5.Love is unconscious


 高校生活が始まって約5ヶ月が経とうとしていた。私は高校生活にはある程度期待していたし、どうせなら楽しく過ごせたらいいなと思っていた。そこで出会った1人の少女。なぜか凄く親近感があるというか、初めて会ったはずなのに全く初めて会った気がしなかった。もちろん根拠は何も無く、ただの自分の思い込みかもしれない。彼女の声を初めて聞いたのは自己紹介の時で、この大事な時に噛んでしまうなんて悲惨だと思った。しかしこの可愛らしさが私の声をかけようと決意したきっかけになった事は間違いない。あ、噛んだ事へしかめっ面になった。可愛い顔が台無しだぞ。

 思い切って声をかけた事は大成功だったらしく、しかも、彼女もまた私と同じように親近感を持っていたようだ。これはもう運命ではないだろうか。あまりオカルト的な事は気にしない私だったが、こんな出来事が目の前で起こるなら、少しだけ信じてもいいかもしれないと思ってしまう。

 彼女の名前は西川唯。今も隣に私と一緒にいる。

 夏休みが終わって9月の頭。

 この学校は夏休みが終わって1週間後に体育祭がある。準備期間がたったの1週間なのは、この短い間で体育祭という祭りを完成させた事を誇るため、みたいな事を言っていたが、高校生にもなって親の学校行事への参加が無くなるのに誰に見せるのだろうか。正直私にはそんな事興味が無いし、寧ろこの夏休みで鈍りきった体にムチを打つための行事ではないかとさえ考えていた。

 

 2学期の始業式が終わった次の日。

 早速朝のホームルームで体育祭の種目決めが行われていた。この学校は各学年3クラスあり、組ごとにチーム分けをしている。私達は1年2組だからチーム2組。つまり1年2組、2年2組、3年2組が仲間である。

 楽しみ方は人それぞれで、学校行事として楽しみにしてる人、体育という名前の通り張り切る運動部の人、はたまた全く興味の無い人等。

 私は学校行事としてはボチボチと言った所だが、元運動部としては唯にかっこいいところを見せるチャンスではないかと考えていた。

 種目決めの方法は、黒板に書かれたものへ各々が出たい所に名前を書く方式らしい。この学校は共学だが、男子の振り分けで有利不利が大きく動くと思うのだが、その辺の塩梅は適当でいいのだろうか。

 私はとりあえず唯の方を見てみる。唯は動かない。動かない……。あれ?あ、私に気付いた。ふいって目を逸らされた。あれれ?

 違和感を感じて唯の所に行ってみる。折角なら同じ種目に出ようじゃないか。

「唯は何に出るの?」

「私あんまり運動系は興味無いからいい。」

 えぇ……。まさかの不出場宣言。サボりですか。

「それは良くないよ。なら私と一緒に出よう。ね?」

「……それなら出てあげてもいいかな。」

 もの凄いしぶしぶと言った感じで私の提案に賛成。唯さんそんなに運動嫌ですか。

「何にする?ほらみんなも自分の名前書いてるから私達も書きに行こう?」

「奏子が私の名前と一緒に書いてきて。出来れば楽そうなのをお願い。」

 席すら立とうとしない唯。

「分かったよ。行ってくるね。」

 黒板に着いてから、僅かな希望にかけて1度振り返ってみるが、やはり唯は席から動いてなかった。

 ここまで好き嫌いをすると笑えてくる。ふふふっと笑いながらも目の前に書かれた種目を見る。唯のご希望に添えるものは……。玉入れはどうだろうか?運動量も少ないし、仮に唯が動かなくても元ソフトボール部の私がカバー出来るだろう。指をさして唯の方を見ると、小さく頷いた。どうやらご希望に添えたようだ。記入欄に鈴音と唯じゃなくて西川と書く。唯呼びしかしないから一瞬苗字が出なかったぞ。

 1人最低2種目だからもう1つを考える。うーん。二人三脚なんかはどうだろうか?これなら他の人に迷惑(主に唯が)を掛けないだろうし、私が相手だと気楽でいいのではないかな。またも唯の方を見て指さし。唯は一瞬飛び跳ねたようにも見えたが、頷いてくれた。しかもさっきよりも頷く回数が多い。相当気に入ってくれたようだ。よかった。先程の記入欄とは違い、ペア同士で枠組みされている所に名前を書く。

 これにて任務完了。全くもう。私がどれだけ愛してるかも知らずに。

 ……ん?

