終電を逃した夜、恋は静かに歩き出す。
植田茂
本編 終電を逃した二人
第1話 高橋は酒に弱い
飲み会というのは悪だと思う。
私はふとそう思うくらい、今日の飲み会は居心地が悪かった。
酒が飲めないと言っているのに、部長に「飲め、飲め!」と勧められた。
断れずに一杯だけ飲まされた。
まずいビールの味が舌に残って、水で洗い流したい気分だ。
苦味とえぐみが私の口の中に残り、頭にもまだアルコールが残っている。
体がふわふわして夢心地な気分になりかけそうになり、なんとか理性で押さえている。
胃液が上がって来るような感覚に襲われ、気持ちでなんとか抑えている。
目の前がぐるぐると回っていて、駅にたどり着けるかも怪しい。
しかし、目の前を歩く同僚の高梨陽太が先を歩いている。
彼の靴音を頼りに追っていく。
彼についていけば、ちゃんと自宅に帰れると高をくくっていた。
一歩、足を踏みしめた瞬間――目の前が歪む。
後ろ向きに倒れそうになり、足がもつれた。
次の瞬間、力強い腕が私を抱きとめた。
温かな人肌が私を包んでくれるような気がした。
顔をあげると、高梨の端正な顔立ちが目の前にあった。
「大丈夫か?」
「だ……いじょぶ……うぷっ」
「あ~あ、部長に飲まされてたもんな。弱いって言ってんのに」
「ご、めん……なさいっ、放っておいて構わないので」
バツが悪く、謝ると彼は目を見開く。
聞いたこともない怒気のこもった声を向けてきた。
「放っておいたら、どうなるかわからないだろう!?」
息を吞みそうなほどに彼の大声は辺りに響いていた。
「夜はやばいんだからな! 女一人がこんなところで酔いつぶれているのを見られたら、何されるかわからないし……!」
「べつにだいじょうぶ、です。わたし、じみ、だし、けぇ……とかぁ……ちゃんとできてないし……なえるだろうからぁ」
「いやいや、そんなの、襲う奴が気にするわけなくない!?」
大声は周りの視線なんて気にせず、止めなく辺りに響く。
「そんな奴はそこに女があるだけで襲うの!」
彼に肩を掴まれる。
強い力が込められ、一瞬顔を歪ませる。
でも、彼の勢いは止まらず、鼻息を荒くして叫び続ける。
「強姦魔ってのはさ、そんなことどうでもいいんだよ!? それがさ、一人ならまだいいよ? 回されたらどうすんだよ」
彼の声はどこか焦っているように聞こえた。
いつもの彼ではない気がした。
明るくて社交的で、怒るところを見たことがなかった。
彼とは会社では軽い挨拶、少し雑談しか交わすしか接点はない。
どうして、彼は私にこんなにも心配してくれているのだろうとふと疑問が生まれた。
「か、かんがえてません……でした……。で、でも……あきたら、す、捨てておくんじゃ……それに、しょ、しょ、じょですからっ……」
「え、なおさらダメじゃん! もう、こっち来て。高橋」
「あ、いや」
私が言い終わる前に姫抱きにされて、宙に浮かされる。
急に体が浮いたことで、体が強張る。
彼に持ち上げられた瞬間、世界が揺れた。
思わず、首にしがみつき、彼に体を寄せる。
彼の鼓動の早さが耳に伝わってくる。
彼の顔を下から覗き込むと、顔が真っ赤になっていた。
彼もまた飲み会で飲まされ、酔ってしまっているのかもしれない。
だから、こんな地味で喪女で毛の処理もできていない女としてダメな私を助けてくれているのだろうと思った。
彼はどこへ向かうのかはわからないが、きっと休める場所を知っている。
そう信じて、私は目を瞑った。
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