第8話


 青白い月が昇っていた。

 

 遣いに連れられ町長宅をユランが訪れると、今度は町長室に案内された。

 町長室にはナイエズ町長、副町長の他に、見知らぬ男が2人いた。

 どちらも鍛えられた体に鋭い目つき、腰には使い込まれた武器を携えている。

 ユランが部屋に入ると、出口を塞ぐように扉の前に立った。


 ──こっちの武器は宿に置いてきたが、どうせ持参していても守衛に取り上げられる。にも関わらず、この男たちはそうではない、と。

 

 ユランはふんと小さく鼻を鳴らした。


「ユラン殿、わざわざ来ていただいて申し訳ありません」

 ナイエズ町長は町長という立場でありながら、平身低頭にユランに言う。ユランの目には、その様子は酷く怯えているようにも見えた。

「……報酬は」

「こちらでございます」と封筒を差し出したのは町長の隣の副町長だった。この老爺も尋常ではない冷や汗を浮かべている。

 背後の武装した男達に一瞥をくれてから、ユランは封筒を受け取り中身を確認した。

「確かに。用件は済んだので、これで」

 コートの懐に報酬を収め踵を返すが、扉の前に立つ男達は仁王立ちのまま微動だにしない。

「……」

「あなたは、どこのギルドにも所属しない狩人と聞きました」

 2人のうち、赤髪の若者の方が口を開く。自信に満ちた、少し鼻につく口調である。

「我々はこの町の魔物討伐を請け負っているギルド、『青嵐』のものです。今回この町があなたにグレィム討伐を依頼したことは、我々との契約違反にあたります」

 町長は、肩身が狭そうに副町長と顔を見合わせている。

 そういえば、そういうギルドがいると副町長が言っていた……ような気はする。

「それがなんだ」  

「とぼけるな。本来俺たちがやるべき仕事をおまえが横取りしたってことだろ」

 もう一方の男、やや年嵩の背の高い方の男がじろりとユランを睨む。

「悪いのは魔物にびびってあんたとの契約を決めちまった町長、いや副町長か? ……まあどっちでもいいが、おまえにその気がなくても、今回の依頼は認められないんだよ」

「し、しかし」

 震えながらも声を上げたのは副町長だった。

「あの魔物を……グレィムを見て逃げ出したんですよ、青嵐ギルドの常駐狩人は。町の者が次々と襲われているにも関わらず、彼らを見捨てて。ユラン殿がいなければ……」

「グレィムは上級魔物ですよ。狩人が自分自身の身を守るのは当然のこと。責められる謂れはありません。それとも、住民を庇って死ねと申しますか? ギルドの応援が来るまで自衛するのが筋では?」

 赤髪の若者に鋭い視線を向けられ、副町長は言葉を失う。

「何の話をしているんだ。おれは帰りたいんだが」

 話についていけず、ユランは口を挟んだ。

「逃がさねえよ」

 背の高い男が一歩近寄る。

「グレィムから得た奇晶をこちらに渡すんだ。用件はそれだ」

「……何を言ってる。狩ったのはおれだ」

「本来であれば我々が得るものだったからですよ。それに奇晶は通常ギルドが扱うもの。無所属のあなたが持っていても役に立ちません」

 赤髪の若者は鼻で笑った。

「渋るのはお金が欲しいからですか? その報酬はどうぞ受け取ってください。何ならギルドからも多少の上乗せはできますが」

「意味がわからん」

 何だかややこしい話だ。

 やはりポーチカを連れてくるべきだったかとユランは思う。長い会話は苦手だ。

「金の問題じゃない。秘薬エリクシアを手に入れるために奇晶が要る。あんた達に渡す理由はない」

 苛立たしげにユランが言い捨てると、 一拍間を開けてから、『青嵐』というギルドの二人組は噛み殺すような笑いを漏らした。

「あなた、何のためにギルドが存在するのかわかってます?」

 赤髪の若者は子供にでも諭すように語る。

「大型ギルドで、何人もの仲間の命を落としながら何年もかけて奇晶を集めてようやく、精霊の秘薬に手が届くんです。無所属のあなたがどうやって」

「必要なものを得るために、必要なことをやっているだけだ。何がそんなにおかしいのかわからないな。……いい加減、そこをどいてくれ」

 やり取りに疲れを覚え、ユランはギルドの男たちを睨む。が、退く気配はない。

「上級魔物の奇晶1つの価値はわかるだろう。そう簡単に、一介の狩人には渡せない」

 2人がそれぞれ剣を抜く。

 その硬く涼しげな音に、町長達が身を震わせた。


──そもそも今おれは奇晶を持っていないんだが。


 大事なものだから肌見放さず持ち歩いているとでも思っているのか。

 もしくは……宿の方にもギルドの人間が接触している可能性もあった。

 やはりさっさと戻らなければならない。

 

「あなたの情報は得てますよ。精霊魔法を使うとか」

 既に勝利したかのように赤髪の若者は強気だ。

「とても希有な力ですが……しかし残念ながら、こんな家の中じゃあいけませんよね。精霊魔法はその属性のもの──あなたで言えば、土が近くになければ発動できない」

 それを聞いて、ユランはくっと笑った。

「残念なのはあんた達の方だろう」

 男たちは怪訝そうに眉をひそめた。

「なぜだか今日は、精霊の機嫌がいい。大概の頼みは聞いてくれそうだ」

「戯言を」

 赤髪の若者は剣を振り上げユランとの距離を一息に詰める。

 脅しのつもりなのか、その振りは鋭いが殺意は感じられない。

 ユランは身を引いて剣を躱す。間髪入れずに反対側から斬りかかってくるもう一人の男。コートの裾を翻して男の視界を防ぎ、ユランは背後に飛んだ。

 しかし、後ろはすぐに壁である。

 男たちは剣を構え躙り寄る。

「逃げ場はない。痛い目に遭いたくないなら」

「なあ」

 窓から差す月光は、ユランの銀髪を幻想的なまでに美しく輝かせていた。

「この家の壁が何でできてるか、知ってるか?」

「何?」

 にやりと凶悪な笑みを浮かべ、ユランは背に回した手で、ざらりとした壁にそっと触れた。

 男達はまだ無理解の表情である。


「土だよ──土壁なんだ」


 みしり、と家全体が、軋む音を立て始めていた。

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