 今私なんて言った?

 一旦落ち着いて自分の今考えた事を思い返してみる。間違いない。愛していると言った。愛しているなんて言葉、本当にそう思ってなくては出る訳が無い。仲良し同士の何気ない会話で、好きという単語は出るだろうが、愛してるなんて言うだろうか。

 つまり、私は自覚してないなかっただけで、心の中では唯の事を愛していた。likeでは無い、loveの方の好きという事だ。

「鈴音さん大丈夫ですか?」

「あ、はい!すいません何も無いです!戻りますね!」

 まさかの事実に驚愕して、我を忘れてその場で立ちつくしていたようだ。周りを見ても誰もいない。多分唯も不思議な目で私の事を見ていただろう。けれど今はそんな事を確認する事は出来なかった。私は今赤面しているだろう。それももう遠くから見ても分かる位に。そんな顔を見せる事は恥ずかしいので下を向いて自分の席に戻る。

 席に戻って私の顔を触ってみるも、まだまだ熱いまま。そうか、私は唯の事が好きだったのか。でもいつからだろう?きっかけは?記憶を辿っても明確な答えは出てこない。もしかしたらあの日会った瞬間から?いわゆる一目惚れってやつ。けれど、それもまた答えとしては自信が持てなかった。

 答えが出ないのに改めてニヤける私。そうかそうか私よ。そんなに唯が好きだという事実が嬉しいか。ますます赤くなる顔。

 今まで唯といる時間はとても楽しかった。これからこの事実に気付いた事でどう変わっていくのだろう。緊張等で挙動不審で唯に変な目で見られる機会が増えるかもしれないが、間違いなく更に楽しくなるだろう。

 とりあえず直近の問題は体育祭の二人三脚。何となく唯が他人に迷惑を掛けない為とか言ってしまったが、あんなに密着すると私の方があたふたと迷惑をかけてしまいそうだ。

 ……今日からしばらくその日をイメージして挙動不審にならないように慣れておかないと。イメトレなんてソフトボールをやっていた時以来かも。


 今まで参加した学校の運動行事は小学校の運動会と中学校の体育祭くらい。どちらも教育的な意味が大きい行事として行われていただろう。では高校はどうなのだろうか。昔はあれだけやっていた予行練習等は全く無く、席すらも用意されてない程ゆるゆる。練習も授業時間を使ってやる事は一切無く、やりたい人達で各々やってくださいというレベルだった。私は事前に沢山の意味を込めて唯に練習しようと提案したが、流石唯らしく全て断ってきた。本音である本番に唯と触れ合ってあたふたする事を避けたかったのだが、ぶっつけ本番になってしまいそうだ。

 

 体育祭当日。

 私は朝5時前に起きて弁当を用意していた。

 唯は相変わらず体育祭に関してびっくりするほど嫌々だったため

「どうすれば楽しくなるかな?」

 と聞いたところ

「当日ピクニックみたいにお弁当用意してきてくれたら楽しみになる。」

 という回答を頂いた。

 甘やかしすぎじゃない?というツッコミが飛んできそうだが、好きな人におねだりされた時程嬉しいのは誰だってそうだろう。いつもは目覚ましが鳴る時間まで寝ている私でも、今日だけは、この早い時間でもすっかりと目が覚めていた。

 

 いつもより大きな荷物を持って学校へ登校すると、今日だけは体育祭モードだった。教室の生徒もほとんどが既に体操服に着替えており、私も着替えてこようかなと思っていたら、唯が体操服で登校してきた。ああ、先に着替えてから教室に来たのか。

「おはよう奏子。今日はお昼が楽しみだね。」

「おはよう。メインは体育祭のような気もするけど……。しっかり作ってきたから楽しみにしててね。」

「やったーありがとう~。それなら今日来た甲斐があるってものだ。」

「メインは体育祭でしょうが!」

 と、ツッコミつつも嬉しい事に変わりない。今までは家族の分の延長と、仲の良い友達の為にと作っていたが、自分の気持ちを知った今、同じ弁当でも意味合いが変わってくる。言うならば愛妻弁当。

