて首を突っ込むべきではないだろう。
「……何か他にぼくがお手伝いできることありますか?」
ガルデニアは考える間もなく「ない」と答えた。
「命がけの旅だ。早く休んで明日の出発に備えたほうがいい。俺は、山を荒らす魔物を狩ってくれただけで十分だ」
言動は素っ気ないながらも、ガルデニアはよくこちらのことを気に掛けてくれている。あまり困らせたくはない。
「……ありがとうございます」
ポーチカは笑顔を返し、台所を片付けた。
§
ガルデニアに借りた2階の部屋に入ると、ユランは既にベッドで寝息を立てていた。随分と寝るのが早い気もするが、疲れているというのは本当らしい。
それはこの土地の問題だとユランは言っていた。
黒剛石と呼ばれる非常に硬い岩で覆われたここの山は、いくら土の精霊の力を使うユランでもうまく扱えないという。
硬すぎるために精霊が嫌がってなかなか協力してくれないのだと。この周辺の魔物狩りで力を借りると、かなり疲弊してしまうようだ。
──まあ、闘うのがこの人の仕事だから。
他にはほとんど何もやってくれないのだから、それくらいいいだろう。
ユランがよく眠っていることを確認し、ポーチカも手早く着替え、いつも持ち歩いている毛布を硬い床に敷いて横になった。
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