味を消してしまう呪いにかけられた料理人見習いと、味のわからない狩人の青年の旅

青桐 臨

プロローグ

第1話


 たまたま訪れたばかりの小さな町では、すぐ近くの森で凶暴な大型魔物が出たということで、蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。


「ラッキーだぞ、ポチ。大型だってな」

 町内の案内看板を眺めていた銀髪の青年がそう言うと、隣の小柄な若者がぎょっとする。

「ちょ、不謹慎なこと言わないでくださいよ。いや確かにラッキーかもですけど、町の人に聞かれたら睨まれちゃいますって」 

「誰も聞いてないだろ」

 町の中は徐々に騒がしさが増していき、男たちは武器を手に家から飛び出して、女たちは子供らを連れて教会などに避難しているようである。

 確かに、ささやかな会話が誰かの耳に届く状態ではない。

「じゃあおれは討伐の交渉をしてくる。あんたは魔物の情報集めでもしててくれ。1時間後にここで」

「えっ、交渉? ユランさんが交渉? ひとりで大丈夫ですか……?」

「何か問題でもあるか?」

 真正面から尋ねられ、若者は答えられなかった。

 ふんと鼻を鳴らすと、真っ白なロングコートの裾を翻し、ユランと呼ばれた青年は町中へと足早に去っていった。

「いや、ていうか、荷物くらい先に置かせてくださいよ……」 

 大きく重そうなリュックに肩掛け鞄を交差して掛けている若者は、疲れたようにがくりと肩を落とした。


§


 情報さえ集めれば、宿を先に決めてしまってもとやかく言われないだろう。とにかく荷物が重すぎるので手放したい。

 大荷物の若者は、混沌とする町の中を歩いてすぐに手頃な宿を探し出した。

 しかし魔物騒ぎのせいか、フロントも無人、客室にも誰もいないらしく、呼び鈴を鳴らしても反応がない。

「えー、困ったな……」

 ロビーに荷物を放置しておいて盗まれでもしたら、ユランが激昂するのは目に見えている。

「宿代は払いますからね」

 誰にともなく呟きながらフロント机の上に一部屋分の料金を置き、本来なら宿の主人が取り扱うべき客室の鍵束を探し始める。

「だいたいこのあたりに……っと。あったあった」

 フロント机の内側が棚になっており、そこに宿の資料などと一緒に折り畳み式の鍵掛けが差し込まれていた。幸い、それ自体は施錠されていなかった。

 宿帳に名前を書き、空いてる部屋を確認し、迷うことなくその部屋番号の鍵を手に取る。


「それじゃ、お部屋お借りしまーす」

 無人のフロントに声を掛け、若者は2階へと軋む木の階段を駆け上がった。


§


 無事に荷物を宿に預け、身軽になった若者は外へと出た。腰にウエストポーチをつけているだけである。

 町の混乱は冷めることなく、地面には転がる果物や、踏まれて足跡だらけの洗濯物などが落ちている。

 情報収集しようにも皆必死そうで、声をかけにくい。

「──あっ、坊や!」

 突然背後から肩をつかまれる。

 振り返ると、顔を赤くしたふくよかな女性だった。

「あなた逃げ遅れたのかしら? 避難所はあっちよ、お母さんは?」

「あ、あの、ぼく……町の外から来た者で」

「え?」

「しかも坊やって……いちおう15歳なんですけど」

「まあ、それは失礼したわね」

 女性はからからと笑い出した。さっきまでの深刻そうな顔が嘘のようである。きっと根が明るい人なのだろうと若者は思った。

「私はゲルダよ」

「ぼくは、ポーチカです。ポチって呼ばれてます。相棒と2人で北から旅をしてきました」

「ポチって、なんだかペットみたいねえ」

「よく言われます」とポチ──ポーチカは笑う。

「近くに魔物が出たんですよね? ぼくの相棒は凄腕の狩人ですよ。どんな魔物か知ってたら教えてくれますか?」

「あら、ギルドの方? そうねえ、私も又聞きだし、とりあえず避難所の教会に行きましょうか。たくさん人がいるから、情報も集まるんじゃないかしら」


 ポーチカは素直にその女性、ゲルダに従い、やや高台に見える白い教会を目指した。

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