 自分の都合の良いように言葉を並べる私を誤魔化すように教室を出る。

「体操服に着替えて来るね!また後で~。」

 唯が頭に?を浮かべていた。


 クラスメイトみんな体操服のホームルームを終え、唯と合流して適当にチームごとに分かれた開会式と思われるものを終わらせた後、解散となった。今後は種目の近いものが事前に放送され、自分が出るものに各々集合するという形式で進めていくらしい。待機場所の指定もなく、校舎内に帰っていく人すら見える。

 唯はというと、流れに沿って校舎内へ行くのかな?と思っていたが日傘とシートを持って来ていた。

「はいこれ。奏子にばっかり用意させるのは悪いと思って私が持ってきたの。どこか日陰に行ってのんびりしてよう?」

 超名案だと思った。最近建て替えた学校のお陰か、良い場所はすぐに見つかった。日陰の下に芝がある場所。座ってもお尻が痛くならなそうだし、体育祭のメイン場所もここからなら見やすい一等地。

 すぐに移動してここは私達の領域だと言わんばかりに唯がシートを敷き始める。そして、一緒に持ってきたポーチからぽいぽいと物を出しはじめた。日焼け止め、虫よけスプレー、ムヒ、タオル、飲み物……いっぱい出て来るなぁ。ラインナップがまじでピクニック。

「欲しいものがあったら遠慮なく使っていいからね。」

「気を使ってくれてありがとうね。欲しくなったら頂きます。」

「私が今日来たのはこうやって奏子とピクニックする為。奏子にお弁当用意してもらうんだからこれ位当然。」

 そう言いながら私に披露した物を片付けている。

 私達の城を完成させて一息、すぐに呼び出しがかかった。私達2人でエントリーした1つ目の種目、玉入れだ。

「呼ばれたよ。行こっか。」

「えー……。本当に行くの?」

「当り前でしょう。私もいるから一緒に行こう?というか行かないとお弁当あげないよ?」

 ここは心を鬼にする。例え好きな人でも、やっていい事と悪い事がある事位私にも分かる。そんな悲しい顔したって可愛いぞ。間違えた、ダメだぞ!

 唯はしぶしぶといった感じで立ち上がる。よかった。あんな事を言っておきながら、唯に嫌がられたらどうしようかと内心びくびくしてたのはここでは内緒。

 

 唯と共に戦場へ。そして、説明された玉入れのルールはよくある定番のものだった。1つ面白いなと感じたのは、1ゲーム3分を2セット行い、2ゲーム目の得点が1,5倍になるという事。1ゲーム目で玉入れに慣れながら得点を伸ばしつつ、2ゲーム目で爆発させろという意味だろうか。

 位置に付いてびっくりしたのが籠の位置がとても高い事だ。見た感じ7m程あって、そもそも届かない人が多いのではないだろうか。参加者を見てみると他の競技の走る、跳ぶより楽そうだなという理由で来たんじゃないかなと感じられる人と、いかにも野球部といった感じの人ばかりだった。ここまで極端だと一部の人しか得点できない気がする。

 スタートの合図が鳴って1ゲーム目が開始される。

 唯も籠の高さを見て思う事があったのか、玉を1個拾ってきて

「ねぇ奏子、籠高すぎじゃない?あんなの投げて届くの?」

「確かに高いよね~。1回投げてみたら?」

「うん。やってみる。」

 唯が少し後ろへ下がって距離を取る。唯選手が第1球目を投げた!

 今まで物を投げた事が無いんだろうなぁと分かる程のへんてこりんなフォームから放たれた玉は、案の定籠の高さまで届く事は無く、放物線を描いて……私の頭の上に落ちた。

「ああああごめん奏子!わざとじゃないです!」

「あははは。分かってるって。大丈夫気にしないで。私が籠の近くにいたのも悪いから。でも、ピンポイントで当てるなんて唯才能あるんじゃない?」

「からかわないで。ホントにごめん……。」

 あ、やばい。マジで落ち込んでるっぽい。励まさないと。

「もう1回やってみよう。次は私も当たらない所にいるから気にしないで投げて。」

 落ちてる玉を拾って唯に渡す。

「……もうやんない。届かないって分かったし。周りも諦めてる人ばっかりじゃん。」

 唯の言う通り運動が得意じゃないっぽい人たちが次々と諦めモードになっていた。元気なのは野球部っぽい人達だけだった。

「私はいいから。元ソフトボール部の奏子は届くんでしょ?やってみてよ。」

 唯に渡したはずの玉がそのまま私に返ってきた。唯の言う通り私からすればこんな高さは楽勝である。問題はコントロール。投げる事が久しぶりだから、思うように投げられるだろうか。唯と同じように少し後ろへ距離をとってから投げる。私の指から放たれた玉は籠へ向かって一直線に飛んでいき、なんと得点してしまった。

