第9話

翌日。ルカの熱は随分と下がり、ようやく水と薬以外のものを口にすることができた。エマは魔族の食事事情には詳しくないが、ルカ曰く「大体のものは食べられる」らしい。

エマは少なくなった薬草を補充するため、庭の畑に足を運んでいた。

ルカを拾ってから管理がおろそかになっていたが、その割に草木は元気そうだ。

そもそもずぼらなエマでも栽培できるように、この畑にはたくさんの工夫が施されている。その成果が発揮されていることを確認できて、エマは大変満足した。

二つの籠に、治療に必要な薬草と、育ちの悪い葉や枯れかけている葉をそれぞれ摘み入れる。枯葉も堆肥などに利用できるため、捨てることはない。

作業をしていると、聞きなれた声がエマを呼び止めた。

「エマ!久しぶりじゃない」

声の方を見ると、そこにいたのはアンナだった。

そんなに久しぶりだっただろうかと思いながら、エマは作業の手を止めてアンナの方に歩いた。アンナも駆け寄るようにエマに近づいてくる。

「そんなに久しぶりだっけ?」

「そう……でもなかったかしら。でも最近は家に籠りきりだったでしょう?心配してたのよ」

アンナは言葉に違わず、心配そうに眉を下げた。アンナはエマに頼ってほしかったのだと気づき、エマは申し訳ない気持ちになる。

「ごめんね……。ちょっとバタバタしてて」

「怪我人さんがいるんだったわね。様子はどう?」

「よくなってはいるよ。完治まではまだ遠いけど」

「そう……」とアンナは声を落とした。

「私が手伝えることはない?エマはいつも一人で頑張ろうとするから、心配だわ」

この短時間に二度も心配と言われることに心苦しさを感じながらも、エマは「大丈夫大丈夫」と笑った。

さすがに魔族を治療していることを、村の人に知られるのはまずい。エマが村を追われるだけならまだいいが、ルカが殺されてしまう可能性が大いにある。それはエマにとって、エマが殺されることよりも避けなければいけないことだった。

困っている人がいれば、自分の身を犠牲にしてでも救う。それが祖母の、そして、両親の教えだった。

「本当に大変な時は頼るから。心配しないで」

「そう言って、頼ってきたことなんて一度もないじゃない……。そうだわ、ダニエルからりんごをもらったの。エマもどう?」

「え、いいの?」

りんごは消化に優しく、体力が落ちているときでも食べやすい果実だ。今のルカにも食べやすいだろう。

エマの答えに、アンナの表情がぱっと明るくなった。

「ええ、もちろん!たくさんあるから、ぜひ持っていって。そうだ!重いから家まで運んであげるわ。ちょっと待っててね」

「え、いや、取りに行くから、ちょっと待って!」

エマの静止を聞かず、アンナはすぐに踵を返し、弾む足取りで帰っていった。

エマは急いでアンナを追いかけた。自宅前まで持ってきてもらうならいいかとも思ったが、そこまで来たのに頑なに家に人を入れないとなると、変な疑いをかけられてしまうかもしれない。

特に心配性なアンナなら、「良からぬ者を匿っているのではないか」「男を囲っているのではないか」と、良くない方向に妄想を広げてしまうかもしれない。

なんとかアンナがりんごを持ち出す前に、エマはアンナの自宅に辿り着いた。エマはアンナの腰が悪いことを理由に、自分でりんごを持って帰ると言ってアンナを説得した。

アンナはどうしてもエマの世話を焼きたいようだったが、腰が悪化したらそれこそエマの手を煩わせてしまうことに気が付き、なんとか諦めてくれた。

エマは籠いっぱいのりんごを抱え、深いため息と共に帰路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る