第11話 記憶の残響

砂塵の荒野に夜が降りる。

激闘の末、ルキの力を抑え込み、共に戦うことを選んだキトたちは、焚き火のそばで静かに息を整えていた。

風が止まり、砂が鳴く。

だがキトの胸の奥では、別の何かがざわめいていた。

──あの時、戦場の光の中で聞こえた“声”が、耳から離れない。


「……神よ、我らを導きたまえ。」


誰が言ったのかも分からない。

けれど、その祈りの響きが、なぜか“懐かしい”と感じてしまう自分がいる。

心臓の奥が熱を帯び、額に汗が滲む。

焚き火の明かりが揺れるたび、影が過去と現在を交錯させるように踊った。


「……キト、大丈夫か?」

フィストが声をかける。

その拳には、戦いで負った小さな傷が幾つもあった。

キトは短くうなずいたが、目の奥はどこか遠くを見ている。


「胸の奥が……疼くんだ。あの時、光に包まれた瞬間、誰かの声が聞こえた。“神”の声かもしれない」

「神……? まさかお前、また呪いでも……?」

ルキが不安げに眉を寄せる。

だがキトは静かに首を振った。


「いや、これは……違う。何かを思い出しかけてる。

 それも、俺の魂の奥に刻まれた“何か”を。」


その夜、キトは夢を見た。

──蒼天の宮殿。金色の階段。光に包まれた巨きな扉。

その前に、ひとりの“少年”が立っていた。

銀色の髪に一本の角。まるで自分を幼くしたような姿。

そしてその隣には、白い衣をまとったもうひとりの少年──。


「兄上、また行くのですか?」

「ああ、神々の会議が始まる。お前は留守を頼む。」


兄上──。

その言葉に、夢の中のキトの心が強く反応した。

“兄上”と呼ばれるその存在。

神々の光に包まれていたその背中が、なぜか懐かしい。

夢のキトが振り返ろうとした瞬間、視界が白く弾けた。


「──っ!」

キトは飛び起き、荒い息を吐いた。

額から冷や汗が流れ落ちる。

焚き火は消えており、外はまだ夜のままだ。

隣ではフィストとルキが眠っている。

キトはそっと立ち上がり、夜空を見上げた。

星々が光の海を描く中、そのひとつが奇妙に瞬いていた。

まるで呼びかけるように──。


「……兄上、か。」

自分の口から漏れた言葉に、キト自身が驚いた。

“兄上”なんて呼び方を、自分が使う理由はない。

だがその響きに、胸の奥が苦しくなる。

記憶の欠片が少しずつ繋がり始めるように。


その時、空が裂けた。

光の柱が地平を貫き、神々の紋章が浮かび上がる。

雷鳴が轟き、声が降りてきた。


「反逆の魂よ。神に背きし者──神の血をもって、汝を再び裁く。」


ルキが目を覚まし、剣を抜いた。

フィストも拳を構える。

「なんだ、あの光……!」

キトは立ち尽くしたまま、その声を聞いていた。

聞き覚えがある。

心臓が激しく脈打ち、呼吸が乱れる。

──“この声を、俺は知っている”。


「キト! 下がれ!」

ルキの叫びと同時に、神の裁きの光が降り注いだ。

地面が抉れ、岩が砕ける。

キトはギリギリで飛び退くが、腕に焼けるような痛みが走る。

血が滲み、その血は淡く光っていた。


「……光ってる?」

ルキが目を見開く。

キトの腕に浮かんだ紋章は、神族の証──。

「そんなはずは……キト、お前……神の……?」

「違う! 俺は鬼だ!!!」

キトは叫んだ。

だが、自分の叫びがどこか空しく響く。

心のどこかが否定を拒んでいる。


空に浮かぶ紋章が、冷たく彼らを見下ろしていた。

神の審判部隊、その一人が降臨する。

彼の名は「アーリウス」。神界の中位の戦士。

白銀の翼を持ち、光の槍を携えていた。


「神と鬼の血を混じえし者。存在してはならぬ異端なり。」


その言葉が、キトの運命を再び動かす。

そして彼の“記憶”もまた、静かに目を覚まし始めていた──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る