「流石奏子だね。」

 まるで私が得点する事は分かり切っていた、と言うようにうんうんと頷いていた。

「はい奏子。次をどうぞ。」

 正直1球目で得点した事に驚いていた私を気にする事なく次の玉を持ってくる唯。それを受け取ってすぐに投げるが、これも得点。え?私凄くない?

 唯に持って来てもらってばかりでは悪いので、すぐそこに落ちていた玉を拾って投げてみたがこれは入らず。3球続けては流石に無理だったか。

「奏子は私の渡した玉じゃないと得点できないのか。なるほどなるほど。2人の連携技ってわけね。」

 そんな事は関係ない……と思うのだが、実際そうも思ってしまう。後、技ってなんだ。唯がやってるゲームに出てくるのかな?

 と、ここで終了の合図。

 玉入れらしい事はあまりしてない気がするのだが、結果はどうなのだろうか。

「ねぇ奏子。次のゲームは私が玉を拾って奏子に渡しまくるから、奏子は投げる事に集中してやってみない?後ろに左手を出してくれれば私がそこに玉を渡すから。」

 投げる事が苦手な唯が、得意な私に玉を渡す事で効率性をあげる手段。確かに良いかもしれない。

 集計結果は3チームほぼ僅差だった。

「ほら奏子。これで僅差ならさっき2回しか入れてない奏子が3分間本気出せば勝てるって!頑張ろう!」

「そうだね。2人の協力プレーで大暴れしちゃいますか!」

 最初は乗り気でなかった唯が何故かここにきて大はしゃぎしている。楽しそうな唯を見ると私もつられて楽しくなってしまう。やってやりますか!愛の連携技を!

 開始の合図が鳴る前にポジションを確保。それを見て唯は私の近くに玉を集めている。フライングにならないか心配ではあるが、私も期待を裏切らない様に目の前の籠に集中する。

 2ゲーム目開始の合図。

 初球こそ外したものの、唯のびっくりするほど早く正確な球渡しのお陰で、どんどんと試行回数を稼げる。投げて受け取り投げて受け取り……。

 流石に唯から受け取った球でも全てを得点する事は出来なかったが、かなり高い得点率を叩き出せたのではないだろうか。

 投げてる途中、何度か唯をチラ見したが、私の投げる球の行方など気にする事も無く、私への玉渡しに従事してくれていた。

 終了の合図が鳴る。

 先程の1ゲーム目と比べると、圧倒的に体感時間が短かった。それだけ集中していたのであろう。唯もやり切ったよ、という顔をしながら私と一緒に集計結果を待っていた。

 結果は超大差をつけて2組が圧勝していた。他2チームは1ゲーム目と比べて約1,5倍程の伸びを見せたのだが、我らが2組は3倍以上の伸びを叩き出していた。

「これ絶対奏子の活躍のおかげだよね。」

「違うよ。私だけじゃ点数はもっと低かったよ。私達の活躍、でしょ?」

「そうかも。」

「うんうん。じゃ、戻ろっか。二人三脚は午後らしいし、のんびりしてよう。」

 ゆるゆるの体育祭では観客はほとんどいない。最初の開会式は流石に全員参加していただろうが、それに比べると半分も生徒の姿が見当たらない。さらにその中でも応援してる人はあまりいないだろうが、その中を堂々と凱旋していく。私達の活躍を知る人は少ないだろうが、そんな事はどうでもいい。お互いの活躍はお互いが分かってるし、何よりもとても楽しかった。それだけで十分ではないだろうか。


 現在9月の前半が終わろうという時期だが、近年の温暖化の影響と、静岡という土地ならではの環境で、夏休み中の猛暑に比べればまだマシ程度にしか気温は下がっていなかった。玉入れが終わった後は、唯と2人でのんびりとおしゃべりしながら過ごしていたのだが、あまりにも暇だった。耐えかねた唯が楽しみにしているというお弁当を始めようと言い出しだが、しっかりと体育祭のプログラムにその時間は設定されているため、私達だけフライングする事は良くないと断る。暑さ対策で念のため教室に弁当を置いてきたから時間まで待とう、とい理由で唯を納得させられた為、初めてこの暑さに感謝したかもしれない。

 暇でも時間は過ぎる。気が付けばお昼休憩の時間を知らせる放送が入る。

「やっとこの時が来たぞー。私は今日この為に学校へ来たんだ。」

「そんな事言わないの。玉入れ楽しかったでしょ?私はお弁当取りに行ってくるから待っててね。」

 ついてこようとした唯を場所確保の為に残ってもらって、私は駆け足で教室に戻る。種目決めの時はあれだけ消極的だった唯だが、いざ始まってみるとたまにマイナス発言はあるものの、結構楽しんでいるのではないだろうか。

 お弁当を持って唯の所へ帰宅。待ってましたと言わんばかりの唯。

「待ってました。今日のメインイベント!」

「そこまで期待されるとプレッシャーがすごいよ。」

「大丈夫だよ。今まで奏子のお弁当でハズレだった事は一度もないよ?」

「それはありがとう。今回もその期待に応えられるといいな。」

 今日作ってきたお弁当のお披露目。小さなおにぎりがたくさんにおかずの唐揚げ。

「唯のピクニックという希望により、外でも簡単に食べられるものにしました。この丸いおにぎりは中身が鮭で、三角の海苔が付いてるのは中身が梅で、もう一個はわかめ。一口か二口で食べられる大きさにしてるから好きなだけ食べて。」

「可愛いね~。ありがとう!もしかして今日の為に作ってくれたの?」

「よく分かったね。今日は5時前に起きて用意したよ。さあどうぞ召し上がれ。」

 早速唯は丸いおにぎりをぺろり。流れるように唐揚げもぺろり。ここには私と2人しかいないんだからそんなに焦らなくてもいいのに。私もおにぎりを1つぱくり。相変わらず唯は私が作ってきた弁当を何でもおいしそうに食べてくれる。この笑顔が見られるのなら早起きなんて苦じゃない。

 体育祭という事もあり、少し多めに作ってきたつもりだったが、あっという間に完食してしまった。

「ごちそうさまでした。お腹いっぱいです!奏子いつもありがとうね。おいしかったよ。」

「すごい勢いで食べてたけど大丈夫?」

「ピクニック気分で楽しかったのと、おいしかったのでぺろり。大丈夫だよ~。」

 唯の希望には応えられたようで一安心。背伸びをしてると気が抜けたのか欠伸をこぼしてしまう。

「奏子眠いの?5時起きなら当然か。まだ時間あるし寝る?」

 唯が自分の足を延ばして太もも辺りをぽんぽんと叩きながら言ってきた。これはまさか膝枕?唯はそっぽを向いていて表情は読み取れない。考えるんだ私。これは膝枕ではないか。多分膝枕だ。朝早くに頑張ったお礼の膝枕か?多分そうだ。……ダメだ頭が自分都合にしか仕事しない。

 返答を待たせるのも悪いので正直に思った事を言う。

「うん。お願い。」

 それを聞いて唯はパッとこちらを見たのだが、気持ち顔が赤くなってるようにも見えた。唯も恥ずかしさを我慢して言ってくれたのかな。私も嬉しいのだが、少し緊張するのは同じ。寝る為とは言ったものの、これは逆に寝られないシチュエーションになる気もするケド……。

 唯の太ももにぶつけない様にそーっと失礼する。ジャージ1枚しか隔てが無い唯の太もも。右耳から伝わる柔らかさ。今まで感じた事のない感覚にあーあーあーと声を出して感動してしまいそうなのをぐっとこらえる。今私は自分の好きな人に膝枕をしてもらっている。

