第4話
ユランは討伐の証として真っ二つとなったグレィムの頭を切り落とし、あとの処理をポーチカに任せた。
ポーチカはウエストポーチからいくつかのナイフを取り出して、動かなくなったグレィムの体にその刃を当てる。
グレィムの体内の奇晶の場所は、先ほど図鑑で確認しておいた。人間でいうところの胸のあたりである。
硬い皮膚に少し苦戦したが、全体重をかければナイフで貫くことはできた。
肉を切り骨を避け、外の気温は高くないのに、汗が滲んでくる。
ユランは倒れた木の幹に腰掛け、ポーチカの作業が終わるのを退屈そうに待っている。
ちょっとは手伝ってくれてもいいのに、とは不満に思うが、いやいやこれも自分の仕事なのだからとポーチカは思い直す。
「んー、この辺だよねぇ」
ぬるりとした肉と肉の間に腕まくりをした素手を突っ込み、探る。と、何か硬いものに触れた。
その大きさに、思わず笑みを浮かべそうになる。
「ありました!」
引っ張り出し、血に濡れたポーチカの手が掴んでいたのは、黒っぽく歪な形の石のようなもの。
「おお、大きいな」
「ですね! さすが危険度等級4級です。普通の魔物の数倍ありますね」
「あとは、売れそうな部分とかはあるか?」
「実はあまりないんですよ。──あ」
ふと思い立ち、ポーチカはグレィムの腹のを裂く。内臓と思われる部分をいくつか開くと、中からどろりと、人の姿らしきものが出てきた。
ユランは表情を変えない。
「食われた町の人達か」
「ですね」
さすがに胃液に直接触れたくはないポーチカは、近くから太めの枝を拾い上げ、グレィムの胃の内容物を突いて確認する。
「何やってる。別に素材はないんだろ」
ユランは眉間に皺を寄せていた。
「なにか遺品でもあれば、町の人に持っていこうかなと」
木の幹に座ったまま、ユランは興味がなさそうに「ふぅん」と鼻を鳴らし、浮かない顔をする。
「どうでもいいが、早くしないと“掃除屋”が来るぞ」
「──あ、これ」
ポーチカは指輪を見つけた。枝の先に引っ掛ける。
「へえ……探してみるもんだな」
「あとはその辺に落ちてる服とかも、持って帰ってあげましょう」
「随分と殊勝じゃないか」
ユランが立ち上がった。
「だってもしかしたら、別でお礼とかもらえるかもしれませんからね」
ポーチカが元気よく言うと、ユランは少しだけ反応に困ったように「そうか」と頷いた。
がさごそと、“掃除屋”が近づいてくる不吉な音がする。光沢のない、鈍色の甲羅を持つ虫の群れである。
その気配を察したユランは、まだ片付けている途中のポーチカを置いて立ち去っていった。
§
持ってきていたボロ布で、ポーチカは血に汚れた手を拭き、奇晶を拭き、遺品を拭いた。
ユランはグレィムの耳を掴み、そのまま片手にぶら下げて持つ。
夕闇が迫る中、森を抜けて戻ると、町は騒然となった。
「ぐ、グレィムを狩ったぞ」
「本当にひとりで」
「す、すごい」
「ていうか誰あの人、かっこいい……!」
町人が道を開ける真ん中を通り、悠然と町長宅に向かうユランの後を、目立たぬようポーチカがついていく。
血に汚れたユランの姿は激しい戦闘の痕を思わせるが、あの白いコートは希少魔物ニヌスの毛皮でできており、軽く払えば綺麗に汚れが落ちる代物であることをポーチカは知っている。
あえて汚れたままにしておいて、苦労したように見せているだけである。
「おお、あなたがユラン殿ですか。この町の町長のナイエズと申します」
町長宅に着く前に、小太りの中年男性が道の先で出迎えた。その横には小柄で髪の薄い側近らしき老爺がいる。
町長の身なりは平凡で雰囲気も柔らかく、言われなければ町の長だとは気づかないだろうとポーチカは思った。
「先は対応できずに申し訳ありませんでした。しかし本当に依頼を果たしてくれるとは」
町長は、言葉ほどにはあまり嬉しそうに見えないのが、ポーチカには少し引っ掛かった。
しかし、
「ついでに見つけた遺品はこのとおり、持って帰ってきました」
とユランに水を向けられ、ポーチカは慌てて拾ってきた遺品達を町長に見せる。
「これは……」と町長も老爺も悲痛そうに顔を歪める。
周囲で取り巻く住民たちもざわざわとしていた。
「この度は、本当にありがとうございました」
町長ナイエズは深々と頭を下げた。
「依頼のお支払いの準備をさせます。それまではうちで休まれませんか?」
「宿を取っているので結構。用意ができたら連絡してください」
ユランがきっぱりと断る。
堅苦しいところは嫌いだからだとポーチカは知っている。
「ポチ、どこの宿だ?」
ポーチカは宿の名を町長に伝えた。
町長は「あとで遣いを出しましょう」とユランに約束した。
「あの、そちらは……魔物避けにいただいても?」
副町長が怯えた顔で、グレィムの頭部を見ながらユランに尋ねる。
強い魔物の死骸を町の外に掲げておくのは、魔物避けとして一定の効果がある。危険度等級上位の魔物なら、それなりに役立つだろう。
「もちろん、そういう依頼ですから──どうぞ」とユランはそれを地面に放る。
足元にごろりと転がった頭部に副町長は「ひっ」と小さく悲鳴を漏らした。
がさつですみません、と謝りたかったが、ユランがすぐに行ってしまうのでポーチカにはそんな暇もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます