第6話


 ポーチカとユランは、宿の1階ロビーで夕食を取っていた。

 ロビーには他にあと一組、旅の者らしい2人の客がいるだけである。ユランが目立つのか、ポーチカは時折視線を感じていた。

 テーブルの向かい側では、ユランが手掴みで骨付きの肉にかぶりついていた。肉汁が滴り、手や顔が汚れるのも気にしていない。

 シャワーを浴びてすっきりとしたユランの外見はまるで彫刻のように美しいが、その食事マナーはいただけない、とポーチカは常々感じている。しかし指摘したところで睨まれるだけである。


「よく食べるわねえ、ポチくん」

 ゲルダが水のおかわりを注ぎに来た。

「すごくおいしいですね、この味付け。この肉の香辛料は何を使ってますか? ノレノ草? ティノ草ですかね」

 ナイフで小さく切り分けた肉を口に運びながら、ポーチカは尋ねる。

「正解。どっちもよ」

「やっぱり。絶妙ですね。このパンもいい香りです。こっちにもほんの少し香草を使ってますか?」

「そうなのよ。よくわかるわね」

 ゲルダは、丸いパンをちぎって食べるポーチカをじっと見つめた。

「もしかしてポチくんは、料理人の卵なのかしら?」

「実は……目指してます」

 照れたようにポーチカが答える。

「素敵ね」と笑顔を見せると、一度台所に戻り、小瓶を手にして再びテーブルに来た。

「それは?」

「自家製のルクの実ジャムよ。良かったらパンにつけて食べて」

 ポーチカの表情が固まる。が、それは一瞬のことで「ありがとうございます」と笑顔でジャムを受け取った。

 言われたとおりにジャムをつけたパンを齧り、「おいしいです」と顔を綻ばせた。

「良かったら狩人さんもどうぞ」

 無言でパンを口に突っ込み、水で流し込んでいるユランにゲルダが言う。

「……結構だ。何をつけてもつけなくても味は変わらない。それともこのジャムには何か、味付け以外に特別な効用でも」

「ユランさん」

 慌てたポーチカは、ユランがそれ以上失礼な発言をしないように遮った。

「あ、えっと、ゲルダさん。あとで台所使わせてほしいっていう話ですが……」

「ああ」と思い出したようにゲルダは頷く。

「もう片付けてあるから、使うならいつでも」

「──ユラン殿はいらっしゃいますか」

 宿の入口から声がした。

 顔を出したのは、見知らぬ若者だった。

「町長の遣いの者です。ユラン殿はいらっしゃいますか」

「おれだが」

 ユランが答えると、その若者は近寄ってきて囁くように告げる。

「報酬の準備ができましたので、ご都合よろしければ町長宅までいらしていただけますか」

「なんだ、そっちが持ってくるんじゃないのか」

 そのぶっきらぼうな物言いに気圧されたように若者が口ごもる。

「ちょ、町長が、お話もあるとのことでして……」

 ユランは軽く溜息をつくと、水を飲み干して立ち上がった。

「……まあいい。今から行く」

「あ、ユランさん。ぼくは」

「来なくていい」 

 冷たく言い残し、ユランはコートだけを手にして遣いの若者のあとについて行った。


「……不思議な組み合わせねえ、あなたたちって」


 ユランが出ていってから発せられたゲルダの率直な感想に、ポーチカは苦笑いを返すしかなった。

 

 それから、街灯がぼんやりと見える窓の外に目をやる。


──ひとりで大丈夫かな。


 ユランが何も問題を起こさずに戻ることを、ポーチカは祈っていた。

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