「奏子ごめん。私汗臭いかも。大丈夫?」

「全然大丈夫だよワンちゃん唯ちゃんと違って私はそこまで分からないから。」

 唯の足先を見たまま答えるのも失礼なので半回転して唯の方を見て答える。ごめん嘘。ここまで密着してるのだから匂いはする。だがそれは汗の匂いなのか、それとも博士が前言ったように、唯が元から持っている匂いなのかは分からない。唯の博識を披露された時は中々ピンとこなかったが、今なら何となく分かる気がする。いい匂いというかすごく安心する。猫は信頼する飼い主の匂いに包まれていると、幸せを感じていると言われるが多分そんな感じ。自分の事を愛玩動物界で人気トップレベルの猫に例えるなんてナルシストかな?と思われてしまいそうだが、今の私は唯に飼われている幸せな猫だ。私が猫になった事で最初に心配していた事はすべて解決し、すっかりとお眠モードになっていた。寝顔を見られるのも恥ずかしいので最初の姿勢に戻す。

「奏子寝そう?眠たければ寝ていいよ?」

 唯が少し背伸びして、持って来ていただけの日傘を取って、さしてくれる。

「実を言うともう既に眠い。お言葉に甘えちゃおうかな。日傘もありがとう。」

「分かった。私はずっといるから安心して寝ていいよ。おやすみ。」

「うんありがとう。おやすみ~。」

 お昼過ぎ、晴天の空模様。お昼ご飯後の幸せに、少しだけ吹く風。そこで膝枕をしてもらいながらくっついている私達。通りゆく人達からは、どのように見えているだろうか。仲の良い友達同士のスキンシップ?仲良し同士とはいえ少し過剰ではないかとか?それともあの2人絶対付き合ってるよ!とか?そして唯は?私は?

 半分も動いていない頭でそんな事を考えていた。


 夢は見たような気がするけど内容は覚えていない。ただ、幸せだったな~という記憶はあった。

 時計を確認すると1時間程過ぎていた。

 そうだ、私は唯に膝枕してもらってたんだ。

 寝る前と変わらない状況。そーっと顔を動かしてみると日傘をさしたまま船を漕いでいる唯の姿があった。

 私の動きに気付いたのか唯も目を覚ます。

「奏子起きたんだね。おはよ。」

「おはよ〜。お陰様でぐっすりと眠れたよ。足痺れてない?大丈夫?」

 私は体を起こし、唯の隣に腰かけてちょんちょんと太ももをつついてみた。

「多分痺れてる。暫く動けないかも。」

「落ち着くまで隣にいるから安心して。」

 先程唯に言われたセリフをそのまま返してみる。自分が言ってみるとやっぱり恥ずかしい。唯はこんな恥ずかしいセリフを平気で言うのだからすごいと思う。

「二人三脚に痺れたまま出なさいっては言えないけど、最後の方らしいからゆっくりでも大丈夫だと思うよ。」

「二人三脚は絶対奏子と一緒に出るから!他の人だったら痺れたの理由で避けてたかもしれないけど……。」

 照れ隠しなのかそっぽを向ている。寝る前のセリフは恥ずかしくなくて、今のセリフは恥ずかしいらしい。私からするとどちらも同じだと思うのだが、違いは何なのだろうか。

 

「二人三脚に出る方は集合して下さい。」

「呼ばれたよ。行こうか。足大丈夫?」

「大丈夫だよ。実は10分位で治ってた。」

 あれからさらに1時間位唯とダラダラと過ごして、体育祭の終わりが近づいてきた頃、私達を呼ぶ声がした。

 唯が立ち上がって大丈夫アピールなのか腕をブンブン振り回す。気合が入っている時の癖なのだろうか。

 二人三脚は最後から2番目に行われる競技で、1番最後のクラス別リレーの前座のような位置付けだろう。うちのクラスでも最後のリレーは運動部をはじめとした足の速さに自信のありそうな人達が立候補していて、対して二人三脚は私達のように仲良し同士でエントリーしてる印象があった。運営側としてもやはり盛り上がるのはリレーだが、全員が参加できない分、その前に二人三脚を置く事で、最後の盛り上がりにできるだけ多くの人が参加できるようにしたのではないだろうか。

 集合場所について周りを確認してみると、ちらほらと男女ペアがあった。恐らく付き合っているのであろう。その他は気持ち女性同士のペアが多い気がする。私達が特段目立つわけでもなかった。

 ルールは簡単で、お互いの右足と左足を結び、肩を組んで約100m位だろうか、そこを走るだけ。6組ずつ走るらしいが、全ての組だと9組でごちゃついてしまうし、学年ごとだと3組で迫力に欠ける。間を取ってしまうと順位による点数の付け方に差が出てしまうが、楽しむ事を優先した場合、6組位が最適解な気もするし、ナイス判断だと思う。

