幸福指数38、それでも僕は生きていたい

@merennge

1話 測られる幸せ

──どこだろ、ここは。

白い霧の中で、誰かの声がした。


僕はただ、うなずいた。

それしかできなかった。


伸ばした手は、何もつかめずに空を切った。

指先から光の粒がこぼれて、霧の中に消えていく。


──やめて。行かないで。行かないでよ……。


胸の奥が、ずきりと痛んだ。

その痛みだけが、夢の残滓として残った。


***


 朝学校に来ると、目につくのは日に日に増える空席だ。

持ち主をなくしたそれは、朝日に照らされて鈍く光っている。

誰も触れようとしない欠員が、ただ静かに増えていく。


朝の準備もそこそこにホームルームが始まる。


教師の声が、無機質に教室を満たす。

「今日の予定だが‥」


 僕は教師の話を聞き流しながら考える。

今日一日の過ごし方について。

一限目は英語で、二限目は数学。

そんな普段と変わらない日常に辟易し、小さな溜息を一つもらす。


世界が幸福に歩みだしている。

でも僕の心を埋めてくれるものはどこにもない。


……どうして二人は、僕なんかを選んだんだろう。

二人分の命の価値が僕にはあったのだろうか。

考えてもしょうがないことに、僕の人生は浪費されていく。


***


放課後。


僕は親友の小野寺宙の家に遊びに来ていた。

宙とは昔からの仲だ。仲良くなったきっかはよく覚えていない。

気づいたら話すようになっていた。親友ってそうゆうものだと思う。


宙の部屋に行き、適当な漫画を手に取る。

いつもの流れだ。


ページをめくる音と、エアコンの風の音だけが部屋に流れてる。

ふと、宙が笑った。

けど、その笑い方はどこか乾いていた。


「光、お前さ……なんかあった?」

「……別に」


今日の朝から僕の様子が変なことはお見通しのようだ。

宙いわく僕は表情が顔に出やすいらしい。


言葉のあと、少し間が空いた。

ページをめくる音だけが響く。


「なんでもないよ、ただ……」

言い淀む。素直に言葉を吐き出せない。


「いいから言えよ‥‥大丈夫だから」


言葉が喉まで出てくるが、それ以上上に行くことはない。

僕は黙って漫画の表紙をみつめることしか出来なかった。


宙は何かを言いたそうだったが、それ以上何も言わなかった。


***


帰り道。夜になって、空気が少し冷えた。

この世界は、幸福で溢れている……そんなふうに言われている。

でも、どこを見渡しても、ただ少しだけ虚しい。


もし、この虚しさの理由を見つけられたら。

その時、やっと僕は生きている意味に触れられる気がする。


夜の街の掲示板に、淡々としたテキストが流れた。


《保護プログラム第18次搬送完了》

《対象:高等教育課程5名》


背中が冷たくなる。


──今日できた空席の数と同じだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る