 適当に並んでいたら2レース目という事になり、足を縛るハチマキの様なものが渡された。

「どっちがどの足結ぶ?」

「このままでいいんじゃない?」

 特に相談もしないで唯の右足と私の左足を結ぶ事になった。よく考えればいつも2人でいる時は、唯が左側で私が右側の事が多い気がするし、そこを踏まえての判断なのだろう。私も違和感は無かった。

 紐結びは唯に任せていたのだが、なんかすごく痛い。……痛いって。流石に強く結びすぎでは?

「唯さん、きつくない?痛くないの?」

「え!?ごめんつい……。すぐ解くから待って!」

 確かに2つの足を動かない位ぎちぎちに結んだ方が競技上良いかもしれない。しかし、痛みを我慢したり、終わった後で足に変な跡が出来る可能性を残してまでもやるかといえば反対である。

「これ位でどうかな?」

 次はちょうど良い位に結んでくれた。

「ばっちりだと思う。走るにあたって何か掛け声かける?」

「掛け声か~。わっしょいわっしょいとか?」

「それだとお祭りみたいだね。」

「次の組の方並んでください。」

「あ、私達の番が来たよ。掛け声無くても私達なら余裕でしょ。頑張ろ。」

 練習も0、掛け声も無し、私達2人の完全な素で本番を迎えるようだ。唯の言う通り余裕なのか、それともどこかでつまずいてしまうのか。元運動部の私から見ると練習無しで不安要素を残したまま本番に臨むというのは、どうしても心もとなく思ってしまう。

 よーい。どん。

 私達は走り出した。一番最初だけどの足を動かすのかをしっかり決めないといけない為集中する。お互いが遠慮してしまい、ほんの少しだけごたついてしまったが、1回揃ってしまえば、驚くほどスムーズだった。その後は特に喋る事も無く、ゴールに向かって進んでいく。スピードは歩くよりほんの少し早い程度。私は最初に合わせたリズムに沿って歩を進めているだけだった。今この動きが唯の気遣いによって成り立っているのか、はたまた唯も私と同じようになんとなくで進んでいるのかは分からない。ただ、今これだけスムーズに動けている理由の中に、今まで一緒に過ごしてきたから生まれる信頼の様なものが大きく作用している事だけは確信していた。

 ゴール。

 順位は6組中5位。歩く程度のスピードではこんなものだろう。周りの組もつまずく事なくゴールしていたため、やはりこのような競技に出る人達は、コンビプレーには相当な自信があるのだろう。

「5位かぁ~。もうちょっと早いと思ったんだけどね。周りのみんな早かったね。」

「ちょっと悔しいね。嫌がらずに奏子との練習しとけばよかったかな。ごめんね。」

「全然いいよ。」

 今になって考えると、練習しなくてよかったとも思う。私はこの順位よりも、ぶっつけ本番で唯とここまで無言で合わせられたという事実が嬉しかった。これが仮に練習しての結果だったらこうは思えなかったであろう。結果オーライだ。

 私達が出る競技は全て終了。ハチマキを返して城に戻る。ここでふと思い出した。

 そういえば私、二人三脚で唯とくっつく事で取り乱すんじゃないかって心配してたなぁ。結局そんな事は全く無く、それどころか今までそんな心配事忘れていたくらいだ。理由は何だろう?イメトレしたから?自分の気持ちに自覚してからある程度時間が経ったから?膝枕でくっついていたから?うーん。何でだろう。どれもピンとは来なかった。

 

 体育祭の最終的な結果は全体の3位でビリだった。ただ、その後に体育祭実行委員のクラスメイトに聞いた話だと、玉入れの成績がダントツだったらしい。他の競技の成績はどっこいどっこいで、あまり大きな差が出ていなかったのだが、2組の玉入れはだけは異常だった。私の野球部顔負けの得点率の高さと、唯の献身的なサポートが見てる側からすると、2人は玉入れのプロなのでは?と言う噂がたつ程だったらしい。この1週間よっぽど練習したんでしょ?なんて聞かれたが勿論していない。一緒に聞いていた唯も私達2人が素晴らしい成績を残し、それが認められた事にどこか誇らしげだった。

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